④
「誰だ。俺をどうする気だ」
真っ先に俺の口から洩れたのは、そんな言葉だった。誰かが、今の俺を助けてくれることが信じられなかった。
「貴方、倒れていたの。だから私がポーションを飲ませたの。覚えてない? 無理やり私がポーションを飲ませたの」
それを聞いて倒れる前の事を思い出す。ああ、確かに俺を助けようと、俺を安心させようと近づいてくる女性がいた。
「……ああ。あれは、夢じゃなかったのか」
そんな言葉を言い放ってしまったのは、意識を失う前の事が俺の願望が生み出した夢だったのかもしれないと思っていたからだ。
目の前の女性が俺のことを助けたのは事実だろう。でも――そこに打算的な何かがあるかどうかは俺には分からない。
けれど、俺が同じ場所に留まるのは得策ではない。
目の前の女性が俺のことをはめようとしている可能性は十分にあるし、もしそうでなかったとしても俺が此処にいたのでは迷惑をかけてしまう。
「邪魔したな」
「ちょ、待って! お腹すいているんでしょ! ご飯作っているから一緒に食べましょう!」
何故か引き留められた俺は……驚いてそのまま頷いてしまった。
そのまま女性に手を引かれて、椅子に座らされる。
こうして誰かが自分の手を引く――という当たり前のことも久しぶりで、なんとも言えない気持ちになった。
茫然としている俺の前に、食事が並べられる。美味しそうな匂い……こういうまともな料理を前にしたのも久しぶりで、俺のお腹はぐるるうううと音を鳴らす。それがちょっと恥ずかしかった。
「どうぞ」
その女性はまた笑って、そう告げる。
柔らかくて、優しい笑み――何だかお腹を空かせた子供を見ているような笑みに、何とも言えない気持ちになる。
目の前に並べられている料理に毒などが入っていない事は分かった。俺は人間ではないものの血が混ざっているのもあって、そういう危険察知能力が高く、毒物かどうかはわかる。
バクバクと料理を口にする。
美味しい。
こんなにおいしい普通の料理を食べるのは久しぶりで、満たされていく気持ちになるのが分かる。
女性は、どんどん口の中に放り込む俺をただにこにこと見ていた。どうして、俺にそんな瞳を向けているのだろうか、この女性はなんなのだろうか。俺が『魔王』の側近だと言われていることを知らないのだろうか。
色んな思いが頭の中を通り過ぎて行った。けれど、ひとまずお腹がすいていたため、俺はどんどん口の中へと放り込んでいった。
「食事、美味しかった。ありがとう」
そう言って女性を見る。
女性はやっぱり、優しい笑みで、俺を見ている。やっぱり……俺が『魔王』の側近だと言われていることを知らないのではないか。でもそんなことがあるのだろうか? この女性だけ、俺の身に起きた不思議な現象が起こっていないなんて……。
「邪魔をした。去る」
目の前の女性に聞いてみたいことはあった。
何で俺を助けたのか。俺が『魔王』の側近だと言われていることを知らないのか。――だけど結局そんな言葉をかけたところで何の意味はない。
俺はそのまま、その場所を去ろうと思った。
だけど、
「待って!! えっと、まだここで休んでいてもらっていいわ。倒れていたっていうことは体の調子が悪いのでしょう? だったら此処にいていいわ。幸いここには誰も来ないし、私だけしかいないもの。だから、此処にいなさい!」
何故か女性はそんな引き留める言葉を口にする。意味が分からなかった。
「……俺と関わらない方がいい。それはなぜかわかっているだろ?」
「貴方が『魔王』の側近だっていうこと? 知っているわ。貴方が『魔王』の側近だということは一目みたら分かったわ」
知らないわけではなかった。目の前の女性は、俺が『魔王』の側近だと呼ばれていることを把握していた。なら、何でそんなことを言うのだろうか。
俺を騙そうとしているのならば『魔王』側近だなんて知らなかったという体を取ればいいのに……。
「なら――」
「でも、だからといって辛そうな状況にある年下の男の子を放っておけるわけないじゃない! 『魔王』の側近だからこそ、貴方が此処から出たら大変な目に遭うの分かっているもの。それで黙って送り出すなんて出来ないわ。いいからしばらく此処にいなさい。ここには誰も来ないから、ゆっくりしていきなさい」
続けられた言葉に俺は驚いた。
俺が『魔王』の側近だと分かった上で、俺のことを放っておけないと言った。俺が大変な目に遭うならここにいたらいいと。誰も来ないからと。
「いや、でも――」
「でもじゃないわ。いいから、ゆっくりしていきなさい!」
結局、目の前の女性に俺は押し切られてしまった。
どうして『魔王』の側近と言われている俺をこの家に留めようとするのか。
その俺に言い放った言葉は本心からの言葉なのか。俺をはめようとしているのではないか。
そういう疑問は山ほどあった。
だけど結局女性に押し切られてしまったのは――結局の所、俺がこの二年間の生活を得て、人が傍に居ることに餓えていたからかもしれない。どんな理由があろうとも、俺に此処にいていいと言ってくれたのが嬉しかった。




