⑭
目を覚ます。
窓の外の太陽の光。穏やかな空気が流れている。
――ジャンナの側が心地よくて、俺はついついここでの日々をもう少し過ごしてもいいかなと思ってしまっている。
幾ら今、俺がこれだけ穏やかに過ごせていたとしても――俺は『魔王』の側近だと呼ばれてしまっている者なのに。それなのにここで過ごしていると、そのことが夢のような気持ちになってしまう。
「ねぇ、クロ、何か食べたいものある?」
「……前に食べた奴」
「どれ?」
「ジャンナの故郷の味っていう」
「ふふ、気に入ってくれたの? 嬉しいわ。作るわ」
何か食べたいものがあるかと聞かれて、ジャンナが作ってくれたジャンナの故郷の料理を気づけば口にしていた。
――最低限の食事しかしばらくしてこなかったから、ただジャンナが作った料理がおいしく感じていたから。
ジャンナが嬉しそうに微笑む。
ああ、何かが食べたいなんて口にしたの久しぶりだった。ジャンナが何だか、穏やかで優しい笑みをずっと浮かべていて、俺は何だか少しこっぱずかしい気持ちになった。
ジャンナは、ただすべてを受け入れている。俺がどんなことをしても受け入れるような、そんな心の広さがその笑みからうかがえる。
こうやって俺のように無気力で、自分から何かをしようなんて考えられなくなった時、こうしてただ受け入れられるというのはこんなにも心地よいのだなと初めて知った。
ジャンナはどんな人相手でも、こうやって受け入れるのだろうか。それは少しだけ何とも言えない気持ちになった。
例えば俺のような人をまた見つけたら拾うのだろうか。そして何か危険な目に遭ったりしないだろうか。――そんなことを考える時点で、認めてはないけれど俺はジャンナを少なからず気に入っているのかもしれない。
ある日、目を覚ました時、とても良い気持ちになった。ジャンナはまだ起きていなかった。
――やりたいことなんて考えてなかったのに、少し身体を動かそうかという気持ちになった。『魔王』の側近だと言われるまで、かかさず行っていた自分の身体を鍛える行為。身体を動かすと、良い汗が流れている。何だか何も考えずに身体を動かすのが嬉しかった。
此処に剣があったらよかったのに。――でも武器は、『魔王』の側近として捕まった時に奪われている。
余計なことを考えると気持ちが沈みそうだったので、俺はその思考を振るうように身体を動かした。
その後、家に戻ればジャンナが慌てた様子だった。
「どうしたんだ? そんなに慌てて」
何かあったのだろうかと、心がざわついた。
「……何かあったのか?」
「ふふ、ごめんね。クロ。クロがいなかったからもしかしたらクロが何処かに行ってしまったのかと思ったの。それで慌ててしまったのよ」
「……そうなのか? すまない。ジャンナはまだ起きていないようだったから声をかけなかったんだ」
「いいえ、謝らなくていいわ。私が勝手に早とちりしてしまっただけだもの」
俺が何も言わずに外にいっていたから、ジャンナは心配していたらしい。俺がどこかに行ってしまうのが嫌だといった様子だった。
「クロは、何をしていたの? 汗を拭いているけど、何か運動でもしていたの?」
「ああ。身体を動かしていた。しばらく体を動かしてなかったから」
「まぁ! そうなの」
安心したような笑みを浮かべて、ジャンナは嬉しそうに微笑む。
「クロ、良かったわ。貴方が何かをやろうとしてくれて。それだけでも私は良かったと思うわ。それにしても真っ先にそういうことをしようとするなんて、クロは体を動かすことが好きなのね」
「ああ。ずっと、やってきたから」
「そうなのね。いつからやっていたの?」
「そうだな……。ずっと昔から、物心がついたころからずっと体を動かすことが好きだった。剣を振るうこともずっとやっていた」
「そうなのね」
ジャンナの優しい笑みに、つい昔のことを口にしてしまった。しまったと思ったけれど、やっぱりジャンナは微笑むだけで、俺の過去の事を聞くこともなかった。




