寸説《軍手のお兄さん》
私が産まれる前に起きた第二次世界大戦の爪痕が薄まり、人々の心が戦争から平和へと向いたヨーロッパの国のある私の故郷の話。
私の街は中世後期から続く古く歴史ある街で建造物のほとんどは煉瓦で建てられ、道は舗装された石畳でした。他の街に出掛けると、このような景色は見ることができず、高いビルばっかで驚きます。私の住んでいる街が華やかさに欠けるのは分かっていますが、それでも私は故郷が好きです。街の人もゆったりとした街が好きでした。そのため景観重視でコンクリートなどの頑丈な新しい建物が建つことは珍しいので役所を建てるときには反対デモがあったらしいです。街で一番高い建物はカトリックの大聖堂。キャラメルとクリームを混ぜたような大聖堂はヨーロッパでも有名であり、毎年観光客で賑わう素敵な場所です。ですが今日は人々は大聖堂に立ち寄らずに周りで開いている出店に忙しなく足を運んでいます。何故ならもうすぐクリスマスだからです! ケーキや七面鳥、お菓子にジュース、そして家にあるツリーを彩るために飾りも買わないといけません。そのため大聖堂がある広場には街の人が息が詰まってしまうほどたくさん居ました。
あの出来事が起こったのは、ちょうどそんな時期でした。
私は当時十才で朝にクリスマスの買い出しをするため出掛ける両親を見送り、一人で家に留守番していました。
私も一緒に行きたかったですが危ないからと言われて拗ねながらテレビを見ていたときです。
人生で一度あるかどうか。そして二度と経験したくないほどの大地震が故郷を襲ったのでした。
「んうん。ん……?」
(ビックリするぐらいの地震だったから学校で教えてもらった通りテーブルの下に隠れた後、どうなったんだっけ? ずっと揺れていた気がするけど。今は揺れてない)
「?……!?」
(苦しくて動こうとしたら足が痛かった。何かに挟まっちゃったみたい)
「うっ」
左手に赤い線。ガラスで手を切っちゃった。傷が沁みて痛いよ。
私のお家なのに知らない場所みたい。喉が痛い。
私はコホン、コホンと咳き込む。
寒いよ。クリスマスってこんなに寒かったっけ?
薄暗い世界。硬くて痛い世界。凍える世界。
私の世界はどこへ行ったの?
なんか眠い。眠れば、お父さんか、お母さんが起こしてくれるよね。
「誰か居ないのか!」
頭がボーっとしてたけど、声が聞こえた。
「生きているなら返事してくれ!」
ここにいるよ。
「……この子もダメか」
私はここだよ。
私は呼んでいるのに声は遠のいていく。
違う。声が枯れて出ていなかった。
「たす、け、て」
行かないで。一人にしないで。
「…………………」
「そこに居るのか?」
瓦礫が崩れていく。隙間から光が射す。眩しい。
「……!? 生きてる! 生きてるぞ!!」
逆光の中で誰かが私に微笑む。
「今、出してやるからな」
光が大きくなり、私は救い出された。
「ありがとう、お兄さん」
「気にするな」
私は瓦礫の上に座り、お兄さんに貰ったチョコバーを食べる。お兄さんは他の瓦礫をどかして私のように埋まってしまっている人がいないか探している。
「私も手伝いたい」
「無理するな。君もケガしているんだから」
「私は大丈夫だよ」
私は腕を上げて元気アピール。
「……分かったよ。声を出して呼び掛けてくれ。俺が助けるから」
お兄さんの指示通り、私は大きな声で呼びかけた。
「誰か、誰か居ませんか~!」
だが、寒風が私を邪魔する。
「寒いな」
傷もそうだが手が凍っているみたいにビリビリする。防寒着は瓦礫の下敷きになって取り出すことは出来ない。
私は手をこすり、息を吹きかける。
「使うか?」
「えっ?」
お兄さんは自分がつけていた軍手を私にくれる。
「でも、お兄さんは」
「大丈夫だ。なんか知らないが、軍手がたくさん入っている段ボールがあったから」
お兄さんは笑ってズボンのポッケから新しい軍手をはめる。
私も軍手をはめた。
「あ!」
お兄さんにもらった軍手は汚れていたけど、とても暖かかった。それだけで心が満たされた。
まだまだ頑張らないと!
「誰か! 居たら返事してくださーい!」
「たすけて」
聞こえた。近くの瓦礫から、私より幼い声だ。
「待ってて今助けるから! 声を出し続けて!」
私は抱えるほどの瓦礫をどかしては声を聴く。
そしてついに穴が開く。
「居た! お兄さん居たよ! 女の子が居るよ!!」
「でかした!」
お兄さんが瓦礫をどかしてくれる。
だけど――
「これは、無理だ」
お兄さんでもどかせない瓦礫があった。
「もうちょっとなんだが。他にも人がいれば!」
悔しいお兄さん。でも、女の子を放っておけない。
「お兄さん、少しだけ頑張って。この穴なら私通れる!」
私はお兄さんが持ち上げた瓦礫の隙間から中に入った。
「助けに来たよ。さあ、ここから出よう!」
涙目の女の子を導き、外に出た。
「怖かった~」
私に抱き着く女の子。安堵した私は彼女の頭を撫でる。
「なんとかなったな」
一息吐いたお兄さんが微笑む。
「よし、この調子で他の人も助け出すぞ」
「たすける?」
女の子が首を傾げる。
「うん。私たちが困っている人を助け出すの。一緒に頑張れる?」
「うん! 私も頑張る!!」
涙をぬぐって笑う女の子に私は軍手をはめてあげた。
「あったかいね、お姉ちゃん」
私は次々に瓦礫から被災者を助け出し、そのたびに自分がはめている軍手を渡し、温かいね、と笑いあいます。そのあとも役所の人たちが毛布や保存食を運んできてくれました。最近建てたコンクリートの役所は地震で崩れることがなくて助かったらしいです。ケガが酷い人は運ばれ、動ける人は軍手をはめて一緒に救助を続けました。
一時間後にはレスキュー隊や軍人さんが駆けつけてくれて次々に街の人たちは光を取り戻しました。
そして両親にも無事に再会することが出来ました。二人とも強く抱きしめてくれて私も泣いてしまいました。
一週間後には隣街や国からも支援が来て復興が始まりました。
この震災は新聞にも載って世界でも驚かれたようです。
『被災した人が自ら軍手を手に取って救助に大貢献』と。
私は今でも自分がしたことを誇り、心の支えにしています。そして故郷がさらに好きになったときでした。
ただ、一つだけ。
私のことを助けてくれた軍手のお兄さんは、お礼も言えずに居なくなってしまいました。それだけがここり残りです。
「カティア、講義遅れるよ~」
「はーい!」
私は今、故郷から離れた大学で人命救助に携われる仕事を目指して勉強しています。座学よりも身体を動かすことが多いため大変ですが、とても充実しています。そして私もいつか軍手のお兄さんみたいになりたいと思います。
「ほら、早く~」
「待って~」
軍手のお兄さんに会えたら何を話そうかな。また、会いたいです。軍手のお兄さん。
「やっぱ、軍手は暖かいな」
「手袋買えば良いじゃないですか」
「良いんだよ。軍手は安いから得だし」
「そうですか? あ、徳用チョコバー買ってきましたよ」
「ありがとうな。食ったら現場に行くぞ」
「大学でしたっけ。女子大生見たいな」
「あの子も学校に通ってたらそんな年か」
「? 何か言いました?」
「何でもない。ほら、樹を刈りに行くぞ。この大学の庭は広いから徹夜覚悟しろ」
また、あの勇気ある子に会えたら良いな、と軍手をはめた庭師は微笑んだ。
久しぶりの寸説でした!