㉑
「クロ、どうしたの? 何か怖い夢でも見た?」
俺は恐ろしい顔をしているだろう。呪術の事を考えて、強張った顔をしているはずだ。なのに、ジャンナは心配そうに問いかける。そこには恐れも何もない。
俺だったら『魔王』の側近と言われている存在がこんな表情をしていたら警戒してしまうだろう。
「……呪術について、聞いてもいいか」
「ええ。いいわよ」
俺の様子がおかしくても、ジャンナは穏やかな笑みを浮かべている。
こんな様子の俺に何かを問いかけてくることもない。ただいつも通りそこにいる。
「クロ、座って話しましょう」
ジャンナにそう言われ、俺は椅子に腰かける。
正直言って呪術のことに思い至って、俺の頭の中はごちゃごちゃしている。混乱しているけれどもジャンナの優しい笑みを見ると、どこかほっとしてしまう。
混乱している時に穏やかに微笑んでもらえると、こんなに気持ちが楽になるのだと初めて知った。ジャンナと過ごしていると、ふとした時に色んなことを知っていく。
「それで、クロは何を聞きたいの?」
「……呪術っていうのは、大きな呪術だとどんなことが出来る? この本には広い範囲で影響を与えるとあるが」
「そうね。呪術というのは、その名の通り呪いの力よ。簡単な呪術だと、相手を少し不快にさせたり、ちょっとだけ動物に嫌われるように仕向けたり――とか、そういうものね。そういう簡単な呪術なら私も使えるわ。でも大きな呪術だと、それこそ数えきれないほどの街単位の人に対して影響を与えることも出来るはずよ。昔、犯罪者として処刑された呪術師は町全体を洗脳のようにして、ハーレムを作って好き勝手していたらしいわ。そういう犯罪者がいたからこそ、呪術というのは忌避されてきた」
呪術はどれだけの範囲のことが出来るのか、ジャンナに問いかけたらそういう答えが返ってきた。
街単位で影響を与えて洗脳を行った例がある。それを聞くと、『魔王』やその周りの存在ならば、俺の今の状況を作ることが出来るのではないかと思った。
『魔王』は強大な力を持つ存在だった。その『魔王』であるのならば、そういうことが出来てもおかしくない。
ただその場合だと、どういう目的でそういうことをしたのか分からない。
俺を貶めたかったのか、それとも自棄になった俺が国を壊すことを望んでいたのか。……実際ジャンナに会わなかったら俺はもっと荒んでいて、どういう行動に出たかは分からない。それにジャンナに出会わなければ俺はこうして呪術について知ることもなかっただろう。
「呪術というのは、術者が死んだら解かれるものなのか? その後も続く呪術もあると、此処にはさらっとかかれているが」
「基本的には呪術は術者が亡くなったら解かれると思うわよ。先ほど言った街単位で呪術を使っていた呪術師の呪術も、死んだ後は解かれたはずだわ。私に呪術を教えてくれた人も、基本的にはそうだと言っていたわ」
死んだ後も続く呪術ならば、どうしようもないのではないか。
……『魔王』が呪術を俺にかけたなら……、俺はずっとこのままなのだろうか。そう思うと気分が沈む。
『魔王』の側近だと言われて、大変な目に遭ったから、今更呪術が解けたとしても俺はエレファーたちと仲良くは出来ないだろう。彼らを信用は出来ないだろう。それでも……あったこともない人から『魔王』の側近だと言われ、街にも行けない生活は困るし、解けるのならば解きたい気持ちはある。
それにこのまま俺にかけられている何かが――ずっと続くならジャンナにも迷惑をかけてしまう。
……まだ俺にかけられたものか呪術かどうかの確信は持てないが、こうして話を聞いているとそういう可能性が高いと思った。
「とはいえ、その本に書かれているように術者が死んだ後も続く呪術はあるわ。よっぽど強い思いを込めて呪術を放ったか、何か触媒を使っているか――のどちらかだと思うわ」
「術者が死んだ後に放たれる呪術についても、ちょっと書かれているが、そんなこともあるのか?」
「そうね。ほとんど例がないからその本にも少ししか書かれていないけれど、あるらしいわね。呪術師の人に私も気になって質問をしたことがあるのだけど、その場合は誰かがその呪術師の魔力のこもった呪いを使って行っていたのではないかといっていたわ。死んだあとも続くような呪いを宿せる人なんてそうはいないから、私も実物は知らないわ。事例も数百年前の文献に一件のっているだけみたいだし、現実味がない話だと思うわ」
現実味がない話とジャンナは言う。だけれど、『魔王』ならそのくらい出来るのではないかと思う。
なんせ『魔王』と呼ばれるほどの存在である。そういう呪いを俺にかけたとしたら『魔王』しか考えられない。
「もし本当にその死んだ後の呪術が続いていて、それを解除するには何が必要だと思う?」
「そうね……。結局のところ、誰かが呪術を発動させたからこそ、その呪術があるわけだからその発動させた犯人を突き止めて、おそらくあるであろう触媒となった何かを壊すことだと思うわよ。あくまで、そういう呪術があると仮定をすると、やっぱり触媒となる何かがなければそんなものできないと思うもの」
「……そうか、分かった」
ジャンナは細かいことを聞く俺に、一つ一つ答えてくれた。
俺がこんなに細かく聞く理由も訪ねることはない。それが心地よかった。
まだまだ俺は混乱している。
けれど一先ず、呪術の本を読みあさることにした。




