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第三話

 大分走った後、僕は漸く立ち止まった。それから辺りを見回した。しかし小屋や人影などと言った助けになりそうなものは、見つからなかった。

 僕はまた歩き出した。歩いている間は、いつ森を抜けるのかとか、いつになったら人を見ることができるのかといったことばかりを考えていた。

 ところがそれも終わりが来た。というのも、森の中でとうとう人を見つけた。しかしすぐに呼ぶということはしなかった。ついさっきのことを考えれば当然のことだった。まずは見えているものが安全であるかどうか、確認する必要があった。

 僕は歩いている男の人の後をつけた。その人は背中に籠を背負っていた。麦わら帽をかぶっている。手には鉈のようなものを持っている。その鉈が僕に声をかけるのをためらわせた。あの鉈が僕には怖くてたまらなかった。近づいた瞬間に鉈を振り下ろされるようにも思えたし、僕を罠にかけて身動きできなくなってから振り下ろしてくるのではないかとも思えた。とにかく疑心暗鬼とさえいえるほどの疑いが頭にいくつも浮かんできて、その人の前に姿を現すことができなかった。

 その人をずっと追いかけていると、やがて森を抜けた。そして僕はその先にたくさんの家や店の並んでいるのを見た。僕は久しぶりに街を発見した。街の中にはたくさんの人がいた。そして様々な会話を交わしていた。

 僕はたくさんの人がいるここへきて、初めて加護を背負った男の人と接触する勇気を持った。僕は男の人に走り寄った。

「すいません」

 男の人は振り向いた。顔が細長くて、あごには短いひげを生やしている。きゅうりみたいな顔だ。

「あの、道を聞きたいんですけど」

「道かい?」

「はい。あの、家に帰りたいんですけれど、川島田地区の方へ帰るにはどうしたらいいですか?」

「川島田地区?」

「あと、あの、飼い犬を探してるんです。柴犬なんですけど。小春っていうんですが?」

「ああ、もと来た道を行けば帰れるんじゃない?ここまで来たんでしょ、自分で」

「いや、それは」

「それと犬だけどさ、もう見つからないと思うよ?第一、どこに行ったのかもわからないんでしょ?無理だよ、見つけられないよ。悪いけど諦めてもらうしかないね」

「そんな」

「俺忙しいからさ。悪いけどもう行くね。じゃ」

 そういって男はすたすたと歩き去ってしまった。僕はその後ろ姿を追いかけることもできないまま、立ち尽くしていた。 

 僕はまた違う人に声をかけた。ところがその人もさあとか知らないとか言って、逃げてしまった。僕は何の情報も得られないまま、時間だけを無駄にしていった。

 この街にいる人間はどことなく忙しそうで、冷淡な態度をする人ばかりだった。僕はそうしたものにさらされて、自分の心が凍えてしまったように温かみを失っていくのを感じた。自然、人を見つけた時の歓喜とかそういったものは消えていた。

 僕はとうとうひとに聞いて周るのをやめた。そしてふと、自分がまだ何も飲んでおらず、何も食べていないことを思い出した。

 僕はどうしようか迷った末、誰かに譲ってもらうことにした。僕はそこですぐそばを通り過ぎたおばさんに何か食べ物をもらおうと思った。

「すいません、何か食べるものか飲むものを持っていませんか?」

「何?」

「あの、食べるものか飲むものをくださいませんか?昨日からずっと何も食べてないし、飲んでもいないんです」

「何だよ、この子は!ここまで来てまだお腹がすくのかい!」

 僕にはこの女の人の言っていることの意味がちっともわからなかった。お腹がすくことで怒られた理由が何なのかわからなかったし、ここがどこだかもそういえば僕は知らないのだった。

「あんたは本当に業の深い子だね。よくもまあ、ここにいられたものだね」

 僕は何とも答えようがなくて黙っていた。しばらくすると女は歩き去ってしまった。僕は引き止めようもなくて、ただ黙って立っていた。

 僕はまたしても歩き出した。すると道端に一人の老人が立っていた。僕はどうせダメだろうと思っていたけれど、声をかけた。

「すいません、何か食べるものか飲むものを持っていませんか?」

「いや、持っていないな」

「ではここがどこなのか教えてくれませんか?実は迷子になってしまいまして。それで家に帰りたくても帰れないんです。それと、飼い犬を探していまして。ここへ迷子になったはずなんですけど」

「ふうむ。そういうことならばよろしい。君を家に帰してあげることならできる。ただし犬のことは諦めなさい」

「そういうわけにはいかないんです。僕はその犬と一緒に帰ると決めたんです」

「悪いが、そういうわけにはいかんのだよ。ここでは二つに一つしか選べん。家に帰るか、犬を探して永久にここをさまようかだ」

 僕はそうした選択に理不尽を感じた。自分がどうしてそんな選択を迫られなければならないのかちっとも理解できなかった。だが同時に、どうあっても家に帰る方を選択するよりほかに道はないとも思っていた。

「どうして犬のことはあきらめなきゃならないんですか?どうしてもだめなんですか?」

「どうしてもだめだ。その犬がどういうものであるのかは知らぬが、ここへ一度来てしまったからには二度と君の住むところへは戻れまい」

「じゃあ僕は?僕も戻れないんですか?」

「君は戻れるさ。もともとあちらの住人なのだからね。しかし君の飼い犬はもうここの住人なのさ」

「わけがわかりません」

「要するにこういうことだ。住む世界が違うと。君の言う犬があちらへ行ったところで、いずれ不都合が出る。そうしたら犬はこちらへ帰らざるをえまいだろう」

「そもそも、一体ここは何なんですか?」

「終わりの行きつく先じゃ。君の住む世界でないことは間違いないの」

 そういって老人は後ろのドアを開いた。そのドアの先は真っ暗だった。ただ一点、まぶしく輝いているところがある。

「このドアをまっすぐ歩いておゆき。そうすればいずれ元に戻れるじゃろう」

 老人は言った。

 僕は小春にまだ未練があった。ところがせっかく手に入れた帰る機会をこの場で逃したら、次は帰れないような気がした。ほかにも、どうしても犬を連れて帰れないと老人に言われたことや、おなかのかなりすいていることもこのドアをくぐらなければと思う理由になった。

 僕はここにあるあらゆるものに背中を押されるようにしてドアをくぐった。するとすぐ後ろで扉が閉じた。扉のあったところは真っ暗になった。僕は前を向いて歩き始めた。


 気が付くと、僕はあの木の前に居た。まったく唐突に景色が切り替わってしまったので、僕は拍子抜けしてしまった。瞬きの間に世界が変わったかのようだった。

 僕はあの太くて大きな木のところへ行った。そしてうろの中を触った。そこには地面があった。

 僕はそれを確認するや、ははあ、あれは単なる夢だったのだなと理解した。しかしそれにしてはやけに腹もすいている。大方、あんまり寝すぎたのだろう。

 ところが家に帰ってから、時計を見て驚いた。なんと僕が小春を見つけた時外に出ていた時間よりも前の時間だったのだ。

 これはどうしたことだろうと思っていると、母親がやってきてどこに行っていたのかと問いただした。

 僕は何とも答えようがないから、とりあえず寝ていたとだけ答えた。そうしたら母親からいろいろな話を聞けた。

 僕は昨日の午後二時くらいに家を出た。それっから、僕は一度も家を帰らず警察に捜索願まで出したという。ところが見つからない。さては誘拐でもされたのかと思っているうちに今日、僕は帰ってきたのである。

 僕はそれらの事実を聞かされて、いよいよ自分が夢を見ていたかどうか怪しくなってきた。もしやこれは夢を見たのではなく本当に自分が見たところへと言っていたのではないか。警察が見つけられなかったのは、そもそも僕が違う世界にいたからではないか。そう思った。

 しかしたとえそれが本当であるにしても夢であるにしても何ら違いはなかった。昔に失った小春はいないままだ。何も変わりはしない。そう思って僕はこのことについて一切何も人には語らなかった。


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