プロローグ
日本・某県某市。
近年稀にみる猛暑日が続き、熱中症や脱水症状で倒れる人が増加の一途を辿る現代。
学生服を着た少年と少女がデパート六階の本屋から出てきていた。
「ありがとうございます兄さん。ここまで連れて来てもらって」
「いいよ別に、いつもノート写させてもらってるし、これくらいのこと」
申し訳なさそうにする少女に少年が気さくに言う。
「でも隣町までバイクで連れてってもらうのは……」
「いいんだって、別に気にすんな。買ったばっかのバイクの千キロ慣らしもすませたかったついでみたいなもんだから」
本当に申し訳なさそうにする妹に彼はうんざりした感じで答えた。
「それより最近クッソ暑いし、夏休みになったら二人で海でも行くか?」
「海に……二人だけで?」
「ああ、そう言ったんだが」
「――二人だけで……海に……」
彼女の脳裏にあるヴィジョンが浮かんだ。
夕暮れの浜辺で寄り添う兄と自分。互いに見つめあい次第に顔の距離が近づいていく。
「はわわわわわわわわわわわわわ!!」
「おい、エレベーター来たぞ……」
妄想の世界に浸る妹を見て若干引きつった顔で兄に言われ、彼女は我に返って、顔を真っ赤にし、彼と共にエレベーターに乗り込んだ。
二人が乗り込むとギギギギ、ミシミシっと、不穏な金属が軋む音が響いた。
「おい、大丈夫かこのエレベーター?」
「このデパート、私達が生まれる数十年前からありますからね。来年の春に大規模な改装工事をするそうですよ」
「いや、今すぐするべきだろこれ」
「乗るのやめておきます?」
「いや、もう面倒だ。このまま降りよう」
そう愚痴りながら少年は1Fのボタンを押し、閉口ボタンを押した。
それが運命への片道切符とも知らずに……。
二人が乗ったエレベーターは出入り口の反対側が全面ガラス張りで夕暮れが室内を橙色に染めていた。彼等以外に乗客はおらず、エレベーターはゆっくりと動き、降り始めた。
「そういえば、お前、何の本を買いに来たんだ?」
「あ、今日は好きな作家さんのライトノベルの発売日でして、それを。兄さんも本を買われてましたが何を買われてたのですか?」
「ああ、俺はバイクとエアガン関係の本を」
「兄さんは本当にバイクと鉄砲が好きですね」
呆れ顔で言われた少年は唇を尖らせる。
「うるせぇ、そういうお前だって――」
とそこまで言いかけたところで、急にエレベーターが大きく縦に揺れて止まった。
「きゃあ!!」
「あぶねぇ!!」
バランスを崩して倒れそうになった妹を兄が咄嗟に支える。
「大丈夫か?」
「はい、ありがとうございます兄さん……でも、なんで急に停まったのでしょうか?」
「さぁな。とりあえず、外に連絡しないと」
少年が妹から離れ、緊急連絡ボタンを押す為に歩み寄ろうと一歩踏み出すと、またエレベーターが揺れた。
「な、なんなんだよ!?」
二人の乗るエレベーターは五階と六階のちょうど中間の辺りで停止していた。
下にいる人々もエレベーターが停まっていることに気づき始め、レスキューに連絡したり、スマートフォンで撮影を始める者もいた。
「兄さん、こういう時は無駄に振動を起こさない方がいいです。些細な振動で落下するかもしれません」
「お、OK。努力する……」
妹に言われ彼はゆっくりとすり足でボタンのほうに近づき、緊急連絡ボタンに手を伸ばして押し込む。
だが、何の反応もなく静寂だけが漂った。
「おい、マジかよ!? クソ!!」
少年は何度もボタンを連打するが全く反応がなく、誰とも連絡できなかった。
それを見た少女がボタンの故障を悟りレスキュー隊を呼ぶ為、カバンからスマートフォンを取り出そうとした。
だが、スマートフォンは手から滑り、床に落ちた。
それを引き金にエレベーターは急降下を始めた。
「うわあああああああああああああ!!!!!」
「きゃあああああああああああああ!!!!!」
猛スピードで落下するエレベーターの中で少年は咄嗟に振り返り、妹の方に駆け寄る。彼女も兄の方に駆け寄る。
二人は触れ合えるほど近づくと互いを思いきり抱きしめ合った。それと同時にエレベーターは地面に追激突した。
『先程入ったニュースです。今日夕方十七時頃、○○市○○町のデパートのエレベーターが落下し、乗っていた高校生の男女二名が亡くなるとゆう事故が発生しました。亡くなったのは○○高校に通う双子の兄妹で、警察の調べによりますとエレベーターは長年の老朽化によってワイヤーが断線し、緊急落下停止装置が正しく作動しなかったものと考えられ、更に詳しく調べを進めています。今回の事故に対しデパート側は――』
――ああ、俺死んだんだ……。
――ああ、私死んだんだ……。
二人は自分が死んだことを認識した。
――俺が面倒くさがってエレベーターで降りなければ、こんなことにならなかったんだ……。
――私が本屋に連れて行ってほしいなんて頼まなければ、こんなことにならなかったんだ……。
二人は自分の行いによって起こった悲劇を後悔した。
――あの時、妹だけでも助けたかった……。
――あの時、兄だけでも助けたかった……。
二人は互いを救えなかった自身の無力さを嘆いた。
――俺に妹を護ってやれるだけの力があれば……。
――私に兄を助けれるだけの力があれば……。
二人はお互いを助けれる力を懇願した。
――もし、次があるなら、次こそは妹を……護りたい。
――もし、次があるなら、次こそは兄を……助けたい。
二人は次の生では互いの力になりたいと思念した。
それを最後に彼等の意識は闇に溶けて消えた。