㉕
2/28 4話目
「……ジャンナは、『救国の乙女』だったんだな」
ゆっくり話をするために椅子に腰かけて、向かい合う。
まじまじとジャンナを見て言えば、ジャンナは答える。
「ええ。そうね。『救国の乙女』になるだろうと私は言われていたわ。——私は八歳の頃、『救国の乙女』になるだろうと預言された。そして王城に引き取られたの」
『救国の乙女』は八歳という小さな頃に預言され、王城に引き取られたというのは俺も知っていた。
でも王城で暮らす人々にとって、とっくにジャンナの存在は過去の存在になっていた。
「私は王太子――現在の王の婚約者として、王城に迎え入れられた」
ジャンナは王妃になる予定だった。
そういう王妃教育を受けていたからこそ、所作が美しくて、侍女がいたというのだろう。
でも王妃になるはずだった人が、こうしてこういう森の中で一人で暮らしているのはきっとつらい事もあっただろうと思う。
「私は『救国の乙女』になることを望まれた。ただ何をもってして、私が『救国の乙女』に至るのか――それを誰一人分からなかった。あの預言者は未来を預言することは出来ても、その預言に至るまでに私が何をするのかというのは分からなかった。……そして私は王城で王妃教育と、『救国の乙女』としての教育を受けることになったの」
ジャンナは懐かしいものを語るかのようにそんなことを言う。
「正直只の村娘であった私にとっては、王城での暮らしは慣れないものだった。私が『救国の乙女』になるだろうとそう預言されていたから、王城の人たちはまだ大目に見てくれていたと思うけれど、それでもただの村娘だった私には大変だった。
でもそんな中で私が頑張ってこれたのは、婚約者や優しい友人たちがいたからだった」
ジャンナは王城で出会った人たちが大好きだったのだと思う。
婚約者と友人に囲まれていたジャンナは、今よりも幸せそうに笑顔を浮かべていたのだろうか。
ただの村娘が王城で暮らすことになったのは、きっと大変な日々だっただろう。それでもそんな中でジャンナは前向きに生きていたのだと思う。
「だけど、私は何年経っても『救国の乙女』としての特別な力なんて顕現しなかった。あらゆる技術を学んだけれど、飛びぬけた才能なんて何一つなかった。最初の数年は良かった。まだ子供だったし、まだその時ではないのだろうと、そんな風に皆笑ってくれたから。
けど、私が力を発現しないまま時が過ぎて、国難に覆われた時にも私は何の力にもなれなかった。期待され、何かしらの力を発現することを望まれたのに……私は何もできなかった。私はただの、小娘でしかなくて、何もできなかった」
ジャンナは目を伏せる。
何の才能も顕現出来なかった。そういうジャンナだけど、それは『救国の乙女』と呼ばれるだけの基準に達さなかっただけで、ジャンナは才能豊かな女性だと思う。
最初から『救国の乙女』になると言われていたからハードルが高くなっていただけなのだ。
俺は黙ってジャンナの話を聞いている。
「何もできなかった私への、周りの目は日に日にきつくなっていった。それでも婚約者や友人たちは、私の傍にいてくれた。王城での暮らしにピリオドを打つことになったのは、私が十六歳になった時だった。
婚約者は二歳上で、十八歳だった。もう結婚してもおかしくない年だった。でも婚約者である私は『救国の乙女』としての結果なんて出せなかった。――王は私を、この場所に留めて様子見をすることに決めた。
婚約者との婚約も解消された。婚約者はそれでも私の力が発現するのを待つといってくれていた」
十六歳。
今の俺と変わらないぐらいの年齢で、ジャンナは王城から追い出されることになったのだと語る。
……俺とは状況は違う。けれどどこか似ていると思った。ジャンナは突然じゃなくて、徐々にこうして周りが変わっていったのだろうけれども、それでも急に違う状況に陥ったのは、一緒だと思う。
『救国の乙女』になると言われて八年。『救国の乙女』になれなかったからこそ、ジャンナは此処で暮らすことになった。
ジャンナは『救国の乙女』になると預言されたから、王太子の婚約者になった。王太子の婚約者になりたい女性は多くいただろう。何の結果も出していない女性がずっと王太子の婚約者であったのならば、周りの目はキツくなるだろう。
「此処にきた当初は侍女もいた。ひと月に一度は王城からの遣いが最低でもきていたし、元婚約者や友人たちからの連絡も来ていた。私はなんとか此処で結果を出そうと思っていた。
けど、幾ら私が頑張っても、私より才能のある人は山ほどいた」
それにしても最初はちゃんと侍女もいたのか。
……でも今はいないということは、本当にジャンナが、王国の連中から見かぎられたということだろうか。
「けど、そんな日々も終止符を打たれた。数年後に婚約者は隣国の王女と婚約した。その日から私の周りは人がいなくなっていった。
侍女たちが下げられ、王城からの遣いも減り、支払われていたお金も支払われなくなった。それに、元婚約者や友人たちからの連絡もなくなった」
居なくなってしまったのだと悲しそうに言う。
――王城で、『救国の乙女』の悪い噂を聞いて、そういう子ではないと言っていた人たちもいた。それは昔から王城にいる人たちだ。
だけれど、彼らも「森に住まうことになったから、贅沢を望んでも仕方がないだろう」と言っていた。実際に会ってないのに、受け取った情報でそう判断していたのだ。
こうして此処に来れば、ジャンナがそういう人間ではないと分かるのに。




