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しばらく剣を振るっていた。何だか武器を扱うだけで、気持ちが良い。自分がこんなにも、剣を振るうことが好きだったとは思わなかった。こういう状態になったからこそ、俺は自分が何をするのが好きなのか――というのをよく見えてくる。
それから、ジャンナが何をしているかとそちらを見れば――農作業をしているジャンナの姿が視界に映る。俺はそんなジャンナに近づいた。
「どうしたの、クロ」
「いや、手伝おうかと思って」
「いいの? クロは剣をやりたいんじゃないの?」
「……俺は剣ばかり振るってきたが、流石に世話になっているからな」
俺の言葉に、ジャンナが優しそうな笑みをこぼした。
その笑みに嬉しくなって、俺は率先して手伝いをした。
「あ、待ってクロ。その採り方じゃダメよ」
「そうなのか? ごめん」
俺は戦うことしかしてこなかった。だから、こういう農作業については詳しくない。果物を採る時の採り方なんて考えてもなかった。そういう知識まで知っているジャンナが凄いと素直に思う。
「クロ、あのね、ここは――」
「クロ、これはね」
ジャンナは嬉しそうな笑みで、俺に次々と得意げに教えてくれる。
そんな風にお姉さんのような仕草で、意気揚々と教えるジャンナに思わず穏やかな気持ちになってしまう。
「あ、ごめんね。つい、色々話しちゃったけど、退屈してたりしない?」
「大丈夫だ。ジャンナは物知りだな」
『魔王』の側近だと言われ、この身を追われる前の俺だったらこういう話をつまらないと思ったかもしれない。それどころか、ジャンナが近づいてきたら俺は俺を狙っているあさましい女だと思ったかもしれない。……そう考えると昔の俺は何だかんだ調子に乗っていたのかもしれない。
今は、ジャンナの話を俺は穏やかに聞いている。人と話せることは楽しいと思うし、ジャンナは俺に対して何かを求めてこないからこそだろう。
「クロ、お手伝いありがとう」
農作業が終わって、家の中へと戻ればジャンナにお礼を言われた。
「いいんだ。俺は此処にお世話になってる。これまで、腑抜けたようになっているからって、何もしてなかったから……」
「それは気にしなくていいのよ? だってクロがそんな状況になっていたのは理由があるのでしょう? 私はクロが元気になってくれただけで嬉しいもの」
ジャンナは本当に優しいのだと思う。何も気にしなくていいと、全部を受け入れるようなそんな笑みをいつも浮かべている。
「それにしばらく一人で過ごしていたから、誰かと一緒に過ごせることが嬉しいもの。クロがいてくれて、一緒に過ごせるだけで私もクロに感謝したいもの」
「そうか……」
「そもそも私が好き好んでクロを拾って、面倒を見ているんだもの。クロは何も気にする必要はないわ」
そんな風に言葉をかけられて、俺は何とも言えない気持ちになる。
ジャンナは俺が生み出した幻や願望なのではないかと思ってしまうほどに、俺に都合が良くて、俺を受けいれようとするから。
「……ジャンナはかわっているよな」
「はは、変だっていいたいの? 私も自分が変な自覚はあるわ」
「いや、いい意味で言っている。よい意味でジャンナはかわっていて、ジャンナが変わっているから、俺を拾ってくれたんだろ……」
「そうね」
「ならそれだけ変わっていてくれてありがとうって俺は思うよ。あのままだったら……」
あのまま倒れたままでも、俺は丈夫な身体を持つから死ぬことはなかっただろう。だけどあのままだったのならば、きっと俺は今のような穏やかな気持ちになることはなかっただろう。
――ジャンナが変わっている女性で、こんな風に俺を受けいれようとしてくれるから俺はこんな風に過ごせているのだ。




