第五話 バレットの作って、作って、ぶっ放そう!(前編)
元素開眼の儀から一週間が経った。
あれから何度か試したが、やはり、バレットは元素開眼することはなかった。
それからというもの、バレットは不貞腐れ裏庭の切り株の上で寝転んで過ごしている。
寝転んだまま顔を上に向けると、視線の先でティアの指導の下アリスが魔法の修行をしていた。
アリスが右手を天高く掲げると、背後に白い光の槍が数本生まれた。
彼女が右手を大仰に振るうと、不倒樹めがけて射出され、その幹を貫通し、大穴を開けた。
それを見て、嬉しそうにアリスは口元に笑みを浮かべる。
バレットは悔しそうに唇を噛みしめ、視線を前に向け、天を仰ぐ。
空は少年の暗い思いとは裏腹に、清々しいほどの碧に染まっていた。
大きく深いため息を吐くと、仏頂面のクリアが顔を覗き込んできた。
「……………………なに、クリア」
「何じゃない。いつまで拗ねてんだ」
「ほっといて……」
バレットは体を横に向け、彼女のから目を背ける。
そんな彼を見て、クリアは乱暴に頭を掻くと、首根っこを引っ掴んで持ち上げる。
「う、うわぁぁぁぁ! 何すんだよクリア!!」
「うるせぇ! こんなとこで寝てる暇があるんなら、アタシと一緒に川に洗濯に行くぞ!!」
クリアは口笛を吹いてブーさんを呼び、バレットの服の襟を咥えさせ、自身は近くに置いておいた洗濯物の入った大籠を軽々と肩に担ぐように持ち上げて歩き出す。
バレットを咥えたまま、ブーさんもその後に続いて、二人と一匹は森の奥に消えた。
四人の住むログハウスから数十メートルの場所に川が通っている。
この森で唯一生活水を得られる川で、幅は十メートルほどもあるが深さはないので溺れる心配はないのだが、ここは魔獣の庭園。
魔獣達にとってもこの川は生きるのに欠かせない飲み水なので、魔獣の群れが水を飲みに来ていることがあり、時折、鉢合わせになって、戦闘になることもある。
そんな危険と隣り合わせの川でクリアとバレットは並んで服を洗い、ブーさんは近くを飛んでいた青い翅の蝶(全長2メートル)にじゃれついていた。
二人は一言も話さず、ただ無言で服を洗い続けた。
バレットは洗っていた服の吸い取った水を絞って抜いて、二人の間に置いておいた大籠の中に放り込み、傍らに置かれた未洗濯の服に手を伸ばそうとした時だった。
「ん?」
その隣に落ちていた真っ黒なのっぺりとした艶のない丸石を見つけた。
普段の彼なら落ちている石など気にも留めないのだが、今のバレットにはその丸石がどうしても気になった。
バレットは丸石を拾い上げた。
丸石はとても軽く重さを全く感じないほどだった。日に晒されていた為か、表面は乾いてサラサラしていた。
両端をつまんで左右に引っ張ると、力を入れずともゴムのように簡単に伸びた。
(これ……もしかして、粘土?)
バレットは丸石の正体に気づき、しばらく、黒粘土を伸ばしたり、形を変えて遊び始めた。
少年の行動に気づき、クリアは洗濯を止め、右手を振り上げるとそのまま勢いよくその頭目掛けて、振り下ろした。
「痛てッ!」
「遊んでんじゃねぇ!」
「ごめんなさい……」
叱られたバレットは持っていた黒粘土を投げ捨てた。
「ん、それ『魔硬粘土』じゃねぇか」
投げ捨てられた黒粘土を見て、クリアが声を上げた。
「えーてる・くれい……?」
「『魔硬粘土』。ちょっと変わった特性を持った粘土だよ」
クリアは魔硬粘土と呼んだ黒粘土を拾い上げると、剣のような形に変える。
「普通の粘土はそのまんま置いとけば、乾いて硬くなるが、魔硬粘土はちょっと変わってて、置いてても乾きはするが硬くはならないが、あるモノを流すと硬くなるんだが、なんだと思う?」
クリアの言葉を聞いて、バレットが首を捻って思考する。
(あるモノ? 魔硬粘土、エーテルって言うんだから……)
「ま……りょく?」
バレットが恐る恐る答えると、「んっ、正解だ」っと言い、答え合わせのように魔硬粘土に魔力を流し始めた。
魔硬粘土は薄緑色の輝きを纏い、徐々に変化が表れだした。
艶のなかった表面に光沢が浮かび上がり、性質に変化が帯び始めた。
「おお~」
バレットの口から小さく驚きの声が漏れる。
しばらくしてクリアは魔力を流すのをやめた。
剣の形をした魔硬粘土は日の光を受け、鈍い光を放っていた。
クリアは魔力を流し、硬質化した魔硬粘土をバレットに手渡すと、棒を折る動作をした。
彼女の行動の意図を察し、バレットは剣状の魔硬粘土を折り曲げようと力をこめる。
だが、先ほどまで力を入れなくても変形するほど軟らかかった魔硬粘土は一切微動だにせず、子供の腕力では曲げられない程の硬度になっていた。
「ホントだ、すっごく硬くなってる!」
「凄いだろ。魔硬粘土は魔力を流せば流すほど硬くなるし、熱なんかにも強くなるんだ」
「へぇ~、そうなんだ」
クリアの説明に相づちを打つと、バレットは辺りを見回し、他にも落ちてないか探した。
すると、辺りにちらほら落ちている魔硬粘土を見つけ、それらを拾い集め始めた。
「そんなモン拾って何する気だ?」
「持って帰って、これでなんか作る。どうせ、魔法の修行もやれなくて暇だし……」
「そうか……だが、その前にこの洗濯物を片付けてからにしてくれ」
「分かってるよ」
バレットはポケットに魔硬粘土入れ終わると、洗濯を再開した。
(まったく……まっ、これで多少元気を取り戻してくれればいいんだが)
クリアがやれやれと言いたげな顔でバレットを見つめ、自分も洗濯を再開した。
その日の夜。
双子は自室で魔硬粘土を使って様々なモノを作っていた。
「みてください、にいさん。うさぎをつくってみました」
アリスの手には耳が中程で折れた兎が乗っていた。
バレットは「ん~」っと生返事だけして、一瞥することもなく魔硬粘土での工作に集中していた。
そんな兄を見て、一瞬、悲しそうな顔をするが、すぐに立ち直って、嬉しそうに微笑むと新しい魔硬粘土を手に取った。
(前世からこの集中力は変わらないですね)
アリスは昔の事を思い出して笑いながら、魔硬粘土をこね始めた。
バレットは前世の頃から、何かに集中すると周りが見えなくなり、声が届かなくなる。
こうなってしまうと、自分の満足がいくまで風呂はおろか、食事すら摂らなくなってしまう
彼は爪楊枝のような棒で穴を開けたり、余分な部分をそぎ落としていた。
自分が作っていたモノを回転させ完成の度合いを確認し、満足のいく出来だったのか、小さく頷き魔力を流した。
バレットの膨大な魔力を流された魔硬粘土は急激に変化し、表面が黄金の如き光沢を放ち、美しく煌めいていた。
「おお~、すっごい……」
「んっ」
「で、にいさん。それはなんですか?」
「DSR-50」
バレットの手の上には五歳の少年が作ったとは思えないほど、精密に作られたスナイパーライフルの模型が乗っていた。
「ほんと……てっぽうすきですよね……」
兄の作ったあまりにも精巧過ぎる模型にアリスは引きつった笑みを見せる。
その時、部屋の扉を叩く音が響き、ティアが覗き込んできた。
「二人共~、そろそろ寝ましょうね~」
「「は~い」」
元気よく返事をし、双子は魔硬粘土をそのまま放置し、ベッドに飛び込もうとした。
「コラッ、ちゃんと片付てから寝なさい」
「「あ、ごめんなさい」」
ティアに叱られ、双子はベッドに飛び込む寸前で立ち止まり、慌てて翻って、魔硬粘土を片付け始め、ティアも部屋に入り、双子の手伝いをし始めた。
すると、ティアの視界にアリスが作った兎が映った。
「あら、この兎は……」
ティアは兎を手に取って、観察するように眺める。
「あ、それはわたしが作ったんですよ」
「アリスが作ったのですね。とても……よくでき……て……」
ティアの言葉が徐々に途切れていき、眉を顰めだした。
「ティア……?」
突如、無言になったティアに怪訝な顔で首を傾げるアリス。
「アリス」
「ハイッ!」
神妙な面持ちのティアに名を呼ばれ、アリスがピンっと直立不動になって返事をする。
「これはあなたが作ったんですね?」
険しい顔のティアに問われ、アリスは気圧され少し後退りながらも、小さく頷いて答えた。
それを確認すると、ティアはもう一度、手のひらに置いた兎に視線を落とした。
「あ……あの……なにか、まずかったんでしょうか……?」
アリスは目尻に涙を浮かべ、今にも泣き出しそうな震える声で聞かれ、そこで自分が険しい顔をして、少女を怖がらせていることにティアは気付いた。
頭を左右に振るい、いつもの柔和な表情を取り繕って、改めて少女と向き直る。
「ごめんなさい、アリス。別に怒ってるわけではないんですよ。少し驚いただけなんです」
彼女はそう言いながら、アリスの涙をぬぐい、頭を撫でた。
「アリス。この兎をいただいてもいいですか?」
アリスはまた小さく頷いて答えた。
「ありがとうございます」
ティアは礼を言うと兎に魔力を流し、形が崩れないように硬質化させ、胸元にしまった。
「さぁ、早く部屋を片付けて、寝ましょうね。明日も朝から魔法の修業が待ってますので」
「……はい」
ようやく落ち着いたのか、アリスは小さな声で返事をし、片付けを再開した。
中編に続く。




