第十一話 不思議の森のアリス
双子が異世界にやってきて、十度目の春が訪れた。
バレットは銃作りを効率化していた。
数が必要で、一つ一つを手で作るのが面倒な弾丸の薬莢と弾頭を均一かつ素早く、更に魔導回路を同時に刻む為の型抜きを作った。
更に極めつけは銃を作る為の小屋まで一人で建て、その小屋をバレットは「ガレージ」と名付けた。
小屋一軒を魔硬粘土で造ることは出来なかった為、クリアがログハウスを造る際に切って残していた不倒樹を使った。
なお、その執念に三人は呆れてモノも言えなくなっていた。
ガレージを造ってからは更に銃作りに熱が入るようになり、朝から晩までガレージに籠って、銃を作っている。
まぁ、そんな銃中毒者はほっておいて、今回はアリスの方に視点を置いていこう。
彼女も五年の時を経て、魔法を巧み扱えるほどに成長していた。
シールド系の魔法と範囲系の攻撃魔法を放ちつつ、自身の傷を癒す回復魔法。
計三つの魔法を同時に発動できる程であった。
ただ、そんな彼女にも欠点があった。
アリスは今、森の中を疾走していた。右手に木剣を握り、時折、上空に気を配っていた。
上空ではティアとクリアが不倒樹の枝を飛び交いながら、彼女に向かって、クリアは魔法で生み出した炎の槍を、ティアは不倒樹の枝(枝でも普通の樹の幹と同じくらいの太さ)を少女に向かって飛ばしていた。
アリスは二人が飛ばしてくるモノを全て回避、もしくは魔法で防ぎながら、不倒樹を登る機会を窺っていた。
今、アリスは実戦を踏まえた修業を行っている。
修行の内容は二人に対して、有効打を与えること。ただし、魔法ではなく、近接攻撃で。
この修業を行う際、アリスは二人からある説明を受けていた。
「いいか、アリス。魔法ってのは万能であって、無敵じゃない。どんな熟練の魔法士でも、魔法を発動させるまでには時間がかかる。だから、魔法士は総じて、武術にも精通してないといけないんだ」
「これからは実戦を踏まえた修業を行います。貴女は私達に近接攻撃で一撃与えてください。私達は貴女に対して全力で攻撃しますので気を引き締めてください。少しでも気を抜けば……死にますよ」
その説明後、二人はアリスに合う武器を探した。
数種類の木製の武器を作り、彼女に振らせて、どの武器に適性があるかを見極めようとしたのだが。
彼女は魔法の才に恵まれていたが、武術に関してはからきしで、お世辞にも褒められるモノではなかった。
どの武器も、振っているというより、武器に振り回されていると言っても差し支えなかった。
そんな彼女の意外な一面に、クリア達は頭を抱えた。
仕方がないので、比較的まともだった剣で妥協することにした。
アリスは攻撃の合間を縫って、一番低い位置にある枝に飛び乗った。
それを見計らっていたティアが魔法で枝を切断し、風の力で飛ばしてきた。
アリスはその枝を避けるのではなく、逆に足場にして、彼女に接近する。
ティアのいる枝まで辿り着くと、懐まで一気に距離を詰め、その腹部目掛けて、木剣を横薙ぎに振るう。
アリスの攻撃を後方にステップで回避した。
空しく虚空を切ったアリスはその場で一回転するが、なんとか体勢を立て直し、追撃を行うとしたが、横からクリアが飛び蹴りを脇腹に当ててきた為、そのまま、成す術なく吹っ飛ばされた。
蹴り飛ばされたアリスは数十メートル程、空中を回転しながら飛び、不倒樹の枝に墜落した。
「痛ッ……本当に加減がない……」
蹴られた脇腹を抑えながら立ち上がり、正面を見据え、絶句した。
無数の火の槍が視界いっぱいに広がり、自分に向かって迫りつつあった。
「ちょ、これはシャレになりませんよ!」
腰のベルトに木剣を差し、両手を前にかざし、半球状のシールドを展開した。
槍はシールドに着弾と同時に爆発し、その衝撃にアリスの顔が歪む。
槍は文字通り雨のごとく降り注ぎ、彼女の魔力と体力を消耗させていった。
「あ~、インナーバレルと内部パーツはこれでОK。次はスットクを……んん~、全部、魔硬粘土製にするのはつまんないし、クリアが戻ってきたら、不倒樹を切ってもらって、加工するか」
妹のピンチをよそに、兄はのんきにガレージで新しく突撃銃を作っていた。
ブーさんもガレージの近くで、自分で狩ってきた体長十二メートル程の三つ首の黒山羊(名、ゴートベロス)を幸せそうに食していた。
「クゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」
槍の雨は勢いが収まる気配はなく、彼女の魔力を消耗させ続けた。
(このままだと……)
アリスは歯を食いしばって、攻撃に耐え続けていた時だった。
槍の雨が収まり、辺りに静寂が漂った。
「え……?」
突然のことにアリスは驚きながらもシールドは解かず、辺りを見渡す。
だが、槍の爆発で起こった白煙によって、視界は遮られ、何も確認できなかった。
アリスは二人を探そうと、周囲の魔力の流れを追った。
だが、二人の魔力を探ることは出来なかった。
「いない? もう修業はおしまいなんでしょうか?」
白煙は消えず、二人も見つからない。
アリスはシールドを解こうと気を緩めた時だった。
正面の煙からティアが飛び出してきた。そのことに動揺し慌てて、シールドに籠める魔力を増加する。
ティアはシールド目掛けて、正拳突きを繰り出した。
彼女の拳はシールドに阻まれ少女には届かなかったが、それでも彼女は殴打をやめない。
火の槍の次は拳の雨が彼女を襲う。
ティアの動きは徐々に速さを増し、やがて、残像を生み出し始めた。
まるで、彼女が何人にも分身して、殴り続けているように見えた。
アリスの体中から汗が流れ、足がガクガクと震えだし、限界が近づいていた。
そして、殴打の応酬によって、シールドの正面に小さな亀裂が入った。
それを見計らって、ティアは攻撃を止め、瞼を閉じ、ゆっくりと呼吸を整える。
足を大きく開いて腰を落とし、ゆっくりと両手をシールドに添える。
「……ハッ!」
ティアは気合の雄たけびと共に双掌打をシールド打ち込むと、小さかった亀裂が大きくなり、全体にまで行きわたった。
その強烈な衝撃でアリスはついに片膝をつき、両手を下げてしまった。
だが、それでもシールドを破壊することはできなかった。
「ハァ……ハァ……耐え抜きました」
「ええ、凄いですよ。でも……これは攻撃を耐え抜く修行ではありません。攻撃を当てる修行ですよ」
静かにそう言いながら、ティアは頭上を指差した。
釣られてアリスは、上を見上げた。
そこにはカタストロフの刃に炎を纏わせて、落下してくるクリアがいた。
彼女は体を回転させ、その巨大な炎の刃をシールドに叩きつけた。
その一撃によって、シールドは完全に破壊され、その衝撃によって枝も耐えられず粉砕された。
足場を失ったアリスは宙に投げ出された。
少女は右手に光を集中し、光の剣を作ると不倒樹の幹に深々と突き刺し、落下を防いだ。
「ふぅ、危なかった……」
「何を安心……」
背後からクリアの声が聞こえ、振り向くと彼女は空中で下半身を捻って、周り蹴りを繰り出そうとしていた。
すぐに避けようと思ったが、先程の猛攻で魔力と体力を消耗しすぎて、思うように体が動かせなかった。
「――してんだ!」
そのまま、クリアの蹴りをまともに食らってしまった。
再び蹴り飛ばされたアリスは、勢いよく空中を漂う。
彼女の向かう先にティアが先回りして、待ち構え、飛んできたアリスを地面に向かって叩きつけるように両手で殴った。
四〇メートル近い高さからまっすぐに落下したアリスは受け身も取らず、地面に激突、着弾地点にもうもうと砂煙が舞った。
ティアは追い打ちをかける為、空中に魔法陣を展開し、それを足場に蹴って、少女を追う。
右手を大きく振りかぶり、アリスにとどめを刺そうと砂煙の中に突っ込んだ。
クリアがその近くに降り、砂煙が収まるのを待った。
徐々に砂煙は霧散していき、やがて、二人の姿が現れた。
アリスは地面に仰向けに倒れ、ティアはそんな少女の顔数ミリ手前で拳を止めていた。
「…………気絶してます」
拳を引きながら、ティアはクリアに告げた。
彼女の言う通り、アリスは目を回して、気絶していた。
そんな少女を見て、クリアは溜息を吐いて、何も言わず踵を返した。
ティアも一息ついて、アリスを背負い上げ、クリアの後を追った。
気絶していたアリスは目を覚まし、ゆっくりと周囲を見渡した。
そこは自分達の部屋だった。時刻はすでに深夜。隣で兄も眠っていた。
上体を起こそうとすると、激痛が走り、苦悶の声を上げ、自分の身体を確認した。
ある程度の小さな傷はティアの回復魔法で治っていたが、治せなかった部分には包帯を巻かれていた。
痛みに耐えながらベッドから立ち上がると、ゆっくりと歩いて、窓から外を見た
「ハァ、今日もダメダメでしたね~……」
今日の事を思い出して、溜め息を吐いた。
アリスは自分が予想以上の運動音痴であることに絶望していた。
前世の頃は、バイクで外に出かけサバイバルゲームが好きなアウトドア派な兄とは正反対で、完全なインドア派で、家に籠もってオンラインゲームやアニメ、マンガなどを楽しんでいるような女の子だった。
その趣味が自分をここまで苦しめることになるとは思ってもみなかった。
「こんなことなら、何か部活にでも入っておくべきでしたね……」
そう自嘲気味に独り言を呟くと、明日に備えて寝ようと振り向こうとした時だった。
『そこの娘……』
突然、頭に女性の声が響き、驚いて部屋を見渡すが、自分と寝ている兄以外に人はいない。
『こっちじゃ、外じゃよ……』
そう言われ、窓から外を見下ろすと、そこには一人の女性が浮いていた。
身長は一八〇センチメートル程、銀色の地面にまで届きそうな髪、銀色の瞳は人とは思えない妖艶さを秘め、細身の体型に一枚布の様な服を着ていた。
アリスは自分の目を疑い、眼をこすって、もう一度、見ると、やはりそこには女性がいた。
魔獣の庭園に自分達以外に人がいるなど聞いたことはない。
『ついてまいれ……』
女性は手招きして、森の中に入っていった。
アリスは傷ついた身体を引きずって、ログハウスを飛び出し、女性がいたところまで移動した。
彼女が入っていったを見ると、遠く離れた位置に女性がいた。彼女は手招きをして、更に森の奥へと消えていく。
アリスも女性を追って、夜の森へと消えた。
「ん、トイレ……」
突然の尿意にバレットは目を覚まし、ベッドから立ち上がった。
一階にあるトイレに向かって、用を足すと、ベッドに戻った。
隣で寝ている妹の寝顔を確認してから寝ようと思い、そちらを見るが、そこに妹はいなかった。
アリスの不在を認識できず、両目をこすった後、もう一度見るが、やはり、そこは無人だった。
「アリス!?」
二度目の確認でようやく妹がいなくなっていることに気付き、バレットの眠気は消え去り、ベッドから飛び起きた。
彼は部屋から飛び出すと、クリア達の部屋を覗き込んだ。
そこにもアリスはいなかった。
一階へと降り、トイレ、風呂、キッチン、リビングを見て回るが、何処にもいなかった。
慌てて二階へと駆け上がり、クリア達の部屋に飛び込んだ。
「クリア、ティア。起きて起きて!」
二人の身体を激しくゆすって、呼び起こす。
「なんだ、うるせぇぞ……」
「バレット……どうしたんですか?」
突然、叩き起こされた二人は目をこすりながら、上体を起こした。
「アリスがどこにもいないんだ!」
「「えっ!?」」
バレットの言葉に二人の眠気が飛び、ベッドから勢いよく立ち上がると、バレットと同様、ログハウス中を探すが、何処にもアリスの姿は見当たらなかった。
クリアが外に出て、裏庭に回って探すが影も形もなかった。
ログハウスに戻ると、バレットといつもの修道服を着たティアが立っていた。
「あの馬鹿、何処に行ったんだ?」
「まさか、一人で森に?」
「いや、それはないはず……と言いたいが、いない以上そうだろうな……」
「クリア、結界は?」
「ちゃんと展開してる……してるのに何も反応しなかったぞ」
ログハウスを護る為に展開している結界は建物の半径百メートル圏内に入ったモノをクリアが感知できる仕様になっている。これは逆もしかりで誰かが出て行っても反応する。
だが、結界の中に誰かが入ったとゆう反応も出て行った反応もクリアは感じ取ることはなかった。
「これはマズイぞ……」
「何がまずいの?」
バレットが尋ねると、二人が険しい顔をする。
「アリスが自分の意思でここを離れるわけがない。なら誰かに連れていかれた可能性がある。しかもソイツはアタシの魔法をだまくらかせる程の魔法を使えるってことだ」
「つまり?」
「だ・か・ら、魔法で探そうとしても向こうに邪魔されるってことだ!」
いまいちピンと来ていないバレットの様子に、苛立った様子で説明するクリア。
「それって、マズイんじゃ」
「ああ、どうしたもんか……」
三人がどうするかを考えていると、窓を何者かが叩く音が聞こえてきた。
全員がそちらを見ると、窓の外にはブーさんの顔が見えた。
クリアが窓に近寄って、勢いよく開けた。
「どした、ブー?」
「グァ、グゥゥゥ、ゴォォォォ!」
「何言ってるか、全然わかんねぇよ!」
「ゴォォアァァ、ガァァァァ、グゥゥゥ」
何かを伝えようとブーさんが鳴く、クリアにもティアにも何を伝えたがってるのか分からず、首を傾げていた。
「……もしかして、アリスが何処に行ったのか分かるの?」
ブーさんの様子と現状を照らし合わせて、そのことに気付いたバレットが聞くと、ブーさんはコクリっと頷いてみせた。
「魔法はごまかせても、ブーの鼻だけはごまかせなかったってわけか……ブー、案内頼むぞ」
「グゥウ」
「クリア、俺も行く!」
バレットの言葉にクリアは渋い顔した。
「…………どうせ、止めても聞かないんだろ。早く、銃を持ってこい」
やれやれといった感じで承諾し、バレットは嬉しそうに笑顔になると、自室に向かって駆け出した。
「いいんですか?」
険しく睨みつけてくるティアの言葉にクリアは乱暴に頭をかいてみせる。
「相手がどんな奴か分からない以上、ある程度の手段は用意しておきたい」
「勝算は?」
「……二。バレットの銃で何かしらの不確定要素が起きれば、四だ」
クリアの言葉に、空気が重くなる。
クリアもティアも魔法士の中でも上位、否、最上位に位置する存在である。
そんな二人の実力を上回る存在が相手になると、二人がかりでも勝算が低くなる。
そこに足手まといが加われば、もはや、可能性はゼロになる。
だが、それでも、その可能性をひっくり返す要素は何であれ、欲しいというのも本心。
だから、クリアはバレットの作った銃にそれを願っている。
「お待たせ、二人とも」
息を切らしながら、腰に回転式拳銃の入ったホルスターと弾丸の入ったポーチを下げたバレットが戻ってきた。
クリアはリビングの壁に立て掛けているカタストロフを持ち上げた。
「んじゃ、行くか」
身を翻し、玄関へと向かうクリア。
「クリア」
「なんだ?」
玄関のドアノブに手をかけて、ティアのほうを向いた。
「その格好で行くんですか?」
眉間にしわを寄せ、困惑した表情をしたティアが彼女を指差しながら聞いた。
クリアは自分の格好を確認した。
彼女はシャツと下着の姿をしていた。
突然の事だったので、彼女は自分が寝る時の格好のままだったということを忘れていた。
「……………………服、着てくる」
彼女は静かに恥ずかしさを隠すように言うと、足早に自室へと向かった。




