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クロとの距離 ①

4/6二話目


「おはよう、クロ」

「……おはよう」


 朝からクロに挨拶をすれば、クロは私に向かって挨拶を返してくれる。



 王都に私が向かっても、私とクロの距離はかわらない。

 クロは相変わらず、特に何かをするということはなく、ただここで生活をしている。



 私がクロを拾った当初よりは、クロは落ち着いているようには見えるけれど……相変わらず眠っていても私が近づけばすぐに反応して目を覚ましたりするのだ。クロはまだまだ警戒している渦の中にいる。



 クロはあれ以来、また私に何かを聞いてくることはない。ただ頼めば料理の手伝いをしてくれたり、生活のためのお手伝いはしてくれる。



 クロの事をマジマジと見ると、本当に綺麗な顔をしていると思う。これだけ綺麗な顔をしていれば、クロは『魔王』の側近と言われてさえなければ、皆に求められ、幸せな生活をしていただろうと思える。




 王都で聞いた噂では、クロがどうして『魔王』の側近と呼ばれているかについては分からなかった。私が知っている情報以外は、噂になっていなかったから。

 王城やそれに近い立場の人ならば、きっとクロが何故『魔王』の側近と呼ばれているのか知っているのかもしれないが……今の私の立場ではそういう人たちと関わることは難しい。下手に『救国の乙女』になるだろうと預言されていた私がクロをかくまっているなんて知られてしまったら変な勘繰りをしてくる人たちもいるかもしれないし。



 それにしてもクロを『魔王』の側近だと断定するにしても、こんなに落ち着いていて普通に生活を出来るクロの事を問答無用で悪とすることも何だか違和感を覚えてしまう。

 クロが捕らえられて拷問を受けていたことは知っているけれど、クロならばきっと拷問をされなくても本当のことを話しそうだと思うし。……本当にどうしてクロみたいな男の子がそういう風に言われているのだろうか。



 私は今、ベッドにごろごろとしながら、本を読んでいる。

 この家に置かれている本は、様々だ。私が『救国の乙女』になるだろうと預言されていたからというのもあって、様々なジャンルの本が此処には置かれている。

 此処に来た当初はまだ『救国の乙女』として何かしら覚醒するのではないかという淡い期待を抱かれていたというのもあって、色んなジャンルの本が置かれているのだ。正直言って量が膨大過ぎて全部はまだ読めていない。だけどこういうものを読んでおけば何かしら将来の助けになるかもしれないというのもあって読んでいる。

 『救国の乙女』として期待されていた私に与えられているのは実用書ばかりだったけれど、以前王都に向かった時に購入した小説も少しは置かれている。



 英雄や特別な乙女に関する本が多いのは、私が『救国の乙女』になるだろうと預言されていたからである。そういう本を読んだらもしかしたら何かしら影響をされるのではないかと思ったから。



 あとは呪術や呪いに対する物騒な本もおいてあったりする。どういう力を用いて私という存在が『救国の乙女』になるかというのが誰にも分からなかったから本当に様々なものが置かれているのだ。

 クロは私に対して問いかけることはないが、クロからしてみれば色んな設備が設置されていたり、沢山の本が置かれていたり、こんなところで生活をしていたり――何もかも私は変な存在だろう。



 私は実用書を読むのに飽きて、この世界に存在した特別な乙女の物語を手に取る。これは絵本である。簡単に読める特別な乙女の物語。



 とある国は危機に瀕していた。

 魔物が増加し、国民達は絶望していた。

 そんな中で神が乙女を遣わした。

 その乙女は祈りによって人々に力を与えた。

 その力によって国は魔物を退けた。

 乙女は王子様と結婚して、幸せになりました。




 そんな物語。



 私が王城に招かれた当初、この絵本を私の世話をしていた侍女が読んでくれた。

 識字率の低い村で育った私は文字さえも読めなかったから、その侍女に文字を教わったのだ。此処に追いやられる時にその絵本は持ってこれなかったから、後から王都で同じ絵本を買ったのだ。

 懐かしいなと、そんな思いでいっぱいだ。



 あの頃の私は自分が『救国の乙女』になれない未来など一切考えていなかった。

 『救国の乙女』になって、婚約者と結婚して、此処に描かれている特別な乙女のように幸せになるんだと馬鹿みたいに信じ込んでいた。



 私も、そして周りも、私が『救国の乙女』として力を覚醒させないなんて欠片も考えていなかったのだ。

 だから夢を見ていた。幸せになる夢を。『救国の乙女』として国に祝福をされて幸せになる夢を。




 あの頃の私に、今の私はこんな場所で寂しく過ごしているなんて告げることが出来たらなんというだろうか。



 多分信じないだろう。周りから『救国の乙女』としてもてはやされ、周りに人がいることが当たり前になっていて、——ただ幸せになることを享受していた私は。



 あの侍女はどうしているだろうか。

 私のここでの暮らしについていきたいと告げて、でも貴族だからと許されなかった侍女。

 手紙をくれるといっていたけれど、気づけばその手紙も届かなくなっていた。

 


 多分、私のことももう既に忘れているだろう。




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