第六話 バレットの作って、作って、ぶっ放そう!(中編)
思いのほか長くなったので中編になります
その日の深夜。
クリアの部屋のベッドで横になるクリアとティア。
ちなみに、クリアの方はシャツ一枚に下着だけとラフな格好で眠り、ティアの方に至っては一糸纏わぬ姿で横になっていた。
ティアは険しい顔で何かを考えていた。
「どうした、ティア?」
眠っていたと思っていたクリアが口を開き、ティアの方に視線を向けた。
彼女は「なんでもないです」っと言って、背を向けた。
クリアは後ろからティアを抱き寄せ、不意に抱き寄せられたティアは頬を赤らめ、嬉しそうに口元がにやけたが、悟られないようにすぐに平静を取り繕った。
「なんでもなくはないんだろ? 何があった」
「……クリア、お聞きしたいことがあります」
「ん、なんだ?」
ティアは枕元に置いておいた魔硬粘土の兎を持ち上げ、クリアに見せる。
それを見て、クリアは首を傾げた。
「兎? これがどうしたんだよ?」
「アリスが作ったモノなんです」
「ほぉ~ん、よく出来てるじゃないか」
「おかしいと思いませんか?」
「あっ、何が? ただの兎だろ。何もおかしいとこなんてないだろ?」
クリアの言う通り、魔硬粘土で作られている以外、おかしいなところなどどこにも見当たらない。
「クリア、貴女は一度でも兎を狩ってきて二人に見せたことがありますか?」
「いや、ない。……つうか、この魔獣の庭園に普通の兎な……んて……」
そこまで言いかけて、クリアもティアの言うおかしい点に気付いて、ハッとなる。
「そうです、ここは魔獣の庭園。いるのは魔獣だけ、普通の草食動物がいるわけありません」
ティアの説明を聞いて、クリアの顔が険しくなる。
魔獣の庭園に普通の鹿や兎はいない。
たとえ迷い込んだとしても、一時間もしないうちに魔獣の餌になっている。
四人が暮らしているのは魔獣の庭園の数キロの地点、そんなところまで自衛手段のない草食動物が到達するのは不可能。
「――アリスはこの森で育ちました。森の魔獣を見たことはあっても、外の動物など見たことがありません。なのに、アリスは兎を知っていた……知らないモノを作ることなんて普通出来ません。これはつまり……」
「ああ、だろうな……」
二人の脳裏にある言葉が脳裏に浮かんだ。
翌日、二人はいつも通りに双子に接していた。
ティアはアリスの魔法の修業に付き合い。
クリアはブーさんと共に、魔獣狩りに出ていた。その狩りにバレットも同行していた。
本来なら危険な魔獣狩りに幼いバレットを同行させるべきではないのだが、いつの間にかブーさんの頭に乗っていたので、やむなく連れてきた。
クリアは大きく開けた場所で紅蓮の大斧「カタストロフ」を肩に担ぐように持っていた。
少し離れたところでブーさんとバレットは息を殺し、気配を消していた。
その時、クリアの近くの茂みが激しく揺れ、そこから一匹の魔獣が飛び出してきた。
見た目は完全に銀色の体毛に覆われた全長八メートル程の狼なのだが、その尾は通常の物とは異なり、三尾に分かれ、その先が刃状になっていた。
狼――ブレード・ウルフは体を回転させながら、その刃の尾でクリアに斬りかかる。
クリアはカタストロフを振りかぶり、腰の捻りも加えた大振りの斬撃で斬りかかってきたブレード・ウルフを弾き飛ばした。
弾き飛ばされた地面を数度バウンドして地面を転がったが、尾を地面に突き立てて勢いを殺し、体勢を立て直したが、ブレード・ウルフが次の行動を起こす前にクリアが距離を詰め、カタストロフを振り上げていた。
カタストロフをブレード・ウルフの頸椎目掛けて振り下ろし、その首を両断した。
頭部を失った身体は数秒フラフラと前進した後、バタリっとその場に倒れ伏し、切り口から黒紫色の血が溢れ出た。
クリアは険しい顔のまま、一切気を緩めることなく、カタストロフを背に背負い、口笛を吹いた。
口笛が聞こえたのを確認して、ブーさんがバレットを頭に乗せて、彼女のもとに向かって歩き出す。
ブーさんはブレード・ウルフの胴体を咥えて持ち上げる。
それを確認し、クリア達は家路についた。
その道中、バレットは不意に右を向いた。
すると、視界に何かが見えた。
「くりあ、なにあれ?」
バレットは自分が見えたモノの方向を指さし、クリアに訊ねた。
「んぁ、どれだ?」
クリアもそちらを見て、首を傾げた。
「なんだ、アレ?」
二人と一匹はバレットが見つけたモノに向かって歩き出した。
彼等が辿り着いた場所にあったモノ、それは地面に開いた洞窟の入り口だった。
二十メートル程の大穴がぽっかりと口を開き、暗闇が奥深くまで広がっていた。
「こんなとこに洞窟なんてあったのか」
「くりあもしらなかったの?」
「この辺はあんまり散策してないからな~」
クリアはそう言いながら、洞窟の中を覗き込んだ。
バレットもブーさんの頭から飛び降り、一緒に覗こうとした。
その時だった。彼の足元が崩れ、洞窟の中に転がり落ちてしまった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「バレット!」
落ちたバレットを追って、滑り降りた。
「ブーサン。何かあったら、ティアを呼んで来い!」
クリアの言葉にブーさんはブレード・ウルフを咥えたまま返事をした。
彼女は右手を眼前まで上げ、「【灯火】」と短く詠唱して、ボーリング玉程の光の玉を生み出し、自分の周りに漂わせるように浮かせた。
どこまでも転がり落ちるバレットを追うクリア。
十数分ほど転がり落ち、ようやく洞窟の底に着いたバレット。
「イテテテッ、さいあくだね……」
バレットは体に付いた砂や石を払い落としながら、立ち上がった。
少し遅れて、クリアが追い付いた。
「バレット、このバカ! 何やってやがんだ!」
クリアは怒鳴り声を上げて怒っているように見えるが、彼の事を心底心配しているのか、身体をくまなく見て、大きな怪我が等がないか探していた。
「ごめん、くりあ……」
「まったく、今度からちゃんと気を付けるんだぞ」
一通り身体を確認したクリアは続いて、辺りを確認する為、【灯火】の輝度を上げた。
白い光に明るく照らされた洞窟の内部だったが辺りには何もなく、ただ広い空間が広がっているだけだった。
バレットも一緒になって周りを見渡す。
「なにもないね」
「だな……」
「なんかのすなのか……あれなんだろ?」
バレットが再び何かを見つけたのか、駆け出した。
「おい、バレット! 不用意に先走るな!」
慌てて、クリアがその後を追う。
バレットの辿り着いた場所にあったのは色の濃い灰色の砂だった。
茶色の岩で覆われた洞窟の中でそこだけが灰色一色に染まっている為、かなり目立った。
バレットはしゃがんで両手で砂を掬い取った。
「すな?」
「これ……バレット。今すぐ、その砂を捨てろ」
「え、なんで?」
「いいから」
そう言いながらクリアは片膝をつき、バレットの両手を掴んで灰色の砂を捨てさせ、手を叩いて付いた微量のモノも全て払い落とした。
「バレット、これはな『魔増爆砂』って言って、危険な砂なんだ」
「えーてる・ぱうだー? えーてる・くれいとおんなじものなの?」
「まぁ、確かに似てるといえば似てるが、コイツは取り扱い方を間違えると大変なことになるから、間違えても触るなよ」
砂が全て落ちたのを確認して、二人は立ち上がった。
「魔増爆砂は魔硬粘土と同じで魔力を流すっていうところは同じなんだが、コイツは硬くなるんじゃなくて、爆発力が上がるんだ」
「ばくはつりょく?」
「魔増爆砂に魔力を流した後に、火を当てると爆発するんだ。魔力の流した量で威力も変わるんだ。多少なら音が鳴るくらいで済むが、バカみたいに魔力を流すと家の一つ二つ吹っ飛ばすほどの代物になっちまうんだ」
「なるほど、ばくだんのかやくなのか」
「そうそう、そう……だ……って、なんでお前、爆弾を知ってんだ?」
彼女の説明を聞いて、納得したバレットが自然な流れで言ってしまった言葉にクリアは聞き逃さず、訊ねた。
「え、あ、う、え~っと、このまえよんだほんにかいてあったんだよ。ばくだんのことが、あははははは」
バレットは右往左往しながら、歯切れが悪そうに答え、そんな少年の様子を見て、クリアの中であることが確信に変わった。
(やっぱり、二人は……)
「じゃ……じゃあ、くりあ。こんなきけんなものがあるところにいてもあぶないし、くりあのまほうでいんかして、ばくはつしてもまず……いし……はやく……」
そこまで言って、バレットの言葉が止まり、ゆっくり振り向いて、魔増爆砂を見つめた。
「おい、どうし――バレ――」
自分を呼ぶクリアの声が徐々に遠のいていく。
『凄いだろ。魔硬粘土は魔力を流せば流すほど硬くなるし、熱なんかにも強くなるんだ』
彼の頭の中で先日の魔硬粘土の説明が脳内を駆け巡った。
『魔増爆砂に魔力を流した後に、火を当てると爆発するんだ。魔力の流した量で威力も変わるんだ。多少なら音が鳴るくらいで済むが、バカみたいに魔力を流すと家の一つ二つ吹っ飛ばすほどの代物になっちまうんだ』
続いて、先ほどの魔増爆砂の説明が流れた。
(魔硬粘土は魔力を流すことで硬度と耐熱性が増す……魔増爆砂は魔力を流すことで爆発力が増す……鋼と火薬……)
二つの物質の特性を反芻するように思考したところで、彼の脳内に一枚の白い紙が広がった。
そして、その広がった紙に黒い線が刻まれ、更に黒い線が刻まれ、それが徐々に加速度的にその数を増し、形を成していく。
やがて、それは一枚の設計図となり、少年は嬉しそうに口元に笑みを浮かべた。
「バレット!!」
クリアの自分を呼ぶ叫び声によって、バレットの思考が現実に戻される。
顔を上げると、クリアが必死の形相で自分の肩を掴み、顔を覗き込んでいた。
「どうした? 何があった?」
「……ううん、なんでもないよ」
バレットは首を小さく振ってみせた。
「それよりくりあ。はやく、かえろう」
バレットは悟られないように彼女の手を引いて、自分達が下ってきた坂に向かって走り出した。
「おい、バレット。分かったから、そんな引っ張るな!」
「あ、くりあ。かえりにえーてる・くれいをとってかえっていい?」
「いいけど、またなんか作るのか?」
「うん、そんなところ」
笑顔で答えながら、バレット達は駆け足で、坂を上って行った。
後編に続く。