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花嫁と猫ぶりの王子様  作者: 羽多野紫喜
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始まりは突然に



あぁ、どうしましょう。


慣れないヒールの高い靴と腹部を圧迫するコルセット。そして、同時に胸を握りつぶすような息苦しさ。何度も何度も深呼吸を繰り返す。足元を隠す丈の長いドレスに身を包みながら私は部屋の中を歩きまわっていた。



あぁ、どうしよう。どうしましょう。


手の平に滲む汗、心臓はドクドクと通常ではない速さで鼓動を繰り返す。少しでもその緊張をほぐそうと息を大きく吸い吐き出すもの、あまり効果はない。立ちどまり、大きなため息を吐いてから鏡をみた。そこには青ざめた表情を浮かべた自分の姿。そんな姿をみて更に不安が押し寄せ、その不安から逃げるように窓際に寄り外を眺めると背後から物優しい声が響くいた。




「ユーナ。そのように緊張しては本当の事が知られてしまいます。もう少し自信をお持ちになって。着飾った貴女はとても綺麗よ。きっと、大丈夫ですわ」



整った形の良い唇から発せられた言葉に私はその主を見て、苦笑いを零す。


「申し訳ございません。分かってはいるのですが、先の事を考えるととても不安です」


視線を左右に泳がせながら深々と頭を下げる私にクロエ様は笑みをこぼした。


「ユーナなら大丈夫ですわ。だって私は貴女を信じています。けれど…本当にごめんなさい。貴女にこのような大役を押し付けてしまって」


「謝らないでください…お受けしたのは私です」



私の名前はユーナ・カーティス。そして…目の前で微笑む彼女はクロエ・カーティス。同じ名を有してはいるが、私達は従姉妹でも実の姉妹でもない。それなのに、なぜ同じ名を持つかと言えば、実は私はこのカーティス家の養子だからだ。産まれて間もない頃の事、このカーティス家の門前に置き去りにされていたらしい。雪が降り始めの冷えた夜、召使いが外を見回っていた所、カーティス家の門前に私は捨てられた。



酷く弱っていた私を召使いは保護。ちょうど数月前にクロエ様を出産したばかりのカーティス家の婦人のもとに連れていき、そのままこの家で育てられた。その事実を初めて聞いたのは私が5歳の頃。その当時はとても驚いてショックを受けたけれど、今はそれを受け入れている。そもそも私とカーティス家の者は見た目に違いがあった。


それは幼い私でも不審に思うほど。瞳の色、髪の毛の色、肌の色の違い。幼いながらに何かしら嫌な予感をしていたのは本当のこと。それを認めるのが怖くて幼き私は気にしないフリをしていたが、5歳を過ぎた頃にカーティス家の皆んなは、嘘偽りなく真実を伝えてくれた。何かが変わるわけではなかった。その後も私を本当の娘のように愛してくれた。なによりも嬉しい事は同年のクロエ様の存在。彼女がいたから、私はここまでこの屋敷で生活できているともいえる。



カーティス家は純粋な西洋の血統。ブランドの髪の毛に白い肌と美しい青い瞳の者が多い。だが、私は黒い瞳。黒い髪の毛。それが見た目の違い。養子である以上それは致し方がない事。だが、その存在は身内からはあまり良いように思われていなかった。孤児院に入れるべきだと身内からの提案が頻繁にカーティス家の当主のもとに文が届き頭を悩ませていた時、当時10歳のクロエ様が「ユーナは私専属の侍女にする。それなら、いい?」と、提案した事により養子兼侍女の立場をえた。それから10年と少し、クロエ様の侍女として仕える事が出来ている。だが…22の誕生日目前…とある危機に襲われていた。



「あの、クロエ様。此処まで来てこのような事を言うのは胸が痛いのですが、本当に私がいかなくてはいけませんか?やはり真実を伝えて辞退しましょう。私は、王家の皆様を上手く騙せる自信がございません」



「そんな悲しい事を言わないで…お願い…ユーナにしか出来ない事です。私を助けてください」


「もちろん、力になりたいです。ですが、王家を欺くなんて…」


「欺くなど…そのような物騒なことは致しません。悪意はないのです。ただ、私の妹君として選考会に参加するだけです。もう既に正式な文は出しました。引き返すほうが罪になります」


「ですが、私はクロエ様の実の妹ではございません。私は妹と言う肩書きはありますが、ただの侍女です」



なにやら物騒な話し。事は3日前のこと。いつも通りクロエ様とカーティス家でアンリ・カーティス、婦人のシルビア・カーティスと共に夕食を共にしていた際、王都から文が届いた。黒色の王家の赤い捺印が押された封筒。その封筒はこの国では有名なものだった。この国には少し変わった風習がある。王家の第一王子の婚約者を国中の五爵位の令嬢から選考するといったもの。既婚者を除いた令嬢たちに招待状は届き一定期間城で暮らし、殿下に見初められたものが婚約者となることが出来る。


暗黙の了解で婚約者がいようと断ることは許されない。いっけん、非常な風習におもえるが、裕福な生活と国宝級の美青年だと言われている殿下の花嫁になれるのだから断る者はいない。この国の令嬢は幼き頃から来たる婚約者選考会を首を長くして待っているのだから。そう…いま、目の前の人を除いては。その選考会が近日開かれるとかねがね噂があったが、やはりカーティス家のもとにもそれは届いた。


だが、カーティス家の者は「やはり来てしまったか…」そんな反応だった。それもそのはず。クロエ様に他国に婚約者がいる。南のとある国で石油が多く採取でき、海もあることから貿易の最先端として有名なとても豊かな国。その国の公爵家のジタン様と恋仲。婚約者でもある。私も会った事が何回もあるけれど、ジタン様はとてもお優しいかた。少し焼け焦げた肌に、細長く切れ長の目元。一見怖い印象もあるけれど、お話をすればとても穏やかで慈愛にみちている。

両家も結婚にむけ、あと少しと言うところにこんな話は落胆以外の何物でもなかった。



断る旨を伝えるはずだった。が、その後の事を考えると簡単には判断出来ない。そこで悩んだ結果、クロエ様のかわりに、私をクロエの妹君として「代わりに」選考会にいかせることになったしまった。クロエ様のことは、病で床に伏せっていると嘘の文を送り半ば無理矢理、王家を納得させ今に至る。そして、あと少しで王都から迎えの馬車がやってくると言うのに、私は不安でさっきから落ち着かない。



「確かに血の繋がりはないけれど…過ごした時間は姉妹と同じです。私のことはユーナが一番知っていますし、ユーナの事も私が1番知っています。仮に王家の者に私の事やお父様達の事を聞かれても、答えられるのは貴女だけです。それに、文も出しました。これで選考会自体を放棄すれば、カーティス家は爵位を剥奪されてしまいます。お願いします…ユーナ、私の身代わりに選考会に行って来てください」


「ですが…私は不安です。だって、カーティス家の皆様と見た目の違いがありすぎです。それはどのように言い訳をしたのでしょうか?」


「気にすることはございません。そのことは手は打ってあります」


クロエ様は立ち上がると、私の手を握った。


「いいですか、ユーナ」


「はい…」


「あなたに、カーティス家の命運がかかっているのです。当たり障りのない態度で生活していれば大丈夫です。私の妹と言う事もあり、殿下だけではなく他のご令嬢の方々にも声を掛けられる事があるかもしれません。言動には注意してくださいね」


「はい…わかりました」


「あと、これは個人的な事ですが殿下には最新の注意をはかって交流をして下さい。バレない事を危惧して避けてしまうのは危険です。ここから応援しています。ユーナを信じていますから。本当に…ごめんなさい。貴女に辛い思いをさせてしまって…」


その言葉に私は彼女の手を握り返してから笑顔を浮かべた。


「そのようなことはございません。この家の方は恩人です。頑張ります。なので、クロエ様はジタン様とお幸せになって」


「嬉しいわ。ありがとう」


「いえ…カーティス家の為ならば…私は不安でも…なんでも致します」


そう…なんでもする。だって、この家は私の全てなのだから。


それから数刻後、王都より迎えの馬車が予定通りに到着。その頃、太陽は沈み空を黒い雲が覆い雨で濡れていた。二頭の馬に引かれた馬車がカーティス家の門前で停馬。私とクロエ様に数人の侍女を引き連れ、馬車を出迎えた。馬車の中からオレンジ色のランプの光がもれ、影から察するに女性かと思う。緊張していた。クロエ様に美しいお召し物を着させてもらった時より、心臓がドクドク。


「ユーナ、そのような表情をしてはいけません。数刻前も言いましたが、自信をお持ちになって」


「は、はい…」


緊張して固まる私の背中をに触れると、ドアが軋む音が響く。開かれたドアから更に光が漏れ出し、中からは一人の女性が出てくる。ブロンド色の髪の毛を頭上で束ねる、色白で華奢な身体を持つ女性。彼女は傘を片手に深々と頭を下げた。


「お初にお目にかかります。国王陛下の命により、王宮から使わされましたエイダと申します」


淡々と一定の音程で発せられる声は少し冷たさを感じる。切れの長い目と青い瞳。クロエ様とは対照的で少し冷たさを感じる。それが彼女の第一印象。



「では、存じてはいまずがお名前を伺ってもよろしいでしょうか?ご本人確認のためです」


「はい。ユーナ・カーティスです…」


「私はクロエ・カーティスと申します。今回はわたくしの諸事情を配慮してくださったことを感謝いたします」



礼儀正しくドレスの裾をもちあげ、頭を下げるクロエ様に続くように慌てて私も頭をさげた。



「いえ。ご事情を御察し致します。陛下から伝言です。ご静養を終えた際、アンリ侯爵様と共に、ご面会を楽しみにしていると」



「はい。いつしか、謁見に伺いますわ。そして今回は私の妹君がお世話になります。まだ大きな社交界など出席した経験のない不束な妹ですが…よろしくお願い申し上げます」



馬車を待っていた時、アンリさまからクロエ様の欠席の理由と身代わりになる私のことを書いてくれたらしい。身体が弱く溺愛して、公表しなかった世間知らずの娘と。今のクロエ様のお言葉は口裏あわせ。クロエ様と幼きころから生活して妹としても立場でもあるが、所詮は侍女。社交界で参加した事も踊った事もない。


「お気になさらず。では、お時間もございません。ユーナ様、参りましょう」


「は、はい」



片手を差し出され、その手に促されるように馬車に乗り込む。中はとても豪華だった。刺繍が綺麗に施されたカーペットに毛皮でつくられた椅子。カーテンは高級なシルク生地。


「あの、ユーナ。頑張ってね。その、ご迷惑にならないように」


「はい…お姉さま…」


「エイダも、ユーナのことよろしくお願いします」


「はい」


ドアが閉められた。窓のからクロエ様を見ると目には涙がみえる。クロエ様…わたしは頑張ります。ドレスの裾をギュウと握り締め「大丈夫」そう、心で呟くと馬が声を唸らせると同時に馬車が動いた。後ろは振り向かない。振り向いたらきっと、涙が出てしまう。不安だけど使命を果たさなくては…そう強く決死した。



だけど、この時は考えもしなかった。この先、この決心が崩れ去るなど。


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