第二話 双子、異世界を知ります
それから女性とシスターの子育てが始まった。
シスターの方は慣れた手つきでおむつを替えてくれたり、食事を与えてくれたが、女性の方は子育てどころか赤子を抱っこしたことがないのか、何かしようとするたび相方に説教されつつ説明を受けていた。
時折、うんざりしているが、それでも彼等の為に真剣に子育てに取り組んでいるとゆうのだけは解った。
そして、双子――バレットとアリスも必死で赤ん坊のフリをしつつ、この世界に関しての情報を収集した。
その結果、以下のことが判明した。
①・自分達を育てている二人の名前。赤い女性の名前は「クリア」。シスターのほうは「ティア=アーベリア」。
ティアは見た目通りエルフと呼ばれる種族で、聖煌教と呼ばれる宗教のシスターを務めているらしい。それなりに顔が利き、人脈にもコネがあるとかないとか。
クリアの方は自身のことを何も語らない為あまり詳しいことは解らなかった。
名前も時折、ティアが違う名を呼びそうになっているのを見て、偽名であることが解った。
ティアが昔馴染みのようなので尋ねてみたが、本人と同じく何も教えてくれなかった。
②・自分達が暮らしている場所は「魔獣の庭園」と呼ばれ、アルセリア王国の首都「アルセリア」から南西に八〇キロほどの位置にある広大な森。「不倒樹」と呼ばれる高さ八〇メートル、直径一〇メートルある堅牢な赤茶の大樹が生い茂っており、昼間でも薄暗い。
更に「魔獣」と呼ばれる怪物がうようよ出現する場所でとてもではないが人が住める場所などではない。
自分達を拾ってくれてた時に一緒にいた巨大熊「ブレイジング・ベアー」も魔獣らしい。
昔、クリアがこの森に住み始めた頃に出会って、三日三晩も続いた大死闘の末に手懐けたとかなんとか。熊の左目の傷とクリアの顔の傷もその時にできたものだそうだ。ちなみに左腕はブレイジング・ベアー「通称、ブーさん(バレット&アリス命名)」との戦いで失ったわけではないらしい。
③・この世界には魔法が存在し、人々の生活の基盤を築いている。
人は少なからず魔法が使え、魔法を巧みに扱えるものを魔法士と呼ぶ。
使える魔法によって等級が決まり、それなりの功績を残せば貴族に昇格することもあるらしい。
クリアとティアも当然、魔法が使え、クリアは炎を操る魔法を得意とし、ティアは風を操る魔法と小さな傷程度なら治せる回復魔法が扱える。
④・クリアもティアも魔法無しでもアホみたいに強い。
自分の体長の数倍はある魔獣を狩って帰ってきている。
バレット達が自身の足で歩けるようになった時に狩りに出た二人の後をつけていたのだが、いつの間にか後ろに回り込まれていたこともある。
バレットとアリスはそんな二人に厳しくも優しく育てられた。
そして、双子が拾われて、五年目の春を迎えた。
「あの、すこしよろしいでしょうか。しすたー・てぃあ」
ログハウスのリビングに置かれたソファに腰掛けて本を読んでいたティアにアリスが舌足らずな言葉づかいで声をかける。
四人が暮らすログハウスは二階建ての立派な造りで玄関に入ってすぐにリビングがある。リビングには赤茶色の三人掛けソファが二つ向かい合うように置かれ、その間に同じく赤茶の木製テーブルが置かれ、更にリビングに併設するカウンターキッチンがあり、キッチンの左隣にトイレと風呂場、二階への階段に続く通路がある。
二階には部屋が三つあり、一つは物置部屋で、残りがクリアとティアが寝る為の自室とバレットとアリスの子供部屋(もともと物置部屋の一つだったのだが、大掃除のもと二人の部屋になった)がある。
なお、このログハウスを片腕しかないクリア一人で造ったとゆうのだから驚きである。
ちなみに建物の周りには守護魔法と呼ばれる護りの魔法で結界を張っている為、魔獣達は寄ってこない。
「何かしら、アリス?」
本から顔を上げ、アリスに視線を向けた。
「わたしにもまほうがつかえますか?」
「魔法を?」
アリスは大きく頷く。
「おれもまほうつかってみたい!」
アリスの言葉を聞いて、向かいのソファーでクリアとじゃれあっていたバレットが大きく手を上げて言う。
ティアは読んでいた本をテーブルに置き、険しい顔で口元に手を当て、考える動作を取った。
「むりでしょうか?」
悲しそうな顔をするアリスにティアは首を振ってみせた。
「無理ではありません。ただ二人共、魔法とゆうモノは一朝一夕で会得できるようなものではありません」
「アタシは二人くらいのガキの頃には大魔法無詠唱で出来たぞ?」
クリアの余計な発言にティアはとても穏やかな笑みを口元に浮かべた。だが目が全く笑っておらず、その背後に鬼が立っているのが三人には見え、クリアはそっぽを向いて、テーブルに置いてあった果実酒を飲み始め、双子は引きつった顔になり、ピンっと直立不動になった。
「まったく……さて、そこの天才はほっておいて、魔法の話に戻ります。先ほども言いましたが一朝一夕で使えるようになるわけではありません」
ティアは右手を顔の高さまで上げ、人差し指だけを伸ばした。
《我望むは闇を照らす灯り。【灯火】》
彼女が呪文を唱えると人差し指の先に電球程の大きさの光が灯った。
「「おお~すご~い」」
二人が生まれて初めて見た魔法に感嘆の声を上げる。
子供にとはいえ、褒められたことにちょっと気を良くしたティアはどこか誇らしげになって顔が緩んだが、それを見てニヤついてるクリアに気づき、顔を左右に振って真面目な顔つきに戻った。
「こ、この様な簡易な魔法でも慣れないうちは魔力の流れを安定させなければ……」
若干上ずった声で説明しながら、彼女は手に流している魔力をワザと断続的に流すのをやめた。
するとその流れに合わせて灯りも断続的に消えたり点いたりした。
「――このように光が消えたり点いたりします。魔法を使う為に必要なのはどれだけ正確に、かつ素早く魔法のイメージを思い描けるかといかに魔力を安定して流せるかです」
ティアは右手を軽く振って光は消し、もう一度人差し指だけを伸ばす。
すると、今度は呪文を唱えていないのにもかかわらず、また光が灯る。
「あれ、なんもいってないのになんで?」
バレットが驚きながら聞いた。
「このように熟練の魔法士にもなれば、詠唱せずともイメージをするだけで、魔法が使えます」
ティアはもう一度手を振って灯りを消し、手を膝の上に置いた。
「先程のようにイメージだけで魔法を使えるようになるにはかなりの修練がいります。我々が師事する以上、生半可な実力では許しません。かなり厳しくいきます。覚悟はありますか?」
ティアは覇気を込めた真剣な眼差しで二人を見つめて、二人に尋ねた。
バレット達はその気迫に気圧されそうになったが、何とか堪えて、二人同時に頷いた。
「…………では明日より魔法の修行を行います。いいですね」
ティアは優しく微笑み、二人に告げた。
その言葉を聞いて二人の顔に花が咲いたように笑顔になり、飛び跳ねて喜んだ。
それを見てクリアも何処か嬉しそうに笑い、持っていた空のグラスをテーブルに置き、両膝に叩いて立ち上がって、二人の頭にポンっと手を置いた
「うし、んじゃあ、明日から忙しくなるから、ガキ共はさっさと寝ろ」
「「は~い」」
バレット達は駆け足で自分の部屋に向かい、その後ろ姿を見送って、一息入れて、クリアは横目でティアを見た。
「どう思う、二人の魔法の適正は? 魔法に精通したエルフ様の意見を聞きたい」
クリアの言葉にティアは眉間にしわを寄せて、口に手を当てて考える。
「率直に言いますが、魔法適性の方は両者共に未知数。魔力量にいたっては常軌を逸しているなんて領域ではありません。特にバレットの方はもはや星の……いいえ、アレは神の領域と言っていいでしょう」
ティアのあまりに真摯な説明にクリアの顔が険しくなる。
人間よりも魔法の適正、魔力の操作に長けた種族であるエルフは触れただけで相手が持つ潜在的な魔力を見抜くことが出来る。
初めて赤ん坊のバレットを抱き上げた時、彼女は驚愕した。
彼の持つ魔力の量。それは、人が一生かかっても使い切れないほどに膨大だった。
「神の領域ね……何故、神様とやらはそれほどの力をあんな子供に託したのかね」
クリアはテーブルに置いたグラスに果実酒を注ぎながら言う。
「『主よ、何故、人々に等しく力を与えてくださらなかったのですか?』アダムが尋ねた時、主は答えた。『完璧であるとゆうことは何も得られぬとゆうこと。人の子よ、互いに不足した力を補いあい、完璧なるモノでは得られないものを得て生きなさい』」
「……聖書か?」
「ハイ」
「完璧であるとゆうことは何も得られぬとゆうこと……か……ふん、あの頃のアタシにその言葉を聞かせてやりたいね」
グラスに果実酒を注ぎながら、皮肉交じり言った。
「メルト、貴女……」
ティアが悲しみに満ちた表情でクリアを見た。
「やめろ!! メルトは捨てた。あんな傲慢と慢心と力に溺れていた間抜けな過去の名なんてな……」
怒りのこもった声で吐き捨てるように怒鳴ると、グラスを勢いよく仰いで飲み干すと、テーブルに叩きつけるように置いた。
「悪いが先に寝る、片付けは任せた」
そう言い残して彼女は自室へと向かった。
ティアはただ黙って、その背を見送ることしかできなかった。
「……メルト。貴女はまだ自分が許せないのですね」
誰にも聞こえぬ声で呟き、彼女は立ち上がって、テーブルに残されたグラスと酒瓶の片づけを始めた。
二階の一番奥にある自室に戻った双子は明日の魔法の修行に備え、部屋に入るなりクリアお手製のダブルベッドの中に勢いよく潜り込んだ。
二人の部屋は東側に窓が付いており、その反対側にダブルベッドが置いてある。
机などはなく、服を入れる箪笥が二つほど壁に並べられた質素な部屋である。
「あしたがたのしみだね」
バレットの言葉にアリスは元気よく頷いた。
「どんなことができるかな?」
「わたし、そらがとべるようになりたいです」
「あ、おれもおれも、そらとべるようになるかな?」
「れんしゅうすればきっとできますよ」
「できるといいな~」
「はい」
二人は明日の魔法の修行に期待を膨らませていた。
「……あのにいさん」
「ん、なに?」
「えっと……あの……」
アリスは目を伏せ、手をもじもじさせて、言い淀んでいた。
そんな彼女を見て、バレットは優しく自分の方に抱きよせて、頭を撫でた。
「どうした?」
「やっぱり、ふたりにわたしたちのことをはなしたほうがいいのかなって……」
「なにを?」
「――わたしたちがいせかいからきたにんげんだってことを……」
その言葉を聞いて、バレットは眉間にしわを寄せた。
二人は言葉が話せるようになった時に互いの事を話し合い、自分達が転生する前の世界で共に死んだ兄妹であることを確認した。
そして、その事をクリア達に話すかどうかを迷っていた。
もし、異世界人であることを話したことによって、二人に拒絶されてしまうことを恐れて。
もちろん、クリアとティアがそんなことで自分達を拒絶するわけがないと理性的に分かっていても、それで気まずい空気になって距離を置かれるのもそれはそれで息苦しい。
「……いまはやめとこう、これからまほうをおしえてもらうんだ。へたないざこざはさけよう。もし、ふたりにはなすとするなら、おれたちがじぶんのちからでいきていけるようになったときに……ね」
アリスは何も言わず、頷いて答えた。
「さぁ、もうねよう。あしたははやいだろうし」
「うん、おやすみ。にいさん」
「おやすみ、ありす」
二人は瞼を閉じ、眠りについた。