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花嫁と猫ぶりの王子様  作者: 羽多野紫喜
3/11

集められた姫君

翌朝、エイダに連れられ王宮の廻廊を通り、敷地内の庭園にいた。昨夜、一刻ほどでエイダが部屋を訪れ別の部屋に案内された。そのまま眠り目が覚めると空には太陽が昇り始めていた。今の季節は冬のはじまり。そのせいか朝は少し冷える。寝具を整えて誰かが来るのを待っていればエイダが朝食を運んで来てくれた。ブレットと紅茶を飲み一息つけば「付いて来て下さい」と言われ、今に至る。


「とても素敵な庭園ね。管理がいき届いています」


今いる庭園は王宮の西方にあるもの。王宮の関係者しか立ち入ることの出来ない特別な場所。アーケードや大きな噴水。冬なのに咲き誇る花々。カーティス家の庭園も素晴らしいが、ここは規模も花の種類もなにもかも桁違い。春や夏にはまるで御伽噺に出て来るような場所になるかもしれない。


「この庭園は王妃であるメシア様の監視下のもとにございます。王都カールで腕の立つ職人を雇い維持しています。ですが、もうじき雪が降ります。この光景も次期に暫くみることは出来ないでしょう。殿下のご寵愛を頂けたのなら、春や夏の風景がご覧になれるかと」


「そ、そうね。ところで、今更だけど…どこに向かっているの?この先になにかあるの?」


「はい。文殿にてございます」


「文殿?えっと、なんでそのような所に…」


「各国から集められた候補の姫君様にはこれより20日間の間に王家特有の礼儀作法とアーダルベール国の歴史をより詳しく学んで頂きます。その後、正式な場で陛下達にご対面して頂きまして、150日以内に殿下から未来の王妃を選んでいただきます」


「わかりました。そこの文殿には殿下の花嫁候補が沢山いらっしゃるの?」


「いえ。皆ではございません。ご令嬢により王宮入りされる時期も違います。こちら側のご準備の問題もありますが、皆が言わば王妃の座を狙うライバルです。ユーナ様、身の安全にはお気をつけ下さいませ」


「な、にそれ。怖い事を言わないで」


「あと、勉学はお得意ですか?以前、カーティス家のクロエ様の演説をお聞きした際、非常に聞きやすく印象に残るものでした。陛下や殿下、王宮の官僚達までもが素晴らしいと噂をしていました」


それは、孤児院への寄付や支援をしていたアンリ様の意思を継ぎたいと貴族や民衆をあつめ演説を行った。その時のクロエ様の演説は大好評。婚約者であるジタン様とはその時に出会い同じ意思を持っていたことから距離が縮まった。だけど、わたしは…人前で堂々と話すことも、勉学も得意ではない。


「お褒め頂きありがとうございます。でも、ごめんなさい。勉学はあまり得意ではないかもしれない。それでも、大丈夫かしら?」


「ご安心下さい。その為に私がいます。


「はい」


一安心だ。そのまま軽い雑談を加えながら歩くと数分も経過しないうちに文殿に到着。まるで教会のような外観の文殿。壁は真っ白で、今は亡き、前王妃がもともとあった建物を改装しデザインしたらしい。中に促され足を踏み入れる。外装とは全く違い薄暗く書物も机も随分と年期が入っている。上を見上げれば天井にまでぎっしりと書物がありその周囲をそうように階段がある。


「凄い…」


「ここには、アーダルベール国の歴史が詰まっています。ユーナ様、こちらにお座りください」


促され、その場に座るとエイダは向いの席に腰をおろす。周辺には侍女と派手な姿の女性が勉学に励んでいる。


「彼女達は、もしかして…」


「はい。ユーナ様と同じく選ばれた姫君です」


やっぱり。見るからに美しく、可憐で上品な雰囲気がある。


「では、ユーナ様に見合った書物をお持ち致しますのでしばしお待ちください」


エイダはそう言うと、一人で書物の棚にむかっていく。相変わらず、背後から見てもスタイルがいい身体。それにしても今日のエイダはよく話す。昨夜のときは何を話しても答えてくれなかったのに、今日はなぜか話してくれる。なんでだろう。そのようなことを考えて、また天井を見上げる。

天井には壁画があった。羽の生えた人間や動物がひとりの女神を囲んでいる壁画。


「あの…」


ふと、壁画に魅了されていると背後から声をかけられた。聞き慣れないか細い声に振り向くとそこには小柄な女性。背丈が低く、エイダと同じ華奢な身体。


「え、えっと…」


「あ、ごめんなさい。あまり見かけない漆黒の姫様のお姿につい声をかけてしまいましたわ。貴女も、選考会にご参加されるのでしょう?私は10日ほど前にに王宮入りしましたの」


「は、はい。昨日から…」


「そうですか。あ、自己紹介が遅れました。私はライト・シュバークルツ家長女、アリー・シュバークルツです」


シュバークルツ家は王都で有名な公爵家。前国王陛下と深い親交があり、陛下や殿下とも親交がある。この婚約者選考会で一番、未来の王妃に近い方。そう、王宮に来る前にクロエ様が言っていた。


「初めまして。カーティス家次女のユーナ・カーティスと申します」


「カーティス家の次女?あら、カーティス家はクロエ様おひとりだと伺っていたのですが…」


「はい。幼き頃から病弱で奥地で静養していました。ご存じないのも無理はございません。ですが、今は体力もあり健康です。父が過保護で、表舞台にはまだ出た事がありません。」


「そうなのですか。お元気になられて良かったですわ」


「あ、ありがとうございます」


「いえ。それにしても、カーティス家は東洋の血統がございますの?クロエ様もアンリ侯もユーナ様とは違いますわね。確か純粋な血統だったはずでは」


ゴクリと息を飲んだ。冷や汗が背中をつたう。これは絶対にばれてはいけないこと。震えだしそうな手を反対の手で押さえ答えた。


「はい…お母様の家系で東洋の方と遥か昔に婚姻を結んだそうです。既に薄れた血統だと思っていたのですが…私はこの色を持ち産まれました。よく、そのような事を言われますが…私はこの瞳と黒い髪を気に入っています」


今、いったことは陛下にクロエ様の代わりに私を選考会に行かせると書いた文の中にも書いたこと。見た目のことを問われた際に言いなさい。そう、言われたのだ。厳しい言い訳だが納得するだろうと。


「そうでしたか。でも確かに御美しい漆黒の瞳ですわ。それはもう、殿下もお気に召すほどに。羨ましいですわ」


「そのようなことは…ございません」


選ばれたら困るわ。そうなることはないけれど、会う機会をつくらないように気をつけなくてはならないんだから。


「そうだわ。殿下にはお会いになりまして?」


「い、いえ…まだです。実はお会いした事はありません。お話を聞くと大層な美青年とのことしか…」


「そうですか。でも、王宮にいればお姿は見れますわよ。勿論、会話をすることもできますわ」


「は、はい」


「殿下はとてもお美しいかたです。幼い頃からの顔見知りですが、ここに来てから数回しかお会い出来なくて…残念です。選考会のことでお忙しいのは分かっているのですけど」


頬に手をあて、わずかに赤く顔を染め上げる。アリー様は殿下の事が好きなのね。


「えっと…そう、ですか」


「はい。でも、王宮入りした際はわざわざ門前までお迎えに来てくださったの。ふふ、昔からの馴染みだからと言ってくれて、とても胸がトキメキましたわ」


「それは…良かったですね」


なんか変な感じがする。なにか、自慢をしつつ釘を刺されているような気がしてならない。あまり、この方とここにはいないほうがいいかもしれない。エイダはまだ来ない。席を立って追いかけよう。


「あの、アリー様。このあと少し御用がございます。えっと、侍女を捜してまいりますので、またの機会にお話しいたしましょう」



「それは残念ですわ。では、また。お次はサロンにてお茶でも嗜みましょうね」


お互いに軽く手をふり、私のそのままエイダの後を追いかけた。あのお方、少し苦手かもしれない。可愛らしい顔をしているが発言はふしぶし棘が垣間見える。それにしても、エイダはどこにいったのかな。文殿を歩きまわり、本棚の影など死角になりそうな場所を探すが彼女の姿が見つからない。もしかして、私を置いてどこかに行ってしまったのかな。いや、そんなはずはない。だって、お待ちください。と、言われたのだから。


「困った。どうしよう…」



このまま戻っても、アリー様はいるだろう。そうなると、嘘がバレてしまう。あまりこじらせるような事はしたくない。ここで待っていよう。ここにいれば、きっと戻ったエイダが探しに来てくれるだろうから。そっと、本棚に寄りかかりホッと息をついた。周囲の書物に目を向ければ今いる場所には天文学に関する書物がずらりと並んでいる。本当になんでもあるのね。呆然と本棚を眺めていると、ふと物音が聞こえた。



「あれ、昨日の子だ」



「…え?」


声と物音に引き寄せられるように、振り向く。瞳に映る男性の姿に口から間抜けな声がこぼれた。



「…あ」


「どうも。昨日ぶりだね?こんな所で会えるなんて奇遇だね」


忘れはしない。記憶にはっきりと残っているこの顔。慌てて彼から離れ、数メートルほどの距離を取ると男性は顔をしかめる。



「そんなに警戒しないで」


耳から垂れ流れた髪の毛を掛け直し、本棚に寄り掛かかる。昨日、夜みた時とは違い、少し身軽なかっこう。初対面であんなことを言ってくる人に警戒しないなんて無理な話しだ。




「そう言えば昨日さ、君に追い出されてから大変だったよ。ギルに怒られて仕事を増やされ参ってしまった。ま、またこうやって逃げてきたわけだけど」



「そ、そうですか」



また、そんな意味のわからないことを言って。適当な相槌を打って黙り込むと男性は本棚から離れ、自身の顎に触れて私をみる。とても綺麗な瞳。ずっと見ていたら引き込まれそうなほど。



「ま、そんな事もうどうでもいいけどね。それより名前は?」


「え、えっと…その…」


「ちなみに私は、ノア。ぜひ、お名前を教えて欲しいな」



男性の手が伸びてきて、そのまま私の髪の毛にふれた。指に絡ませ、弄ぶ仕草に身体の温度が上がっていく気がする。


「え、えっと…その」


「うん」


ちかい、距離が近すぎる。絡んだ指を矛先に、離れた距離も近い。こんなに男性を近くに感じたのは初めて。言わないと、きっと、離してくれない。



「ユ、ユーナ…です」



名前を囁いた時、男性は数秒押し黙りすぐに私から離れた。


「へぇ、とても可愛らしい名前だ。では、ユーナ?お互いの名も分かったことだ。これから私に付き合ってくれないかい?」



「は、はい!?」



手首をつまむとノアさんは満面の笑顔を浮かべながら歩きだす。



「ちょ…ちょっと、こ、困ります!私は大切な用事がありまして」


エイダに怒られちゃう。抵抗しようと足を踏ん張るもの、力の強いノアさんには効果がない。そのまま抵抗も虚しく連れられて行ってしまった。



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