⑬
目を覚ました時、此処はどこだっけと一瞬驚いた。
こんな風に昼寝を外でするなんていつぶりだろうか。そして俺が驚いたのは、隣にジャンナが寝ていたことだ。
俺みたいな若い男の隣で眠るなんて警戒心がなさすぎる。なんでジャンナはこんなに俺が隣にいても気にしないのだろうか。
「あ……」
そして思わず驚いてしまったのは、何か夢を見ているのだろうか……ジャンナが涙を流していたから。
「ジャンナ」
悲しんでいるジャンナを俺は起こすことにして、名前を呼んだ。
何度か呼ぶと、ジャンナが目を開ける。
「ジャンナ」
ジャンナが俺のことをじっと見ている。
「ジャンナ、大丈夫か」
「何が?」
「泣いている」
そう言えば、ジャンナはハッとした顔をして、なぜかとてもやさしい笑みを浮かべて俺を見る。
「昔を思い出してちょっと感傷に浸っただけだから、涙は気にしないで。
クロは、優しいね」
ジャンナは俺を優しいなんていう。俺がどういう人が知っているはずなのに。他の人たちは俺が『魔王』の側近だと信じ込んでいて、こういう風に話を聞いてくれることさえもないのに。
……ジャンナは全てを知って、全てを受け入れた上でこんな風に優しく笑うんだ。その笑みに、俺は戸惑ってしまう。
戸惑う俺に「中に入りましょう」とジャンナは笑いかける。俺はそれに頷いてついていった。
俺はジャンナの涙の理由を聞かなかった。俺を優しいというジャンナに興味はあるけれど、俺はジャンナとの距離を縮めるのを恐れていた。
だから、俺はぼーっとしながら過ごしていた。
俺のこと、ジャンナのこと……そのあたりのことは考えていたけれど、この穏やかな日々が穏やかで、現実逃避してしまっているのかもしれない。
「クロは、何かやりたいこととかある?」
「やりたいこと?」
「ええ。クロは何をしたいとか、これからどうしたいとかある?」
ジャンナに問いかけられて、やりたいことと言われてもすぐに思いつかなかった。少しずつ、ジャンナと共に過ごしていて穏やかな気持ちになっているけれども――まだまだ俺はそういうことを考えられない。
「……別に。今はそういうの考えられないかな」
「そうなの?」
「ああ。……ジャンナは?」
ふときいてしまった言葉に、俺は自分で驚いてしまった。こんな風にジャンナに問いかけるつもりもなかったのに。ジャンナと近づく気もなかったのに。
それでも俺はジャンナに聞いてしまった。
「そうね……。私にとってもやりたいことっていう大きな目標はないかもしれないわ。ちょっとした目標ならあるけれど」
ジャンナはそう言って、一旦言葉を切って、続けた。
「そう考えると、私とクロは案外似ているかもしれないわね。
でも私は大きな目標はないけれど、小さな目標はあるわよ。もっと錬金術を極めていきたいとか、収穫できる果物をもっと美味しいものにしたいとか。明日は寝過ごさないようにしようとか……」
そんなジャンナの言葉に俺は思わず笑った。
ジャンナと話しているとなんというか、落ち込んで、絶望していたことが嘘のように――なんというか、穏やかな気持ちになる。
「――今は、そういうの考えられない」
今は、そういうことは考えられない。だけど――、
「けど、此処で過ごしていたら……なんか、やりたくはなるかも……しれない」
ジャンナの側で穏やかに過ごしていたら、俺は当たり前の日常を、当たり前のように過ごせるようになるのかもしれない。
なんてそう思ったのは俺のまぎれもない本心だった。




