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4話 練習

トイレが寒い

 終業を告げるチャイムが鳴り響く。教室には部活の服に着替える男女が大勢見かけられる。


女子の生着替えという光景に無上の幸福を感じる。見えそうで見えないランジェリーに胸躍らない男はこの世に存在しないだろう。


 しかし今日の俺はそんな光景を見ても胸踊らない。今から童子と体育祭の練習をするからだ。あーめんどくさい。だるい。家に帰ってゴロゴロしてぇー。


席を立つのが憂鬱だ。いつもなら我先にと席を立ち家路につくというのに、今日はチャイムが鳴った後も席に突っ伏して座り尽くしている。


「だるいさーん。一緒に帰ろーぜー」


 そう声をかけてきたのは俺の唯一の友達、中村翔(なかむらかける)だ。こいつとは腐れ縁で小学校から同じクラス。まあ俺のことが好きで友達なわけじゃないだろう。奇跡的にずっと同じクラスだったから友達なだけだとおもう。俺と翔は本当の友達ではないのかもしれない。


「そのだるいさんってのやめろ。あと今日は用事があるんだ。すまんが1人で帰ってくれ」


「お、そーか!わかった!それじゃあ……っては!?」


「どーした?」


「お前が学校帰りに用事があるなんて、こりゃ明日で地球は終わるな」


「ああ。俺もそう思う。ノストラダムスより的中率高いぞ」


 申し訳ないが翔には先に帰ってもらった。俺は今から地獄だってのに。羨ましいったらありゃしない。


 もしかして練習のこと忘れて帰ったなんてねぇかなぁ。と思いながら恐る恐る窓から校門の方を見る。一縷の望みも虚しく校門の前には童子が立っていた。


 ……そりゃそうだよな。約束したし、当たり前か。


 あんまり待たせても申し訳ない。行くか。椅子に根を張っていた俺は重たい腰を上げ校門に向かった。


「待たせて悪かった」


 スマホを弄っていた童子は声をかけるまで俺の存在に気付かなかったようだ。スマホを落としそうになりあたふたしている。


「いえ、私の練習に付き合ってもらうんですからこれくらい待ったのうちに入りません」


 良い奴かこいつ。やめろ。こんな良い子と一緒にいたら俺の性根が腐りきってるのがバレる。


 童子はパンツを見せる覚悟をしてまで体育祭で活躍したいと思ってるんだ。それなのに俺は……。あー恥ずかしい。自分の醜さを改めて理解した。だるいさんて言われても仕方ねぇな。


 せめて俺が教えられることは全部教えよう。それで俺の(みにく)さが和らぐわけではないが。


「それで、今日はなんの練習がしたいんだ?」


「はい。やっぱり早く走る練習です!クラス対抗リレーとか、直接みんなに迷惑をかけてしまうので……」


「そーか。ところで100メートルのタイムは?」


「えーっと、確か……23秒です!」


 っ!?23秒!?そ、そのタイムはあまりにも遅すぎる。小学何年生レベルのタイムだよそれ。俺たちもう高校生だぞ。これは俺の手には負えないかもしれないな……。


とは言っても見捨てるわけにはいかない。できる範囲で頑張ろう。


練習は学校からほど近い公園で行うことにした。芝生の広場なら100メートルを走れるだろう。


公園に到着し、すぐさま練習に取りかかった。


「じゃあとりあえず走ってみてくれ」


「わかりました」


「よーい、スタート!」


 初めて目にする童子の走る姿に衝撃を受ける。全世界の誰が見てもこれを全力疾走と呼ぶだろう。その姿からは100メートル走を9秒台で走り抜けるのではないかという期待さえ覚える。


それなのに、精一杯力走しているというのに推進力が皆無。前に進んでいるように見えて全然進んでいない。一体どうしたらこんなに遅く走れるんだか……。


あまりの遅さに俺のやる気スイッチが変な方向に働き出した。


「おい童子!!なんでそんなにおせぇんだ!他の女子より胸も無いくせして体が重そうなのはなんでだ!」


「む、胸っ!?酷い!!コンプレックスをど直球で射抜くなんて……。私も色々頑張ってるんですから!!」


「甘ったれんじゃねぇー!!!!」


「は、はいっ!?」


 突然のキャラ変に童子は動揺を隠せない。無い胸を押さえながらふるふると震えている。


その姿がまた可愛いのなんの。しかも俺は貧乳好き。必要のない巨乳よりもこじんまりとした可愛らしい貧乳の方が断然好きなのである。


童子は動揺していたが、このキャラ変が功を奏したのか、落ち込んでいた雰囲気から真剣に練習に取り組むようになった。


「腕だ!腕を触れ!そして足の回転数を意識しろ」


「わかりました!」


「よし、次はこのアンクルを巻いて走れ!片方10キロずつある。両方合わせて20キロだ!」


「20キロ!?それはいくらなんでも……。ていうかそんなものどこからだしたんですか!?」


「弱音を吐くんじゃねぇ!!細けぇことは気にすんな!!可能性を閉じ込めるな!がむしゃらになんでもやるんだよ!」


 こうして俺の野球経験を活かしたスパルタ練習は放課後、日が暮れるまで続いた。


 しっかり日も落ち公園は真っ暗になった。俺も童子も疲れ切ってヘトヘトだ。


「よぉし。最後に今日の成果を見せてみろ」


「任せてください!」


 日も落ち俺の頭はすっかり冷え切っていた。練習中のスパルタ教育をしていた俺はどこかへ消え去り、いつものだるいさんに戻っていた。


 だが、俺が今ここでキャラを元に戻すと童子のやる気を削ぎかねん。無理をしてでも熱血教師を熱演せねば。


「よし。いくぞ!よーい、スタート!」


 童子は勢い良く走り出した。スタート後にすぐ体制が起き上がり、女の子走りで走っていた最初の100メートルとは明らかに違う。スタートから低い体勢を維持し少しずつ上体を起こす。


 足の回転数は格段に向上しまっすぐ前を向いて走っている。そのままの調子で童子はゴールラインを通過した。そしてストップウォッチを止める。


 ストップウォッチに表示された時間は15.3秒。練習前より8秒も上がっていたのだ。


「凄すぎるだろ!やったな童子ー!!」


 喜びで童子に抱きつく。


「いや、ちょっ、濱田さん!」


「んー?どうした?」


「は、恥ずかしいです……」


 そう言われて俺は我に帰る。いつの間にか童子に抱きついてしまっていたのだ。抱きついていた童子を離しさっと距離を置く。


「ごめんな。嬉しくてつい……。邪魔になるものは何も無い良い抱き心地だったよ」


「ま、まだ言いますか!?コンプレックスなのに」


「コンプレックス?そんなわけ無いだろ。むしろそれは童子の長所だと俺は思ってるぜ」


「長所な訳ないじゃないですか!……でも私の成功を一緒になって自分のことのように喜んでくれたのは嬉しかったです」


 いやー童子が眩しい。何故だろう。後ろから眩い光が童子を照らしている気がする。ええ子や。この子ええ子やぁ、。


「とりあえず、付け焼刃とはいえこれなら十分活躍できるぞ!まだまだ練習は続くからな!」


「はい!!本当にありがとうございます!」


 この調子で俺たちは来る日も来る日も練習を続けた。


いつのまにか、練習に対して「だるい」という感情が無くなっていることにも気付かずに。


 

昨夜は断然貧乳派です。

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