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2/28 三話目
『魔王』の側近のことで、『救国の乙女』に至るのではないか。
その言葉に俺は、固まってしまう。
確かにそうだ。
ジャンナは、『救国の乙女』になると預言された女性だ。本人だって、自分が『救国の乙女』になると思っていただろう。だけど、『救国の乙女』になれずに、此処まで時間が経過した。
――俺を差し出せば、俺が実際に『魔王』の側近であるかは別にして、国からしてみれば『救国の乙女』になるだろう。
「貴方が『魔王』の側近の場所に私たちを導くことは出来るのではないか。陛下は貴方に、そんな期待を抱きました」
『救国の乙女』と陛下は、婚約者だったと聞いている。
元婚約者に期待されたのならば、ジャンナだって俺を差し出すのではないか。そう思うと少し悲しくなった。
優しく、穏やかに俺を見つめてくれているジャンナがそういう気持ちで俺を騎士たちに差し出すことがあるのではないか……とそんなことを考えた。
でももしそうなったとしても仕方がないのだと思う。ジャンナは此処でたった一人で過ごしていて、俺をさしだして王城で暮らしたいと思っても当然の考えだから。
「貴方は『救国の乙女』になるだろうと預言された。貴方が『魔王』の側近へと私たちを導くことが出来れば、この国は救われ、貴方は本当に『救国の乙女』へと至ることが出来る」
そんな甘い誘惑を、騎士が告げている。
ジャンナはこのまま俺を差し出すかもしれない。いや、差し出すだろう。それならそれでどうしようか。
俺はジャンナに感謝している。俺が穏やかに数か月、今の現状を忘れて過ごせたのはジャンナのおかげだから。
差し出された後、俺が逃げたらジャンナは今の暮らしに戻るだろうか。それか今よりも酷い暮らしになるだろうか。
その時にどうしようかと考えていたら、驚くべきジャンナの言葉が聞こえてきた。
「いいえ。貴方達も知っているでしょう。私にはそのような特別な力は何一つありません。だからこそ、こうして此処で暮らしているのです」
ジャンナは断った。
俺が此処にいるのに。俺を差し出せば、王城に戻れるかもしれないのに。
「私は何の力もない存在ですよ。私は自分が『救国の乙女』になれるなんて思ってもいません。私には『魔王』の側近なんて恐ろしい存在を探すような力はございません」
どうして……と思った。
俺だったらあったばかりで、『魔王』の側近なんて言われる存在がいれば差し出しただろう。
「私はただ静かにここで暮らしたいだけです。陛下のご期待に沿えないのは残念ですが、そのような力はないことをお伝えください」
だけど、ジャンナは言い切った。
自分は静かに暮らしたいだけで、陛下の期待には答えられないと。
「……そうですか。それは残念です」
それから足音が響く。騎士たちが去っていったのだろう。
「金食い虫が」「『救国の乙女』ではなく、疫病神なのではないか?」
そんな声も聞こえてきて、嫌な気持ちになった。俺だって、ジャンナと出会って、ジャンナが『救国の乙女』だと知るまで、そういう人間だと思っていたのに。
足音がなくなってから、俺はジャンナの元へ近づく。
ジャンナは床に座り込んでいた。ある程度戦うことが出来るとはいえ、ジャンナは若い女性で、騎士たちに囲まれて怖かったのだろうと思う。
でもそれだけ恐怖していてもジャンナは俺を差し出さなかった。
「……ジャンナ」
ジャンナは声をかけたらようやく俺が近づいてきたことに気づいたらしい。
「なんで、俺を差し出さなかった。俺を差し出せば、『救国の乙女』になれただろう」
どうして、俺を差し出さなかったのか。
俺にはそれが分からなかった。どうして、こんな風にいつも優しいのか。
疑問を口にした俺に、
「昔話をしましょうか」
ジャンナはそう言った。




