7話 体育祭
9話で終わります。
童子が車に轢かれる寸前だった子供を助けたあの日、喧嘩別れをしてしまった俺たちは体育祭当日の今日まで口をきいていない。とは言っても喧嘩をしたのは2日前の話。口をきいていないのはたったの1日とちょっとだけだ。
すれ違う時も目を合わせないし、いつも通り童子がふざけて見せることもない。
そして一言も交わさないまま体育祭当日を迎えたという訳だ。
青い空に疎らに浮かぶ白い雲。体育祭にはもってこいの天候だが、校長の挨拶だけは絶対いらないだろ。 長ったらしい開会式が終わるとそのまま要塞に向かった。
体育祭とは言え要塞でサボり続ける。それが俺のプライドだから。自分の競技の時だけトイレを出てグラウンドに戻れば良いだろう。そう考えていたところにやってきたのは唯一の友達、中村翔だ。
「おーい。中に居るのだるいさんだろー。出てこいよ」
めんどくさい奴が来た。これじゃあ静寂に包まれた穏やかなおサボリタイムが継続出来ないじゃないか。
「違います。人違いです」
声を変えて返事をした。
「ほぉー」
なんとかやり過ごせるかと希望が見えた瞬間、扉は大きな音を立てて開いた。なんだろうこの感覚。デジャヴ。そういえば鍵壊れてたの忘れてた。
「よし、いくか!」
俺は翔の手によって外に連れ出されてしまった。童子にも邪魔をされない久々の貴重なおサボリタイムが……。
グラウンドにはテントが立ち並びその下で各クラスの生徒が出場者を応援している。出場者が赤と白のボールをカゴにめがけて投げている。玉入れの最中だ。
昔は俺もやったなぁ。今となっては興味も無い。
「ん?なんかやけに盛り上がってないか?」
翔にそう言われて一度視線を離したグラウンドに再び目をやると出場者の中に童子の姿があった。童子がカゴに向かって投げたボールは天高く舞い上がり、ゆっくりと落ちてきては全て自分の頭に直撃している。
むしろコントロールいいな。あれだけできればストラックアウトパーフェクトじゃないか。
あの姿を見ているのは確かに面白いが、その姿を見てみんなが笑っているのは何故か癪に触った。
「あの子面白いな。おんなじ学年か?」
「童子って奴だよ。めちゃくちゃドジな同級生」
「どれくらい?」
「言葉では表現できないほどに、だ」
そして自分の出場競技である綱引きに参加するため入場門に向かった。競技を難なく熟し、難なく負けた。まぁこんなもんだろう。目立たずひっそりとな。
そして次の競技は借り物競走。俺と翔はどちらも参加しないため自分のクラスのテントから応援をする。
そしてこの競技にも童子は参加するらしい。
足が遅いって割に色んな競技に参加するんだな。矛盾してる。とは言ってもただの借り物競走だ。指定されたものをただ借りてくるだけの競技。これでドジをしようもんならあいつは天才ドジだ。
流石にドジをすることはないだろう。そう安心して競技を見守る。
そしてスタートの合図が鳴り一斉に走り出す出場者。童子も練習のかいあってそこまで遅れてはいない。
指定された借り物が記されている紙をとり、皆はその場に立ち尽くす。なんでその場に仁王立ちしてるんだ?なにかを借りるのなんてそんなに難しくないだろう。応援している生徒たちにも疑問符が浮かぶ。
少しずつ固まっていた参加者は動き出しなんとか指定された借り物を探す。
しかし、童子はその場から動かずあたふたしている。どうした?そんなに難しいものでも当たったのか?
他の皆が着々と物を借りに動き出す中、童子はいつまでもその場であたふたしているのだ。早く動けよ。どうしたんだよ。
……あーもう。みてらんねぇ。
そう思った俺の体は勝手に動き出していた。童子の目に入るところまで移動し手招きをして童子を自分のすぐ近くまで呼んだ。
「おい童子、どした」
「は、濱田さん……」
「あぁ。濱田だよ。だるいじゃぁないよ」
「……」
「……」
喧嘩をして以来の会話だけにお互い口を窄める。話しづらいがここまで童子を呼んでおいて何も話さないわけにはいかない。
「なんでそんなに固まってんだ」
「このお題が……」
そこにはとんでもない借り物が記されていた。なんだこのお題は。こんなのクリアできる訳ないだろう!
まあそうも言ってられない。もうどうでもいい。とりあえず物陰に隠れないと。
「こっちにこい!」
童子の手を掴み身を潜められそうな場所まで走り出した。そして皆の目が届かない中庭に到着した。
「これは童子が動かなくなるのも仕方ない。悪ふざけにもほどがある」
紙には、「ノーパンの男子」と書かれていた。
ふざけすぎだろ。こんなの入れておいていいのか?コンプライアンス大丈夫か。
「こうなったら仕方ないだろ。俺が脱ぐ」
「えっ!?何言ってるんですか頭おかしいんですか!?」
「おかしいも何もこうするしかないだろ」
そう言って俺はズボンに手を掛ける。
「ちょっと待ってください!せめてトイレにいきませんか?要塞に!」
「ーー……その手があったか!」
俺も焦って気が回っていなかった。普通の人ならトイレで脱ぐだろ。てかお題が普通じゃなさすぎて普通の人の定義が確立されてないが。
急いでトイレまで走り個室に入ってズボンを脱ぐ。
「濱田さん」
「なんだ。俺の下半身は生まれたままの姿だぞ」
「そんな情報いりません!……お礼を言いたくて」
「お礼なら後にしろ。まだゴールしてないからな」
「……そーですよね。わかりました」
そして俺はついにノーパンの変態と化した。この状態でチャックを開ければ俺のいちもつは
「こんにちわっ!」
と言って姿を現わすだろう。何この状況。罰ゲームやん。パンツ見せてもらうどころか俺のパンツ無くなってるやん。
「よし。いくぞ!」
そう言って俺の右手は童子の手を握り会場へと走り出した。左手にパンツを握って。
意外にも俺たちは大歓声で迎えられた。こんなに遅く戻ってきた上に特に見せ場なんて何もないのに何故こんなに盛り上がってるんだ?疑問に思いながら俺と童子はゴールラインを切りゴールした。
そして渡されたのは1着のフラッグだった。
「えっ!?どうして1着なんですか!?」
俺も状況があまり飲み込めていない。俺たちがトイレにいき戻ってくるまで10分はかかっている。それなのに1位とは何故だ?
「どうやら他の方々のお題も難しすぎたらしくて……」
そうスタッフに伝えられた時、理解した。童子が引いた以外の紙にも理不尽な借り物が書いてあったのだと。俺たち以外の参加者は白旗を上げてゴール出来なかったらしい。確かに借り物の書いた紙を開いたときみんな立ち尽くしてたもんな。
この体育祭、馬鹿げてる。
しかし、この会場の雰囲気の盛り上がり、嫌いじゃない。
「やったな」
「はい!やりましたね。濱田さん……。いえ、だるいさんのおかげです」
「なんで言い直したんだ?濱田さんでいいだろ」
「私も呼んでみたかったんですよ」
わざわざ言い直してまでだるいさんっていう必要ある?
たかが借り物競走でここまで盛り上がるとは。予想外だった。でもまぁ、楽しかったな。
次の話が思い浮かばない…