⑧
その場に軽やかな心を落ち着かせるような音楽が流れている。音のしたほうに視線を向ければ、ジャンナがオルゴールを手にしていた。
水色の箱にいくつもの貝殻模様の刻まれたオルゴール。箱を開くと白いワンピースを着た乙女が映る。これは確か湖に伝わる乙女をモチーフにした音楽だったか。
王都で暮らしていた頃、パーティーでこの音楽を俺は聞いたことがある。
なんだか懐かしいなと思った。
そのオルゴールは高価なものに見えた。庶民では買えないようなもののように思える。
やっぱりジャンナは不思議だと思う。そもそもこういうものを持っているのにも関わらずこんなところで暮らしているのも意味が分からない。
「……オルゴール?」
「ええ。気持ちを落ち着かせるオルゴールなの。私はこのオルゴールの音が好きで、よくかけているのよ」
ジャンナは穏やかな笑みを浮かべて言う。
その穏やかな笑みを見ると、ぽろりと本音を溢してしまいそうなそういう気持ちになってしまう。
ジャンナのことを信用出来ない。完全に心を許してしまうわけにはいかないと思っているのに。それでもジャンナという存在は甘い毒のように、何処までも穏やかで、俺のすべてを受け入れてしまいそうな力を持っているのだと思う。
「良い音だな」
「でしょう? ふふ、クロが気に入ってくれて嬉しいわ」
俺が何を言ってもジャンナは笑っている。
――俺なんて得体のしれない男で、『魔王』の側近だと思われている存在なのに。ジャンナに心を許さないように、そう思ってただ口にした世間話にも、くだらない事にもジャンナはただ俺のことを真っ直ぐに見つめて笑うのだ。
「料理作るから待っててね」
ジャンナはそう言うと、猪の魔物の下処理を始める。
俺はジャンナの流している穏やかなオルゴールの音色を聞きながら不思議な気持ちになる。オルゴールを手に取ってまじまじと見て見ても、このオルゴールが精巧な作りをしていることが十分にわかる。やはりこれは高価なものだろう。
その高価なオルゴールを持っている存在が、猪の魔物を捌くことが出来るなんて不思議な存在だと思う。なんというか、チグハグなように見えるけれど、芯がぶれないようなそんな雰囲気があるというか……。
ジャンナはテキパキと料理を作っている。美味しそうな匂いがする。食欲をくすぐる。
ああ、もう本当に『魔王』の側近だと思い込まれていて、大変な日々を送っていたのが嘘のように、ただその美味しそうな匂いに俺が当たり前の日常をこれからも送れるのではないかという勘違いをしてしまいそうになる。
今、ジャンナの家にいて落ち着けているとはいえ、このような穏やかな日々は続かないだろうに。
「クロ、どう? 美味しいでしょ?」
「ああ」
ジャンナの作ってくれた料理を食べる。ジャンナの料理は当たり前の家庭料理で、何だか温かみがある。
「どうやって狩ったんだ?」
「罠をしかけていたのよ。この森の中でお肉を取るためにも私は罠を使った方が楽なの」
「そうか」
オルゴールのことも気になったけれど、そのことは込み入ったジャンナの境遇に関することではないかと思うので、他の事を聞いた。
猪の魔物は、ジャンナが倒せるようには思えなかった。
どうやって倒したのだろうかと思わず問いかけてしまったのは、俺がなんだかんだジャンナに少し興味を持ってしまったからだろう。
とはいっても俺はジャンナと距離を縮める気はない。だからなるべくジャンナの事情は聴きたくない。――けれど、そんな気持ちがあっても質問をしてしまったのだ。
なんだかずっと一緒にいると、俺はジャンナに興味を持ってしまいそうな気がした。……その前にジャンナの側を離れた方がいいのかもしれない。
でもなんだろう、ジャンナが俺を受け入れてただ笑っているから――何か起こるまで、ジャンナが俺の敵だと発覚するとか、そういう事が起こるまでは此処にいていいかというそういう気持ちになってしまっていた。




