第十話 バレットの作って、作って、ぶっ放そう!(魔導回路具・後編)
それからティアによる文字の読み書きの勉強が始まった。
といっても、この世界の文字は意外にもアルファベットに酷似していた。
Aの横棒が左右に突き出していたり、Bが一段増えていたり、Cが二個になって蝶様な形になっていたりと向こうのアルファベットと同じ形のモノは一つもなかったが、図形はどことなく似ていたので、当てはまるモノと比較して文字を覚え、しかも文章の文字列がローマ字と同じ書き方だったこともあって、双子は一時間も掛からずこの世界の文字や文章の書き方を覚えた。
これにはクリア、ティア、ヴァイスも舌を巻いた。
ちなみにヴァイスはその日のうちにアルセリアに帰った。
去り際に「しばらくしたら、また来る」っと言い残したが、クリアが「二度と来んな!」と釘を刺した。
それから二ヶ月が過ぎ、秋が訪れた頃、バレットは魔導回路具と魔導回路に関する本を全て読み漁り、その原理を理解した。
魔導回路とは、数百種類以上の紋章の様な記号を鉄や石、宝石に刻むことで魔法に頼らずとも四元素の力を使える道具が出来たり、魔法を増幅させる武器等も作れる。
クリアとヴァイスが持っている「カタストロフ」と「コキュートス」も魔導回路具であり、二人の魔法の力を増幅させる魔導回路が刻まれている。
ただ、魔導回路を刻めば、なんでも魔導回路具になるというわけではない。
魔導回路を刻む素材には多量の魔力を流し、いかなる動作にも耐えれる耐久性と品質が求められる。
更に適当に魔導回路を刻んだところで、何も起こらず、酷いと暴走して自壊する。
まず、魔導回路に重要なのは数百種類以上ある魔導回路の記号を全て覚え、それを全て正しい配列で並べて刻まなければならない。
分かり易く例えるなら、コンピューターやゲームのプログラミングと同じである。
バレットは銃作りに必要な火に関する魔導回路を徹底的に頭に叩き込み、それ以外の魔導回路は後回しにした。
そして、試製銃の撃針と雷管に互いが接触すると、弾丸内部で発火が起こるように魔導回路を刻んだ。
そして、新たな試製銃の試射を行う時が来た。
最初と同じように三脚に縛り、引き金に紐を括り付け、不倒樹の裏に設置した。
三人が見守る中、バレットは引き金に繋がった紐を握った手がかすかに震える。
(大丈夫、魔導回路の本は何度も読み直して、原理は理解した。刻んだモノも大丈夫……だと思うけど……もしダメだったら……)
バレットの脳裏に最初の試射の時が光景がよぎったが、すぐに頭を振る。
(ええい、弱気になるな。ティアの苦労を無駄にするわけにはいけない。絶対成功させてみせる!)
心の中で自分を奮い立たせると、 ゆっくりと深呼吸をした。
すると、自然と手の震えが止まった。
魔力を紐に流し、紐を伝って引き金へ、そして、撃針に行き渡る。
持つ手に力を籠め、勢いよく紐を引っ張った。
バンッ。
けたたましい炸裂音が辺りに鳴り響いた。
その音を初めて聞いた三人は目を丸くして驚き、バレットも目を丸くしていたが、すぐにその場から駆け出し、銃の状態を確認した。
試製銃の銃口から硝煙が漏れ出していた。
慌てて銃を拾い上げ、銃身を折って弾丸を取り出して、手の平に乗っけるのだが。
「アチチチッ!!」
装薬の燃焼で熱された薬莢の熱さに耐えられず、地面に落としてしまった。
もう一度、拾い上げて確認しようとすると、脇から別の手が伸び、先に薬莢を拾い上げた。
顔を上げると、そこにいたのはクリアだった。
彼女は平然とした顔で数百度の熱で熱せられた薬莢に触れて、まじまじと見つめていた。
「凄い音が出たがそれだけか?」
「みして!」
バレットは彼女の腕を掴んで、自分の顔の前までその手を動かし、薬莢の状態を確認した。
薬莢の先に付いていた弾頭と中に入れていた魔増爆砂も全て燃焼して無くなっていた。
「……」
「どうだ、バレット……バレット?」
「……こうだ」
「なんて?」
バレットの小さな呟きをクリアは聞き返すが、彼の耳には届いていなかった。
「――せいこうだああああああああああああああああああ!!!」
バレットは喜びの雄たけびを上げた。
突然のことにクリア含め、三人がまた目を丸くして、驚いた。
そんな三人のことなど意にも介さず、バレットは雄たけびを上げながら、周囲を走り回り始めた。
「あ……アレ、大丈夫か?」
「「分かんない」」
彼の奇行にも見える歓喜の様子に、三人はドン引きしていたのだった。
それからバレットの銃作りは本格化し、試製銃一号を基に新たな銃作りを開始した。
最初に行った設計図を描くこと。今度は脳内ではなく、羊皮紙に描きこんでいった。
自分が納得のいくデザインが出来上がるまで何十、何百枚と描きこんだのだが、「羊皮紙が勿体ない!」っとクリアだけでなくティアにまで怒られたが、「だきょうしたくないの!」っと言い返し、やめようとしなかった。
設計図が完成すると今度は試製銃を分解し、流用できそうなパーツだけを残し、それ以外のパーツを破棄した。
そして、残っている魔硬粘土を全て使い、新造パーツ、弾丸も新しい専用弾を作った。
少しでも気に入らないと、握り潰して最初から作り直すなど、かなり徹底して気合を入れて製作作業を行った。
それから更に季節は巡り、この世界に双子が訪れて、六年目の春。バレットが銃作りを始めて一年が経った頃、バレットの自作銃が完成したのであった。
携行面とメンテナンス性を考え、回転式拳銃タイプになった。
銃身一六インチ(約四〇センチメートル)の口径.六八(約一七ミリメートル)、装弾数は六発、不倒樹を使った木製のグリップ。
銘を『加具土命』。異世界初の正規銃である。
試製銃でしたように、撃針と雷管に互いが接触すると、弾丸内部で発火が起こる魔導回路を、更に弾丸を装填するシリンダーに魔力の流れを遮断する魔導回路を刻んだ。
何故シリンダーに魔力を遮断する魔導回路を刻んだのかというと、実は一度完成させて、試射を起こったのだが、その時、余剰魔力がシリンダーから弾丸内部の魔増爆砂にまで流れて爆発力が上がり過ぎ、シリンダーと銃身が破裂してしまったのだ。
魔硬粘土は魔力を流したあと、しばらく放置しておくとそれ以上魔力を流しても硬質化はしないのだが、魔増爆砂は魔力を浴び続ければ永遠に爆発力が上がり続ける。
なので、余分な魔力が弾丸内部の魔増爆砂に流れないようにシリンダーに魔導回路を刻んだのである。
そして、これから最後の試射を行うのだが、今回は三脚にセットするのではなく、手で持って行う。
クリアが不倒樹に赤い染料で太い二重円を描き、的を作った。
的から三〇メートル程離れた位置でバレットが加具土命を両手で構えた。
フロントサイトとリアサイトを合わせ、的の真ん中を狙い、ゆっくりと引き金を引いた。
ドゥン。
試製銃の時とは違う、内臓にまで響く重低音の炸裂音が轟いた。
射出された弾頭は的の中心からやや上の位置に着弾し、不倒樹の幹に抉るように大穴を作った。
バレットは両手を下ろし、持っていた加具土命を地面に落とした。
「おお、コイツはなかなかの威力だな」
「ええ、これは既存の遠距離武器をはるかに凌駕してますね」
クリアとティアは加具土命の威力に驚愕し、感嘆の声を上げた。
「やりましたね、にいさん。いちねんがんばったかいが……にいさん……?」
アリスが声をかけるが、バレットは何も反応もせず、呆然としていた。
「「バレット?」」
そんな彼の様子にクリア達も不思議に思う。
バレットは何も言わず、三人の方を向いた。
その目尻に涙を浮かべていた。
「く……りあ……どう……しよう……」
「どうした?」
何故か弱々しく、今にも泣きだしそうな声を上げる少年にクリアが心配そうな顔をする。
「――りょうかたがはずれていたいよ~」
そう告げると同時に彼は泣き出してしまった。
「ハアアアア、何やってんだこの馬鹿!!」
クリアが慌てて近づき、彼の肩を掴んで確認すると、見事に肩の関節が外れていた。
「なんで肩が外れんだよ!?」
「はんどうがつよすぎた~」
バレットが泣きながら説明をする。
当然と言えば当然なのだが、銃とゆうのは口径が大きくなれば大きくなるほど発射時の反動も総じて大きくなる。
バレットの作った加具土命は世界的に有名な大口径の自動拳銃「デザートイーグル」よりも二回り程口径が大きい、大人でも相応の腕力がなければ扱うのも難しい大口径銃の反動を六歳になったばかりの少年の腕力で制御できるわけがなく、肩が外れるのは必然である。
「いたいよ~……でも、かんせいしてうれしいよ~……でも、いたいよ~」
バレットは痛みで涙を流しながら、されど銃が完成したことに喜びながら泣いた。
「あ~あ~、どうするよこれ。片腕のないアタシじゃ、外れた関節を治せねぇぞ」
「私が何とかします。とりあえず、一度、家に戻りましょう」
「おう、分かった」
クリアは肩が外れて腕を動かせないバレットに代わって、加具土命を拾い上げ、ティアはバレットを抱き上げ、家路に付いた。
その後、ログハウスに戻るとティアが外れた関節をはめ、回復魔法をかけてくれたのだが、関節が外れるような代物を作ったことに関して、バレットは三人からお説教を受けたのは言うまでもない。




