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「……そっか、トーマス爺さん、死んじゃったのか」

 僕は都市アラーザミア内に借りた私室で、妹、マリーナ・ファウターシュからの手紙を読んでいた。

 仕送りした金で順調に借金を返せている事や、幸い今年は平均的な収穫があったから、餓死者も奴隷として売られる者もなく、無事に冬を越せた事などが綴られている。

 尤も幾ら生活が持ち直していても、時が人の命を奪うのは防ぎようもなく、昔祖父に仕えてくれていた家人、幼い頃の僕や妹を可愛がってくれていた老人が亡くなったそうだ。


 葬儀があるから一度帰って来て欲しい。

 それからもう一度これからの事に関しての話がしたい。


 そんな風に書かれた手紙を折り畳み、僕は机の上に放る。

 大きく、溜息を一つ吐く。

 借金が順調に返せている事も、妹が領主代行としてつつがなく領地経営が行えている事も朗報だ。

 でも僕は、今はファウターシュ男爵領に帰る訳にはいかなかった。


 剣奴程の頻度ではなくとも、週に一度は対戦があるし、その対戦相手の観察だってしなくちゃならない。

 その上でまだ中級は早いと倒してしまうか、或いは中級に昇格する資格有りとして負けるかを決める。

 倒すにしても倒されるにしても、相手の癖や手の内を知っておく事は重要だ。

 もし倒すなら、派手に血を流させながらも、後遺症の残らない様に上手く意識を狩らねばならない。

 倒されるのなら、接戦でも良いし無様に負けても良いが、どちらにせよ自分が大きな怪我をしない様に上手く負ける必要があった。


 そしてそこまでするからこそ、僕は下級の剣闘士と戦いながらも、中級の剣闘士の上の方と比べても遜色のない報酬を受け取っている。

 故に今ここで仕事を投げ出すなんて事は、絶対にあってはならないのだ。


 それにこれからの話なんて、今更過ぎてしてもしょうがないだろう。

『今』は、僕がファウターシュ男爵であるより他にない。

 この身分のお蔭で借金を返していける程の報酬を稼げている。

 しかし借金を返し終わった後は、何度も平民の前で負ける姿を晒した僕が、何時までも男爵家の人間でいる訳にはいかなかった。

 妹のマリーナを後見人とし、弟のコラッド・ファウターシュを当主として、家名を穢した僕、ルッケルを家から追放する事が、今後のファウターシュ男爵家にとって必須なのだ。


 その為に、一年前、僕は婚約者だったシュルトラ伯爵家の三女、クローアとの婚約も解消していた。

 婚約解消後に彼女がどうしているかの話は聞いていないが、冷害の後で、家の都合での婚約解消だから、クローアの汚名にはなっていない。

 恐らくは新しい婚約者を見付け、今頃は既に嫁いでいるだろうか。

 ……まぁ幼い頃からの婚約者で、性格的な相性も良かったから未練が無いとは言わないが、幸せになって居て欲しいと思う。



 多分妹、マリーナは僕に対して申し訳ないと思っているのだろうが、実の所、僕は自分の未来をそれほど悲観はしていなかった。

 全ての借金を返し終わり、何も背負う物がなくなったなら、その時は改めて一人の剣闘士として闘技場に挑むのも悪くはない。

 僕は自分の実力ならば、或いは上級にも届くと思ってる。

 勿論闘技場で勝ち抜くには実力以外の物も必要だから、中級の半ばで命果てる事もあるだろうから、今は到底挑めないけれども。

 背負う物が無くなったなら、何も躊躇する必要は無くなるのだ。


 闘技場以外の道だって良い。

 昔教えを受けた剣士の様に流浪して剣の腕を磨いても良いし、南方の戦場に傭兵として参加しても良いだろう。

 兵士として志願しても構わないし、実力さえ見せれば何処かの貴族が私兵として雇ってくれる可能性だってある。

 だから別に、あの子が、マリーナが気に病む必要は何一つないのだ。


「何度もそう、言ったんだけどな」

 呟き、僕は目を閉じた。

 ……まぁ気にするなと言っても、無理なのもわかってる。

 僕とマリーナが逆の立場で、例えば妹を金持ちに嫁がせて危機を乗り切っていたとしたら、どんなに大丈夫だと言葉を重ねられても、決して気持ちは晴れなかっただろうから。


 あぁ、僕は弟の為、妹の為、家の為と称して、その重荷を彼等に背負わせただけなのかも知れない。

 でもそれでも、どうしようもなかった。

 もしもあの時に戻れたとしても、僕は同じ選択を繰り返すだろう。

 だから僕は頑張るしかない。


 僕は目を開き、紙とペンを取り出して、机に向かう。

 戦って、戦って、勝って、負けて、大きな怪我を負わぬ様に、うっかり死んでしまわない様に立ち回り、全ての借金を返す。

 例え妹が納得してくれなかったとしても、僕は大丈夫だと、村よりもずっと都会で楽しくやっていると、言葉を積み重ねる。

 それしか出来ないのだ。

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