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ジャンナは王都に行ったのだという。
ならば、俺のことを散々王都の人々に聞かされたはずである。何らかの力が働いたのか、俺のことを『魔王』の側近と全員が知っている状況だったから。
だけどジャンナは俺に何かを聞くことはしない。
ただ料理を作っている。王都で購入してきたものを取り出して、いつも通りの様子で料理をする。
何でジャンナは俺に何も聞かないんだろうか。
何でいつも通りに笑いかけて、料理を並べているのだろうか。俺に対して怯えても、何かを問いかけてもおかしくないのに。……何でジャンナは俺に一言も『魔王』の側近のことを聞かないのだろうか。
そんなことを考えていたら無言のまま俺は食事を黙々と食べてしまった。
「美味しい」
そう口にすれば、ジャンナは相変わらず優しい笑みを浮かべていた。
ジャンナは王都に行って疲れたのだろうか。その場で椅子に座りゆっくりとしている。食事を終えたら俺に何か聞いたりするのではないかとそう思っていたのにジャンナは何も聞く事はない。
ただそこにいる。
何だかジャンナと一緒に居ると、俺が『魔王』の側近だと言われて追われていることもすべて忘れてしまいそうになる。――あまりにも居心地が良すぎる。
ジャンナは俺がじっとジャンナを見ていても、話しかけることはない。俺が話し出すのを待っている。ジャンナが俺よりも年上だからこんなに落ち着いているのだろうか。いいや、ジャンナより年上とも接したことはあるけれど、ジャンナほど落ち着いている人はいないと思う。
「……なぁ」
俺は悩んだ末にジャンナに話しかけた。
「さっきのこともそうだけど、ジャンナは何で俺のことを聞かないんだ」
どうしてジャンナは俺に何も聞かないのだろう――そう俺は問いかけてしまった。
この一言が俺とジャンナの今の穏やかな日々が何か変わるかもしれないとは思ったけれど、それでも口にせずにはいられなかったのだ。
俺の問いかけにジャンナはクスリと微笑む。相変わらず優しい笑みを浮かべている。俺がこんなこと問いかけても嫌そうな顔一つしない。
「なんだよ」
「クロは、やっぱり噂されているような人ではないだろうって思ったのよ」
ジャンナは微笑んでそんなことを言うから、俺は驚いてしまった。
「何で私がクロに聞かないかって。私は人が聞かれたくないって思っていることを聞こうとは思わないの。私だって聞かれたくないことが沢山あるもの。
人にされたらいやなことを人にしようとは思えないのよ。だから私は貴方が『魔王』の側近って言われていても何か聞こうとは思わないわ」
人にされたら嫌なことを人にしようとは思わない。だからこそ何も聞かない。
そんなジャンナの言葉は口にするだけならば簡単だ。だけれどもこうして実際に行動で示すことは簡単じゃない。
それが出来ているだけでもジャンナは俺なんかよりもずっと凄い人なように見えた。
「俺が『魔王』の側近と呼ばれていることを知っていても聞かないっていうのは、普通じゃないぞ……。そもそも俺を家に置くのも……」
「あら、普通じゃなくても結構なのよ。私は私がやりたいようにしているだけだもの」
普通じゃなくても構わないと笑う。
「クロ、私は貴方が聞かれたくないことを聞こうとは思わないわ。クロがどうして『魔王』の側近と呼ばれているか、気にならないわけではないけれど――、それでも貴方が話したくないと思うのならば私は聞かないわ。
もし、クロが私に話してもいいと思った時にだけ、私にその話を教えてね」
「……ああ」
本当にどうしてジャンナはこんなに優しいのだろうか。どうしてこんなにすべてを受けいれようとしているのだろうか
「ねぇ、クロ。聞きたいことは他にもある? 私が話せることなら何でも答えるわよ?」
「………あのポーションは」
「ポーションのこと? 何か聞きたいの?」
何を聞こうかと考えて、俺はポーションのことを口にした。
「……優秀な流れの錬金術師が作っていたと聞いていた。何処に住んでいるかもわからない錬金術師が、使いをやって売りに来るのだと」
「クロは私のポーションを使ったことがあるの?」
「……ああ。世話になった。これはジャンナが全て作っていたのか」
「そうよ。生活費のたしにね」
「あれだけのものが作れれば、どうにでも出来る」
「そうね。でも私は此処での暮らしでいいのよ」
「……そうか」
やっぱりジャンナには何か秘密があるのだろう。その秘密があるからこそ、ジャンナは此処で暮らしているというのが確信出来た。
「ねぇ、クロ、私は今から部屋で本を読もうと思うの。クロも何か読む?」
「……いや、いい」
「そう。なら、自由にしていていいからね。何かやりたいことがあったら私に言って、この家は色んな事が出来る設備が揃っているから」
ジャンナはそれだけいってその場から去って、自分の部屋へと戻っていった。俺も部屋に戻って、先ほどのジャンナの言葉についてを考えるのであった。




