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花嫁と猫ぶりの王子様  作者: 羽多野紫喜
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ギルバート・ラングフォード



拝啓、クロエ様。お元気ですか?私はとても元気です。


拝啓、クロエ様。お久しぶりです。実はとても大切なご報告がございます。


拝啓、クロエ様。私は失態を犯してしまいました…。


「…あぁ!」


手元にある文をぐちゃぐちゃに握り屑籠に放り投げる。音を立てて屑籠の中に入ると同時に私は両手で頭を抱えた。握りつぶした沢山の文が部屋中に散乱。前髪を後頭部に向かってかきあげ、昨夜の出来事を思い出す。


「もう、ダメだ。クロエ様になんて言えばいいの…」


ノステリア。正式な名はノステリア・レイス・アルフォード・アーダルベール。国の民なら誰もが一度は耳にした事がある、第一王子の名前。カーティス家でひっそりと暮らしていた私でさえ、知っている名。まさか、ノアさんが第一王子だったとは予想外だった。迂闊だったと思う。


名は耳にしていたもの、どのような容姿をしているのか分からなかった。「ノア」と名乗られても、派手な見た目や言動から王族とは到底思えない。今だに、あの人か第一王子だなんて信じられない。


だが、あの男性は言った。「ノステリア様」と。きっと、それは事実で…そのような相手に二度も手を上げてしまった。私の正体が侍女ではなく、候補者だとわかるのは時間の問題だろう。そうなると…私は犯罪者になってしまうかもしれない。ノステリア様が大層お怒りになっていたのは私にも分かったから。



悩みに悩み、翌日の今…クロエ様とアンリ様に謝罪のお手紙を書くことにしたのだけれど…なにをどう書けばいいものか…迷っていた。どうして、王都に来て数日でこのような事になってしまったんだろう。王都では目立たなく生活し、殿下の婚約者が決まったらカーティス家に戻るつもりだった。もう、無事に戻れないことは間違いない。



しかも、それだけじゃない。顎を捉まれて、無理矢理に唇を奪われた。「覚えていろ」と言われて。これからどんな罰が下されるのか、考えれば考えるほど恐ろしい。



ふと、昨日の唇の感覚を思い出してしまう。


あの時は冷静になれなくて何とも思わなかったけど、ノステリア様は酷い。キスなんて、初めてだったのに。いとも簡単に初めてを奪われた。思い返せば込み上げてくる嫌悪感。


「…本当に…どうしたら…いいのかしら」


頭を抱えていた手を離してから置いた筆を持ち直す。すると部屋のドアが叩かれた。音に驚き返事をすると、ドアがあきエイダが姿があった。



「エイダ…その、どうでしたか?」


実は昨日、私から目を離した事を侍女の長であるカルーシアにきつく怒られたらしい。昨夜の夕食時、エイダが顔を出さなかったので代わりの侍女に聞けばカルーシアと言う侍女の長に説教をされていると言っていた。そして翌朝も呼び出され、やっと帰ってきたエイダの顔はいつもと変わらない。



「ご心配なく。少し怒られただけです。それより、急ぎで申し訳ないですが御同行お願いできますか?」


「はい。文殿に行かれるのかしら?昨日はあんなことがあったから、あまり勉学に励むことが出来なかったもんね」


「いえ…今から行かれるのは文殿ではございません」


「では、どこに?なにをするの?」


そう聞くとエイダは答えなかった。私を部屋の外に促してそのまま歩きだす。慌てて彼女に付いていけばエイダも首を傾げながら言う。


「部屋に連れてくるように仰せつかったので…詳しい事は…」


「どなたにそのような事を?」


「お会いしてご確認くださいませ」


「え、えぇ…」


その後、エイダに連れて行かれたのは予想外の場所だった。そこはアーダルベール国の政治を行う外宮と呼ばれる場所で。普通の女性ならばなかなか入ることの出来ない所。


すれ違う官僚達は私の姿を見つけるなり、何故ここに?と、言いたそうな顔で見つめてくる。その場に立ち止まり頭を下げる者もいるが、通り過ぎると痛々しいほど鋭い視線が背中に突き刺さる。


気が引く気分の中、長い長い渡り廊下を歩き外宮内のとある部屋の前で立ち止まった。ドアを3回叩き「ユーナ様をお連れしました」と声を掛けると中からは「どうぞ」と男性の声がする。


「では、私はこれより先には入れませんので」


「は、はい。分かりました。でも、ここにいてね?エイダ」


「はい」


返事を確認して私は部屋に入る。部屋には本棚が壁に密集。床にも棚に入りきらないのか何冊も本が積み重なっていた。窓際には漆が塗られた光沢のある卓上。その横にさきほどの声の主はいた。


「お待ちしておりました。このような場所に突如としてお呼びしてしまい、申し訳ありません。ユーナ・カーティス様」


「…あ」


その容姿には見覚えがあった。私と同じ黒い髪の毛と黒い瞳をもつ男の人。昨日、ノステリア様を探しに来た男性。私の事を調べたのね。なにを言われるんだろう。緊張で顔を強張らせると苦笑いを浮かべた。


「そのように緊張しないでください。自己紹介が遅れましたが、私はギルバート・ラングフォードと申します」



ラングフォードとはこの国唯一の大公家の名。もともとは王家の分家でアルフォード家の次に一番権力が高い名家。クロエ様のお話だと、その大公家の御長男は王家に仕えていると聞いたけれど…この方がそうなのね。黙ったまま頭を下げれば、ギルバート様はそれを制しさせる。


「そのような事は結構です。あなたを呼び出したのは昨日の事に対する謝罪のお言葉をと思いまして。ノステリア様が大変ご迷惑をおかけ致したこと、深く陳謝いたします」


「あ…え…い、いえ…こちらこそ、ご迷惑をお掛け致しました」


「実はあの後、ノステリア様から事情を聴き、再度わびようと失礼ながら貴女様の事を調べさせて頂きました。新米侍女かと思いきや、まさか、カーティス家の御息女だったとは我々も予想外の出来事です。付け加え、殿下の婚約者選考会にクロエ様のお代わりで参加されているとは…」



「…は、はい…」


「よって今回の事は、こうには致しません。アンリ・カーティス様のお顔を立てることにしまう。実際、ノステリア様にも非がありますゆえ。殿下もそれでよいよ」


「あの…よろしいのですか?私は殿下に手をあげたのです。それは通常ならば…許されることではないかと…」


「そのような事はお気になさらず。それより、ご確認したいことがございます。先ほどの事とはお話が変わりますが、ユーナ様は事実、東洋の血を引き継いでいるのですか?」


「はい。母君の家系に東洋の血筋がありまして…私は突然変異みたいです。その事は気にしているの。私だけだから…だから、あまり追及はしないでください」


このお方、ギルバート様のラングフォード大公家は東洋の血を多く引き継いでいる。大公家は、もともと西洋の血だったが、東洋の方と過去に婚姻を結んでから、おもに東洋の方と婚姻を結ぶことが多い家系だ。



あまり見る事のない東洋人…私と同じ。この方の眼を見ていると、とても懐かしい気がする。同じ血だからかな。私の視線に気づいたのだろう。用紙にむけていた視線を私にむけると目があった。胸が高鳴り、慌てて逸らす



「なにか?」


「いえ…その、ギルバート様のような本物の東洋の方を近くで見るのは初めてで…つい」



「私の事はギルバートとお呼びください」


「え?あ…は、はい…えっと…ギルバート」



「はい。では、御部屋にお戻りください。今回お呼びしたのはこの事です。お時間を取らせました。今後のことですが、選考会が始まるまでユーナ様はノステリア様との交流は避けてください。あの方は少し変わり者ですので、ユーナ様に興味を持って近づきになるでしょう。それは規約違反ではないですが、花嫁候補を集めたばかりです。不平等だと争いになり兼ねません。なので、ご注意を」



「はい…わかりました。」


安心してください。私から近寄ることはありません。そう思いすぐに部屋を出た。そのまま控えていたエイダと共に自身の部屋に戻った。


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