1 アレンとの婚約破棄
「フィオーレン!! お前との婚約を破棄する!!」
この国の皇子アレンが、周りの空気も読まず言い放った。
そう今、この国ガリレイ帝国では、スライス国王陛下の生誕50年の御祝いパーティーの真っ最中である。そんな中、アレン皇子はフィオーレンを見つけ言い放ったのだ。周りの貴族達は、何事かとアレン皇子を見た。
「……え? マジか!!」
弟と談笑していたフィオーレンは、急な申し出に驚き危うく、持っていたグラスを床に落とす所だった。
仲がいい……とは決していえないが、それなりに上手くいく様にしていただけに驚きだった。
まぁ、後ろに控えている可愛らしい少女を見れば、何が起きているのか分かってしまうのだけど。
「アハハッ!! 姉ちゃんフラれてやんの!! マジパネェし!!」
一つ離れた弟が空気も読まず、隣で腹を抱えてゲラゲラ笑い出した。
黙っていれば超イケメンなのに可哀想なヤツだった。ちなみに今の話し方で、察した方も多いとは思うが私達は "転生者" である。
「……うっさいし!!」
「だから、アレンルートやめとけっつたのに!! 姉ちゃん悪役令嬢なんだから、何したってゲーム補正でフラれるっつーの」
そう、この世界は乙女ゲーム "遥より華咲く乙女と皇子たち" らしい。
自分はあまりやりこんでないので分からないが、前世でも弟だったコイツは、女の子にモテたくて裏の裏までやりこんでいた。
乙女ゲームをやったからといって、モテるかは別な様な気もするが、弟はアッチでもコッチでもムカツクが大変モテている。
「マジうっさいし!! どうせなら身近なイケメンを旦那にしたかったんだよ!!」
たかかそれだけ、されどそれだけの理由だ。不細工よりイケメンの方がいいに決まってるし、貧乏人より金持ちだろう。金より愛が……なんて言ってるヤツは夢見すぎ。
生活するには、それなりに金が必要なんだよ。真実の愛とやらで生活が出来るか。
男が女を選ぶにしたって、不細工より美人がイイし、家事が出来ない女より出来る女がいいでしょ? 要はそういう事。
女が働けない世界ならなおの事だ。
「イケメンがいいなら、ゲオルグにしとけばよかったし」
「隣の国まで? 面倒くさい。それにゲオルグルート、敵が多かったでしょうが!!」
ゲオルグとは他の攻略者の一人で、他国の軍人である。
周りの国とイマイチな関係の国に嫁げるかつーの。
「姉ちゃんなら、全部、蹴散らせンじゃね?」
「……お前、あとで王宮の裏にコイ」
「王宮の裏、広すぎぃ~っ!!」
弟は両方の人差し指を立て、姉をバカにした。この軽さは誰に似たのやら、我が弟ながらイラッとして殴りたくなる。
「……オイ!!」
半ば放ったらかし状態だった、アレン皇子が激昂気味で声を掛けた。
「なんっスかぁ?」
超やる気のない返事の弟。
第二とはいえ、この国の皇子に実に不敬である。
「キサマじゃない!! フィオーレンだ!!」
「婚約 "解消" なら無理じゃね?」
だが、弟が先手を取った様に言った。しかも、当て付けの様に "解消" だと言い直してである。
「…………なっ!!」
まさかの先手に言葉に詰まる。
「さっき、ゲーム補正でフラれるンじゃね? って言ったけど、現実問題ムリっぽいっスよ?」
弟は呆れた様に笑う。
後先も何にも考えずに、婚約破棄……いや解消しようとする皇子をバカにしているのだ。皇子である自分が、何故にそんなにも簡単に婚約が破棄出来ると思っているのか……と。
「……ゲ、ゲーム? はともかく、何故 "破棄" が出来ないのだ!! この俺が言っているのに!!」
解消が気に入らないのか、破棄と言い直したアレン皇子。
相手の令嬢、つまりフィオーレンならともかく、皇子の自分から何故破棄できないのかが、全く分からないらしい。
「結婚は~好き嫌いとかじゃなくてぇ、政治的なナンかが絡んでるからでぇ皇子さんが、いくら~破棄するっつってもぉ超ムリだと思いま~す」
実の姉のフィオーレンでも、イラっとする話し方である。
「……お……お前……」
あまりの言い方に怒りに震え、口をパクパクさせているアレン皇子。
「ぷっ……姉ちゃんマジパネェ!! 皇子さん "コイ" みたいだし!! アハハ!! 鬼ウケる!!」
場の空気もなんのその、弟はまたゲラゲラ笑いこけていた。
「……ミ……ミュスエル!!」
怒りに震えたアレン皇子は、このままでは埒があかないと、二人の父親であるミュスエルを呼んだ。
「は。ミュスエル馳せ参じました」
渋目のイケメン、ミュスエルがゆったりとやって来た。
そう、馳せ参じたハズなのに "ゆったり" とである。
「お前!! コイツらの教育はどうなっているんだ!?」
「婚約者が浮気した際には、我が一族、全身全霊をかけて呪い殺す様に育てていますが……何か?」
父ミュスエルは、目を眇めて上から "皇子" を見下ろした。
「………………」
この親あってこの子ありだった。
アレン皇子は本気でやりそうな言動に、背筋がゾッと凍り押し黙った。
「ちなみにぃ。婚約 "解消" するとぉもれなく~皇子さんは~、即終了~なんスけどぉいいんスかぁ?」
弟が心底興味なさげに言った。
マジでどうでもいいのだろう。ヤル気も何も感じられない。
「ど……どういう事だ!?」
もはや、ケインの言葉遣いや態度はどうでもイイのか、受け流していたアレン皇子。
「だって、うちの姉ちゃんと結婚するから王様になれる訳でぇ、姉ちゃんと結婚しないなら親父の後ろ楯? がなくなるんだから、マジオワコン?」
アハハとまた笑い出す弟。
何がそんなにもオカシイのか。ちなみに私の父は、泣く子も黙る宰相様である。
「………………」
アレン皇子は、眉をひそめたまま固まっていた。
「どうでもいいけど、そこにいるお嬢さんはアレンでいいの?」
フィオーレンは静かに黙る、アレン皇子といる令嬢に声を掛けた。彼女はこの事に対して、どういう考えなのか聞いてみたかった。
「……え?」
話が自分に振られると思わなかったのか、突然の事でびっくりする少女。