第二話
目が覚めてから僕は歩き始めた。しかしどこまで行っても見えるものは草木ばかりであった。お腹がすいていたし、何か食べるものか飲むものがほしかったが、手に入らなかった。木の実がないこともなかったのだが、どれも見たことのないものばかりだった。どれが毒でどれが食べていいものだか見分けがつかなかったので、手を付けることができなかった。
腹を空かせながらもどこかに人はいないかと、周りを見渡していた。その時、僕はだいぶ向こうの方に、黒い人影のようなものを見つけた。人影の様子を見ると、どうも僕と同じくこの森の中を歩いているようであった。身長はだいぶ大きいようだ。周りにある木と比べてみると、その身長の大きさが分かった。黒いフードを被っているらしかった。フードを被っているなど、だいぶ怪しい人物であるように思えた。しかし状況が状況なのでなりふり構っていられない。
「おーい!おーい!」
僕は叫んだ。すると黒いフードを被った人がこちらを向いた。そしてこちらへと向かってきた。
僕は手を振りながら、その人を待ち構えた。ところが、僕はやがて手を下した。
その人はあまりに大きすぎた。父親なんかよりもはるかに大きいように見えた。黒いフードは黒いぼろきれ同然で、汚らしかった。切れ端がふらふらとたなびいているのが見えた。そして何より、それは脚がなかった。
僕はそれを見て取るや、黒いものの向かってくる方とはまるっきり反対のほうへ駆け出した。
僕は走りながら後ろを振り向いた。それは見る見るうちに近づいてきていた。地面をするすると這うように浮遊しながらこちらへと向かってきた。だんだんと黒いものの姿が大きくなっていくのが感じられた。
僕は前を向いた。そしてさらに足に力を込めた。僕の頭の中では今、このままでは追い付かれるという焦りがあった。その焦りはまた、体を締め付けるほどの恐怖から来ていた。黒いものに追いつかれた瞬間どうなるか想像できないということと黒いものの不吉さが重なり合って、恐ろしいまでの恐怖を生み出していた。僕は体中に冷たいしびれのようなものが走るのを感じた。それとともに胸は締め付けられるように痛くなった。自分の走っているのがひどく遅く感じられ、もっと早く走れないのかともどかしくなった。
僕はまた後ろを振り向いた。そしてフードを被った化け物すぐ後ろにぴったりとくっつくほどまで迫っているのが見えた。そして同時に、化け物の細かい様子がよく見えるようになっていた。しかしそのフードの中には何も見えなかった。むしろ空洞と言ってもよかった。顔も頭も見当たらないのだ。ただどうしてかそこから視線を感じた。それは何か不吉な予感のするものであった。そしてその化け物のほうからは 何か音のようなものが聞こえてきていた。それは洞窟を風が駆け抜けるような音にそっくりだった。ひどくうつろな音に聞こえた。
僕は後ろを向いたまま、目を離せなかった。目が潤み、じんと熱くなっていた。その化け物が手を伸ばしてくる。その手を回避するすべはなかった。その事実が狂おしいほどの絶望を僕に与えていた。僕はその迫る手におびえた。
その時、足に何かが引っかかるのを感じた。体がぐぅんと傾き、僕は地面に転んだ。もういよいよ、逃げられなくなった。僕はそう思った。僕は身を急いで翻し、尻もちをついた状態で上を見上げた。
そこにはまだ黒いフードを被った化け物がいた。ところが化け物は僕のすぐそばに佇んだまま、手を伸ばしてくることさえなかった。
この化け物は実は無害だったのだろうか、そう思った。あるいは何かが起きたのか、そう思って僕は周りに視線を巡らせた。
すると地面に白い線が横に引いてあるのが見えた。化け物は線の向こうで、線にぎりぎりまで近づいたまま、そこにいた。
僕はその時、この化け物は線の内側に入れないのだと知った。それを知るや、僕は立ち上がり、逃げ出した。遠く遠く、あの化け物から自分の姿が見えなくなるところまで。