⑳
「私は錬金をしてくるわね」
そう言って笑うジャンナ。ジャンナが錬金をしに向かったので、俺は本を読んでいる。
今日読んでいる本は、武器についての本だ。有名な鍛冶師が作った武器の描かれた本は、読んでいて楽しいものだった。
時々ジャンナが錬金をしている部屋から変な音が鳴ったりしていたが、ジャンナが出てこないので一旦放っておくことにした。それにしても何を錬金しようとしているのだろうか。
しばらくして部屋から出てきたジャンナは落ち込んでいた。
「ジャンナ、どうかしたのか」
「……少し錬金で失敗しただけよ」
珍しくジャンナは暗い顔をしている。
いつもジャンナはにこにこしていて、穏やかな笑みを浮かべているから、こうして落ち込んでいるジャンナを見るだけで不思議な気持ちになった。
でもこうして感情を表に出しているジャンナを見ると、ジャンナも人間なんだなとそれが実感できた。
俺はジャンナのために昼食を作ることにした。
「少しぐらい失敗しても落ち込まなくていいだろう。あれだけ良いポーションを作れるんだから」
「ありがとう、クロ」
微笑んだジャンナは、俺の方に手を伸ばそうとして引っ込めた。それに不思議に思って、「どうしたんだ?」と問いかけた。
「クロ、あのね。私、貴方の頭を撫でたくなっていたの」
「……俺の頭を?」
「ええ。クロはとても良い子ねって、そう思ったからクロの頭を撫でたくなったの。でもクロは小さな子供ではないし、頭を撫でるのは駄目かなと手を引っ込めただけよ。クロに何かをしようとしたとかではないからね?」
俺は可愛いと言われる見た目をしているわけではない。背も高い方で、どちらかとガタイもいい。そんな俺の頭を撫でたいなんて婚約者であったエレファーでさえ言ったことがなかった。
だからこそそんなことを言う人がいるのだと驚いた。
だけれど、ジャンナにならいいかなと思ってしまった。そう思っているあたり、俺はジャンナに絆されてきているのだと思う。
頭を無言で差し出せば、
「え」
ジャンナが驚いた顔をする。
「撫でたいんだろ、別に、ジャンナならいい」
そう言えば、ジャンナが俺の頭に手を伸ばす。そして壊れ物を扱うかのように、俺の頭を優しく撫でる。
両親はとっくの昔に亡くなっていて、こうして俺の頭を撫でるような人は久しくいなかった。だけどこうしてただ優しく頭を撫でられることはとても安心できることだと改めて知った。子供みたいだと言われるかもしれないけれど、ジャンナに頭を撫でられるのは気持ちが良かった。
それからジャンナは俺の頭を度々撫でるようになった。
ジャンナは何かあるとすぐに「クロは優しいね」などと笑いながら俺の頭を優しく撫でるのだ。その笑みも、撫でる手も、何処までも優しい。俺が今まで接してきた誰よりも、慈しみを持って俺に接している。
……本当にジャンナは俺の願望が生み出した妄想か何かなのではないかとそんな気持ちにやっぱりなってしまう。
俺はそんな日々を過ごしながら、ようやく呪術についての本を読んだ。
呪術とは、人を呪ったりする力だとしか俺は知らなかった。呪い殺すといった行為が出来ることは知っていたけれど、それ以外は知らなかった。だけど呪術の本を見ると、呪術がもっと範囲の広い、力なのだと実感した。
人に影響を与える力。
大きな呪術は、特定の人に対する周りの態度を変えるものもあると書かれていて、俺は固まった。
――もしかして、俺が今の状況になっているのは『魔王』やその勢力が俺に呪術をかけたからではないか。
そんな思いが頭をかすめた。
呪術の本を読めば読むほどそう思えてきて、思わず俺はジャンナの元へ向かった。
「ジャンナ」
リビングでのんびりしていたジャンナは、俺の顔を見て少し驚いている。もしかしたら俺はとても恐ろしい顔をしてしまっているのかもしれない。




