⑮
本日二話目
あの日、身体を動かすようになってから、俺は暇さえあれば身体を動かすようになっていた。
身体を動かすと、何だか気持ちが良かった。
ジャンナは、俺が暇さえあれば身体を動かしていても何か言うことはない。ただ俺がこうして自主的に何かをやろうとしていることが嬉しいらしくて、にこにこと笑っている。
――ジャンナは俺に何かを強要することはなく、俺がしたいようにさせてくれている。
ジャンナが俺に何も聞かなくて、俺に干渉してこようとすることもないから――だからこそ俺はこうして穏やかに過ごせている。
俺は『魔王』の側近と呼ばれるようになって、それで誰もが自分を信じてくれないことに絶望していたけれども――ただこうして穏やかにほぼだれともかかわらずに過ごすのもアリなのかもしれないと思った。
そうやって穏やかに過ごしている中で、
「ねぇ、クロ。剣を習っていたというなら、剣をあげましょうか」
ジャンナがそんなことを言った。
『魔王』の側近だと思われている俺に武器なんて与えるのは普通に考えて危険なことだろうに、ジャンナは当たり前のことを言うように告げる。
「剣を?」
「ええ。この家にも武器はおいてあるの。あまり使っていないけどクロはきっと剣を使いたいでしょう?」
「……いいのか?」
「ええ」
本当にいいのかと問いかけても、ジャンナはいつも通りただ微笑んでいる。それにしても俺は全然知らなかったけれど、武器が此処においてあるのか。なんのためにあるのだろうか。
「それか気にいるのがなかったら簡単なものとかなら、私が打つ事も出来るわよ」
「……鍛冶も出来るのか?」
「ええ。一応基本的なものは」
ジャンナは鍛冶も出来るらしい。ジャンナのことを知れば知るほど、俺は不思議な気持ちになる。調合や鍛冶などの特殊な技術を持つのならば、どこにでも生きていけそうなのに。それなのにジャンナは、こんなところで生きている。
「一先ず見せてもらいたい」
そう言えばジャンナは頷いた。
どうしてジャンナが此処で過ごしているのか不思議に思いながらジャンナの後についていくと、その物置の中には沢山の武器があった。剣、槍、鞭など、あらゆる武器がそこにある。これだけの武器があるなんて普通ではない。
「沢山あるな。有名な鍛冶師のものもある」
「もらいものだけどね」
少し見ただけでも、有名な鍛冶師のものもあって不思議に思えた。その中で俺は一つの長剣を食い入るように見てしまった。黒い鞘におさめられた長剣。
「何か気に入ったのあった?」
じっと見つめていれば、ジャンナに声をかけられる。
「――これは」
「あの有名な鍛冶師の長剣よ。見習いの頃のって話だけどね。クロはそれが気に入ったの?」
「……ああ」
その長剣は、俺が元々愛用していたものと同じ作者のものだった。友人関係にあった鍛冶師が打ってくれたものだった。見習い時代のものとはいえ、此処にあることが驚いた。
「これをもらってもいいのか? 本当に?」
「ええ。私は使わないもの」
昔のことを思い出して、手が震えた。それを腰に下げれば、妙にしっくりきた。これは俺のために打たれた長剣ではない。けれど、あいつが打ったもの。
それをまた身につけられたことが何だか嬉しかった。
ふとジャンナを見れば、なぜか首を振っている。どうしたんだろうか? と不思議に思った。
ジャンナから剣をもらってから、俺は剣を振るっている。剣をこうして振るうのは久しぶりで、何だか嬉しかった。
ジャンナはじっと俺のことを見ていた。
「ジャンナ、何」
「クロは凄いなと思って」
「凄い?」
「ええ。素振りをしているだけでも、貴方の剣が洗練されていることが分かるもの」
俺の動きをジャンナは褒める。優しい目で、俺のことをじっと見つめている。
「クロはずっと頑張ってきたからこそ、これだけ凄いのねって思って。凄いなって思うのよ」
「……そうか」
「ええ」
「……ジャンナは、剣の腕とか、分かるのか?」
「少しはね。私も少しだけ剣を振るったことあるもの」
ジャンナにそんな言葉をかけられて、俺は益々ジャンナのことが分からなくなった。剣も扱えると思わなかった。調合、鍛冶、剣――本当にジャンナには出来ないことがないのだろうかと思えるほどだった。




