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『救国の乙女』になると預言されて、早二十年経ちました。  作者: 池中織奈
クラレンス・ロードが幸せをつかむまで
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 牢屋から脱出したことは騒ぎになっていた。

 周りの騒がしい声が聞こえてくる。――なんらかの力が働いているのか、俺を殺すことを追手はしない。



 だけど、俺のことを死ぬギリギリまでは痛めつけるだろう。



 死にはしなくても、捕まれば待っているのは絶望だけだ。抜け出したところでこの状況をどうにかすることはできるのだろうか。分からないけれど、まだ抜け出してすぐの俺は希望を抱いてた。

 だって俺は……『魔王』の側近なんかじゃないから。王城の人々に何らかの力がかけられていて、俺が『魔王』の側近だとも思い込んでいたとしても、誰かが……きっと、そうではないと分かってくれていると。それか俺を知らない誰かの元なら俺の話を聞いてくれるのではないか。

 そう思った。





 だから……、人の好さそうな老夫婦の前に出たり、子供の前に出たりした。そういう人たちなら俺の話を聞いてくれるのではないかと。

 突然『魔王』の側近だなんて言われるようになって、信じていた人たちが誰一人として俺の話を聞いてくれなくて――。だから、俺は話を聞いて欲しかったのだと思う。

 受け入れてくれるかもしれないという淡い希望を抱いた時もあった。




 けれど――、



「『魔王』の側近をはやく捕まえてください!!」



 優しくしていたのは演技だったのだ。



 俺が『魔王』の側近だと思い込んで、騎士を呼んだ。そして俺は彼らの呼んだ騎士達に襲われ、何とか命からがらに逃げ出した。



 その過程で人は殺しはしていないものの、その建物は壊してしまった。流石にこの国に仕える大勢の騎士に襲われればそれも仕方がないことだった。



 傷だらけで逃げ出した俺は――、もう全て壊してしまおうかと思った。すべて殺して、全て壊して――、何も考えずにその衝動にかられるままにそれを行おうか。そう思いながら歩く。





 ふらふらする。

 幾ら丈夫な体を持っていたとしても、相手は俺の弱点を知り尽くしている連中が行うことだ。俺は気を抜けば、捕まる事が確定している。



 ふらふらしながら歩いていて、俺は倒れる。

 ああ、もう……眠たい。睡眠をとって、この身体の調子を治さないと。俺の身体は人より丈夫だから、眠れば大抵のことは治る。けれど、此処で眠ってしまったら――、捕まってしまうかもしれない。

 魔物が寄ってこないように、俺は無意識に魔力を垂れ流していた。



 そんな中で声が聞こえた。



「……?」



 女性の声。小さな小さな声は、俺には正確には聞こえなかった。



 だけど、その女性が、俺の元へ近づいてきていることは分かった。



 そちらを見れば、栗色の髪を持つ大人しそうな女性だった。こんな大人しそうな女性だろうとも――、俺が『魔王』の側近だと知れば、いいや、知っているからこそ、俺のことを騎士に差し出すだろう。国に差し出される――、そう思うと女性を睨みつけるように見てしまった。




「大丈夫? 傷だらけね。ポーションを飲んで」



 魔力を垂れ流している俺に近づくのを躊躇うのが普通だ。怖れ、怯え、逃げるのが普通だ。

 なのに、その女性は優しく笑って、俺にそんなことを言った。



 今までのことを考えると、俺のことを『魔王』の側近であると思い込んでいるだろうに。だからこそ、目を見開いてしまった。



「――俺、は」

「いいから飲んで!!」




 その女性は、俺が何か言う前に俺の口の中にポーションを注ぎ込んだ。身体が回復していくのが分かる。



 なんでだろう。

 どうしてだろう。



 この女性はなんで、俺のことを助けようとしているのだろうか。これは偽りだろうか。俺を助けて安心させようとしているのだろうか。本当は俺の敵ではないのだろうか。

 沢山の考えが俺の頭を駆け巡る。



 だけど――、それでも本当にこの目の前の女性が、俺のことを心配そうに見ていて、何処までも必死だったから。そして体力が限界だったから……、俺はそのまま眠った。





 ――『魔王』の側近だ。

 誰かがそう叫ぶ声がする。



 ――『魔王』の側近を捕まえなければ。

 親しかった誰かがそう言って俺を追いかけてくる。



 ――俺は違う。

 そう幾ら叫んでも誰も俺のことは聞いてくれない。




 抜け出せない迷宮の中にいるような、そんな気持ちになって苦しかった。



 だけど、気づいた時、美しい音が鳴った。軽やかな音は、俺の心を落ち着かせてくれる。



 心の落ち着きは、楽しかった時の日々を思い起こしてくれる。



 騎士として着実に強くなっていき、周りに認められた日々のこと。

 仲間たちと過ごして、笑いあった日々のこと。



 『魔王』の側近と呼ばれるようになってから、こんな風に昔の楽しい記憶を思い起こすのは久しぶりだった。



 穏やかな気持ちのまま、目を覚ました。

 見慣れない風景に、驚く。此処はどこだろう。きょろきょろとあたりを見渡せば、こちらを見ていた女性と目が合った。



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