11 小さな決断
「……カイン……。」
声をかけて来たのは、庭師として5年前に使用人になったカインだった。歳は21。黒髪、蒼い瞳のスラリとした青年である。
右半分に酷いヤケドの痕があり、どこにも雇ってもらえないので、父が修道院から引き取って来た人だった。
強盗に家までを焼かれ、自分だけが助かった……と聞いてはいる。
深い話は、トラウマな所に触れると、誰も訊いてはいない。
「……あまり、外にいますと、お風邪を引きますよ?」
と、心配そうに声を掛ける。ヤケドの痕を懸念して、皆はあまり話し掛けないのだが、フィオーレンは気にする程の事ではないと、兄の様に慕っていた。
「だから、二人の時は、フィオーレンでいいって。」
そもそも敬語で話し掛けられるのは好きではない。歳が近いのならなおのこと。
そういうと、カインは小さく笑って屈み……。
「では、フィオ……と呼んでも?」
耳元でそう言った。フィオーレンはドキリとする。
息が触れる程の、距離感はダメだ。顔が火照る。
「うぶな、お嬢様も可愛らしいですね?」
と火照ったフィオーレンの頬を軽く撫でた。
「バカ言わないでよ、もう!!」
恥ずかしさを隠す様に、カインを突き放す。声も、ものすごいタイプだった。だから、ゲームのルートではない、カインとの未来を一度だけ試みた事もある。
だが、察しの通りダメだった。思い出したくもない。
「……クスッ。……風邪を引く前に、屋敷に戻りましょう。
……私のフィオ?」
小さく笑うと、また耳元で囁いた。
…………ドキン。
「ん~~!! もぅ、からかわないの!!」
フィオーレンは、今度こそカインを見ないで突き放し、逃げる様に屋敷に走り出した。背後で愉しそうに笑う声がしたが、フィオーレンは振り返りもせず、隠れる様に草花の影に入った。
ドキドキして、胸が痛い。アレンといる時と同じかそれ以上だ。心臓に悪い。
この小さな想いまではリセット出来ない、だから余計な感情は残したくない。叶わない人を想うなんて、悲しくて痛くて辛いだけだ。
……カインはない。
選ぶルートがないのだ。
「……はぁ……。」
フィオーレンは、今度は何かを忘れる様に、深いため息をついた。
幸せになってみせる。幸せにしてみせる。
フィオーレンは何かを決めはじめていた。




