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花嫁と猫ぶりの王子様  作者: 羽多野紫喜
4/11

王子、現る


「うん、良い子だね。ユーナもそんな離れた場所に居ないで、こっちにおいで」


手を引かれ、連れて来られたのは敷地内にある厩舎だった。仮にも、婚約者として王宮に来た女性をこのような場所に連行するなど、非常識だ。王宮の人間のする事なのかと言う意味で。しかも、ここに足を踏み入れるなり、この人は私をそっちのけで馬に駆け寄り顔に触れ餌をあげる。何故このような場所に私を連れて来た意味があるのか。怪訝な表情で考えながらノアさんを見る。が、彼は笑顔で人参を私に向かって差し出して、反対の手で手招きをしてくる。「まったく、昨日と言い今といい。私にはあまり関わらないで欲しい」そう心の中で呟き、顔をそむけた。無視したのにも関わらず、彼は特に気にも留めぬ様子で目の前にいる黒い馬に人参をあげた。


きっと、エイダがいま探しているだろう。なんで、王都に来て2日目でこのような目に合わなくてはいけないのかしら。もしもの事があったらアンリ様やクロエ様に合わせる顔がなくなってしまう。


「はぁ…」


わざとらしく、少し大袈裟にため息をはいてみても、ノアさんは馬に夢中。愛おしそうな表情で見つめ、餌を与えている。なんなんだろう。この人は。再びため息を吐き、私は目の前にいた馬に近づくと、足音に体を震わせ逃げるように壁際に寄った。


「その子は、ビーンって言うんだ」


「え?」


振り返れば、ノアさんが私の隣に立っている。


「綺麗な瞳をしているだろう」


「え、えぇ…でも、どうしてでしょうか。避けられたような気がします」


「その子はね、隣国を訪問した時に森で彷徨っていたんだ。怪我をしていてね、連れてきた。とてもいい体をしていたから競技用の馬だと思う。でも、怪我をしてしまって…移動の途中で置き去りにされたんだと思う」


「そう、ですか」


置き去りか。私と同じだわ。


「あの、近寄って見ても平気ですか?蹴られたりしますか?」


「前から触れば平気だよ。だけど…此処に誘っておいて言うのもなんだけど、それ以上前に行けば素敵なお召し物が汚れてしまうよ」


「かまいません。持ち上げれば大丈夫かと。それに、実は生き物は大好きなんです。でも、馬にはあまり触れた事がありません。どのように触れればいいでしょうか?」


「では、なるべく馬の目線より低い位置から触れてみるといいよ。この子はとても臆病でね、あまり触れられるのを好まないんだ。もし、耳を後ろにむけたらそれ以上近寄ってはいけないよ」


ノアさんの忠告をうけ、そっと近寄ればビーンの動きが止まった。私を見つめ、耳をピクピクと動かして、こちらに向いている。それを確認して手を伸ばすと、ビーンは恐る恐る手の香りを嗅ぎそっと鼻先が手に触れた。


「暖かい…」


「君は少し変わっているね。普通の女の子は綺麗な衣服を纏っていれば汚れてしまうから近寄らない」


「そ、そういうものでしょうか…あっ」


普通ではない。言われて、はっと我に返り慌てて手を離した。ここでは、私はカーティス家の次女。馬に自ら衣服を持ち上げて触れるなんて事は育ちの良い女性ならやらない。触れていた手を隠す。そのまま誤魔化そうと微笑んだ。


「ねぇ」


「は、はい」


「唐突で、驚くかもしれないけど…私と婚約しない?」


「……えっ?」


何を言われているのか最初はよく分からなかった。頭の中が一瞬で真っ白なる。無意識に視線がきょろきょろと泳ぎ、数秒経過してからその意味を理解した。身体中から血の気が引いていき、ノアさんの見上げると、満面の笑みを浮かべる彼が見えた。


「婚約って…な、何を言っているんですか。き、き、昨日であったばかりですよ?」


「でも、殿下の花嫁は出会ってすぐに決まるよ。同じだよ」


「お、同じじゃありません。全くもって違います!」


だいたい、私はその選考会に参加しに来た。そんなお願いを聞けるわけがない。思わず叫ぶと、びくりと馬が驚いたように私たちをみる。


「頼むよ。実はとても困っているんだ。婚姻を結びたくもないのに、無理やり縁談を沢山持ち込まれていてね。残念ながら私はまだ誰かを娶るつもりはない。だから、恋人か既に心に決めた女性がいると言えば諦めてくれるかと思って。頼みを聞いてくれるのなら、なんでもするよ?君が欲しい物は何でもあげる。どうかな?」


そんな事を言われて私が了承すると思っているのかな。そんなお願い聞けるわけがない。絶対に無理。口をつぐんだまま首を左右に何回も振るとノアさんの顔が少し険しくなった。


「頼むよ。君だって、好いてもない男ともし結婚するとなったら嫌だろう?」


「そ、それは…」


「私もそれは同じだ。王宮の侍女が相手なのは官僚たちからかなりの反感をかうだろうけど…それに見合う報酬はあげるつもりだよ」


「え…じ、侍女?私は…」


選考会に来た者です。そう言いそうになったが、言うのをやめた。


「あの、ごめんなさい。なにか昨日と同じで事情があるのかもしれないですけど…私にはできません。と、言うか…昨日、お約束をしていた女性に頼めばいいのでは?」


「それは、無理かな」


「どうしてですか?誘ってきたとか言っていましたけど…とても親密な仲なのでは?あのようなお時間でしたし…」


「親密なんかではないよ?だって昨夜はユーナの所に間違えて行って、あの後すぐにギルに連れ戻されたんだ。据え膳は食えなかったんだ」


「え?ど、どういう意味ですか」


「そんな事より、私は君に頼んでいるんだ。欲しい物はないのかい?宝石でも、土地でも…地位も名誉も望むなら何でもいいよ」


「で、ですから…そんなものはいりません」


話にならない。だいたい、この人に宝石や土地など買う金銭があるのかしら。王宮に仕えていても、そんな金銭があるとは思えない。


「すみませんが、お断りさせていただきます。お役に立てなくて申し訳ないですが…私はこれで失礼します」


頭をさげ、その場を急いで去ろうとすると伸びて来た手が私の首にまわる。引き寄せられるように抱き寄せられ、背中には熱い胸板が当たった。なにが、起きたのか分からなかったが、抱きしめられた事は理解できた。


「いかせないよ。君が同意するまで離さない」



首に片腕を回し、もう片方の手が腰に回った。細長い指が弦楽器を撫でるように腰の骨を撫でていく。生まれてこのかた、男性にこんなふうに触れられた事なんてない。


つま先から頭の毛先までぶるっと震える。これは、まずい。こんな所を誰かに見られたら、まずい。婚約者選考会に参加する者が他の男性と密会し、しかも親密そうに抱き合っていたなんて噂が広がると、カーティス家へ抗議が行くだろう。なんてふしだらな妹を送り込んだ来たんだと…言われかねない。



グッと唇を噛み締めた。同時に歯をぐっと噛みしめ、首に絡まる腕を掴む。ありったけの力でその腕を引き離し、振り返りながら彼の胸元に両手を添え押し返した。


「離して…!」


叫び声と同時にバチンと鈍い音が厩舎に響き渡る。すぐにジーンと手に痛みが走った。ハッと我に返ったのは痛みと同時。手をあげるつもりなんて毛頭無かった。それなのに、私はノアさんの頬を突き放した拍子に叩いていた。片目を閉じ頬に手を当てながら顔を歪める姿に血の気が引いていく。背中に大量の汗がながれるのに「すみません!大丈夫ですか?」などと、気の利いた言葉は出てこない。


「あ…え…えっと…」


息を飲んだ。なんて言おうか、かける言葉を間違えるわけにはいかない。


「あの、ノアさ…」



意を決して名前を呼ぼうとした時、厩舎の扉が鈍い音を立て開いた。太陽の光が厩舎に漏れ、その光に促されるように振り向くと、そこには1人の男性。


「…え?」


私達を交互に見つめ、溜息を吐くなり鬼の血相で近づいてくる。近くで見る顔はノアさんほどではないが、とても端正な顔立ち。そしてなにより、私の胸を高鳴らせたのは私と同じ黒い髪の毛と黒い瞳。なんだろう、この人…何処かで会った事がある気がする。遙か記憶の記憶を探ると、男性は私達の前で立ち止まった。



「まったく、随分と探しましたよ。何も言わずにいなくなるのいい加減おやめください。しかもこのような大事な時にまた女性問題ですか?昨夜に続き…貴方と言う人は。ノステリア様、立場をわきまえてください。何度言えばお分かりになりますか?」


「…え?」


何を言っているの?ノステリアって…。



「と、言いますか…そのお顔はどうされたのですか?これは見事に真っ赤ですよ」


「え、えっと…あの」


「ギル」


声を遮ると、ノアさんは頬に当てていた手を離して立ち上がる。


「なるほど。いったい、そのお顔でどうされるのですか?明日はジャスランド公爵がご面会に来ます。再三注意をしているのにも関わらず…。ノステリア様、殿下としての自覚に欠けますね。この事は陛下にご報告致しますので」



「…でん、か…え、え」


「何を動揺しているのですか?貴女、どこの所属の侍女ですか?このような白昼堂々と殿下と合瀬を交わそうなど…」


「い、いや…あの」


「ギル。その女は昨夜王宮に来たばかりだ。私の事は知らない。ここに連れて来たのも私だ」



「それは事実でしょうか。まぁ、いいでしょう。それより、まだ雑務が残っています。至急お部屋にお戻りください。あなたもですよ。先ほど侍女長が花嫁候補の件で打ち合わせがあると言っていました」


「あ…は、はい…?」


ギルと呼ばれた男性はそう言うと、素っ気なくその場から立ち去った。その後を追うノアさんの背中を茫然と見つめていれば、ふと、ノアさんが振り返り近づく。怒りを含んだ目線で見つめると、その手を伸ばして顎を力強く掴まれた。抵抗する間もなく顔が近づき、唇に噛みつくような荒々しい口付けが一瞬落ち、離れていく。


「お前、覚えていろよ」


「…え…」


顎から手を離すと、厩舎から出て行った。何が起こったの、いま。何度も、何度も瞬きを繰り返して唇に触れる。


今、キスされたの?思い描いていた口付けとは真逆の獣が獲物の肉に噛みつくようなキスだった。その場で膝を折りしゃがみ込む。今更ながらに、大変な事になった事がわかった。


キスをされた事だけど、あのノアさんは…ただの王宮に使える使用人なんかじゃない。ノア、あの人はこの国の第一王子のノステリア様だ。ギルと呼ばれた男性との会話からそれは間違いない。



ど、どうしよう。絶望だった。私は寄りにもよって、関わらないと行けないけれど、関わりたくない人と関わってしまった。しかも、手をあげ、口付けまで…


もう、終わった。そう思い頭を抱えた。

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