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ジャンナとの日々はとても穏やかに過ぎて行った。
一人で時々狩りに行き、獲物を狩って戻ってくると、ジャンナは心から嬉しそうに「おかえり」と迎え入れてくれる。
「――クロ、お疲れ様」
身体を動かして戻れば、ジャンナはそう言って微笑む。
果実を絞ったジュースをジャンナから受け取って、口に含む。しぼりたてのジュースは、とても美味しかった。
「美味しい」
「良かったわ」
俺がどんな言葉をかけても、ジャンナはいつも穏やかで、嬉しそうな笑みを浮かべている。その笑みを見ると、なんだか安心してしまう。ジャンナは怒ることなんてないのではないかとそんなことも考えてしまった。
そんな中でふと気になったことを俺は口にする。
「ジャンナも、少しは剣をやるんだよな」
「少しはね。習っただけよ。護身にぐらいはなるのではないかしら」
護身術だろうとも、ジャンナが剣を習っているというのは何だかジャンナの見た目からは想像がつかない。
「……こんな森の中に、女一人は危険だろ。ちょっと打ち合いでもするか?」
「それは助かるわ。クロは強いものね。クロに習えるならちょっと強くなれそう」
こんなはずれの森の中に一人で住んでいるというのは危険なことだ。盗賊だっているし、魔物だっている。ジャンナのように見た目も悪くない女性が一人で住んでいると知られれば、狙うようなものは出てくるだろう。
俺はジャンナが危険な目に遭うのは嫌だと思う。
だからこそかけた言葉だった。
そしてジャンナと一緒に打ち合いをする。ジャンナは基礎が出来ていて、それなりに剣が扱えていた。
「やっぱり、凄いわ」
ジャンナの振るった剣を、一つ一つ対処していけばジャンナはそんな感嘆の声をあげていた。
剣を交えていると、ジャンナがどういう人なのかも見えてくる。
ジャンナは優しい人なのだと思う。いざという時には、行動出来る強さがある。俺が対処できるとわかっているからか、躊躇いもせずに狙ってくる時があった。ジャンナは、きちんとした人に剣を習ったのだと思う。
ただそれを実感すると、本当に何故ジャンナはこんな所に一人で住んでいるのか全く分からなくなってくる。
剣も扱えて、錬金も出来て、人当たりもよくて――俺よりもずっと人付き合いが得意なのに、こんな山奥に何で住んでいるのだろうか。
「はぁ、疲れた。久しぶりに剣を振るうと疲れるわね。でもこれからちょっとでも付き合ってくれると嬉しいわ。最近さぼっていたから」
「ああ。幾らでも」
ジャンナの申し出に俺は頷いた。
ジャンナと剣を交えるようになって、しばらくが経った。
ジャンナの家にいるのがすっかり俺は当たり前になっていた。
「クロ、これはね――」
ジャンナは俺が何か疑問を口にすると生き生きとして教えてくれる。
この場所で長い間、一人で過ごしていて誰かと話したい気持ちが溢れているのかもしれない。でも人と話したいのならば、どうしてこんな場所で一人で暮らしているだろうか。
俺と同じ状況であるわけではないだろうが、何らかの事情があることは明白である。
「本当にジャンナは物知りだな。そういう知識はどうやって手に入れているんだ?」
「私はそうね、学ぶ機会があったのと……あとは全部本で学んでいるわ」
「そうやって物知りなの凄いと思う」
「私なんて全然よ」
ジャンナは俺が凄いと口にしても、自分なんて全然だと言って笑う。
その笑みにはどこか諦めが見えて、何だかよく分からなかった。確かにジャンナは一番だと言えるほどに全てが優れているわけではない。だけれども色んな事をある程度こなせるということはそれだけで強みである。
ジャンナは自分自身のことを驚くほどに過小評価している。もっと自分に自信をもってもいいのに。――こんな風に過小評価するだけの理由がきっとジャンナには何かしらあるのだろう。




