㉓
2/28 二話目
「『救国の乙女』様」
「いらっしゃいますか!!」
その聞こえてきた言葉に俺は心の底から驚いた。
奥の方に隠れていても、耳が良い俺には玄関の声が聞こえてきていた。こうして盗み聞きみたいな真似をするなんて悪いと思いながら、その単語に思わず聞き耳を立ててしまった。
『救国の乙女』――それは、俺が王城で騎士として働きだす前に王城にいた女性だ。預言者に預言され、平民であったが、王城に招かれた女性。そして結局何の力も持たず、王城を去ったという女性。
ジャンナが、『救国の乙女』?
お金を求め、贅沢を覚え、国庫のお金で過ごしていると言われている女性。エレファーが怒っていた。……でもジャンナはそんな贅沢はしていない。訪れる人もいない。
俺は『救国の乙女』は、平民から王城に来て、贅沢を覚えた我儘な厄介な女性だと思っていた。それはジャンナとは結び付かない。
「私に何か用かしら」
「――こんな何処にでもいる女性が『救国の乙女』ねぇ」
「国王陛下たちをだましたんじゃないか。王妃になることを望んで……なんて浅はかな女なのか。こんな女に話を聞きにくる必要なんてなかったんじゃないですか」
聞こえてくるそんな声に、少しの怒りを覚えてしまう。
一緒に数か月過ごしただけでもジャンナが王妃になることなんて望んでいるとは思えなかった。ジャンナは何処にでも行ける才能豊かな女性だ。預言されたとはいえ、これだけ放っておかれているのならば、どこにでも行ける。
それでもきっとジャンナは『救国の乙女』と預言されたからここに留まったのではないか……とそう思えた。
決めつけるような声。けれど俺だって王城にいたころ、ジャンナの事をそんな風に思っていた。
特に関心はなかったけれど、聞こえる噂に、そういう女性だと思い込んでいた。
「――やめないか。すみません。『救国の乙女』様。——貴方に聞きたいことがあります」
聞こえてきた一人の声。
その声の主は、俺も知っている。こういう状況になる前に接したことがあった騎士だ。俺に良く話しかけていた。公平に周りを見れる騎士。だけれど……、俺が『魔王』の側近だと思い込んで、追い立てた騎士でもある。
――そう考えると俺のことを『魔王』の側近かもしれないと思っていても、俺をただ一人の人として、優しく接するジャンナは凄いと思う。
「貴方は、最近我が国を騒がせている『魔王』の側近の事を知っていますか」
俺のことを話している。
でもその口調から、ジャンナが此処に彼らを呼んだわけではないことは分かる。……ジャンナは、俺を差し出すだろうか。
……あまりにも俺が見つからないから、彼らは此処にやってきたのだろう。こうして逃げている間に俺は何もしていない。隠れている間にしていたのは、ただ穏やかに過ごしていただけだ。それでも俺が『魔王』の側近だと思い込んでいるからこそ彼らは俺を諦めないのだろう。
それかそういう事が組み込まれているのかもしれない。俺を捕らえるか、殺すまでそれは続く――というそういうものなのかもしれない。俺を殺すというよりも、俺を苦しめることを目的としているのかもしれない。
「『魔王』の側近、ですか?」
俺が此処にいることを思わせないような声だった。
その声を聴くとジャンナが俺を差し出さないようにしようとしているのが分かる。
「はい。『魔王』の側近です。二年前に『魔王』が倒されたことは、『救国の乙女』様もご存じでしょう?」
「ええ。それで何を私に聞きたいのですか」
「貴方は、『魔王』の側近の居場所を知っていますか」
答えるジャンナの声は、普段通りの声だった。
「貴方は、『救国の乙女』になると言われていました。
そんな貴方は『救国の乙女』として力を開花しなかった。でも、貴方のことを預言した方は必ずあたると有名でした。
もしかしたら貴方は『魔王』の側近のことで『救国の乙女』に至るのではないですか?」
そんな男の言葉が、俺の耳にも響いた。




