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第二話

「なあ、政弘。」

加藤の声に、永田が顔を上げた。

「何か心当たりがあるんだろ?」

一瞬怯えの色が永田の顔を過ったが、直ぐに軽い笑みを浮かべて答えた。

「いや、さっき言った通りさ。お前と同じで、何も思い当たる節はない。」

それはごく自然な言い方で、学生課の職員達も普通に信じた程であったが、加藤には通用しなかった。

人当たりが良く誰とでもうまくやれるという事は、巧まずして空気を読む達人だという事であり、それは加藤が人間観察の極めて高いスキルを持っているという事なのだ。

その彼の鋭い感覚が、永田の態度の不自然さについてごく低くではあるが警鐘を鳴らしていた。

更に問い詰めようとしたとき、扉が開いて先輩達がどやどやと入って来た。

「おお、お前ら何か大変だったんだってな?」

彼等は口々に事件の詳細を尋ねたので、加藤は説明せざるを得なかった。

といっても、既に目撃者達は興奮しながら芝刈機暴走事件を吹聴して回っており、みんなそれを聞いてやって来ているのだから、何が起こっているのかは判っているし、そもそも二人自身が目撃者以上の事情は何も知らないのだが、それでもみんな当事者の話を聞きたがった。

結局、加藤は追求を棚上げせざるを得なかった。


ママはアイツを散々怯えさせてから始末しろと言っていたが、それは春香の性には合わない行動様式なので、始末する事だけを優先するつもりだった。

ママだって、本心からそれを望んでいたわけではないだろう。

元々優しい人なので、そういう事を考える質では無かった筈だ。

春香をあの塔に閉じ込めるまでの最後の三ヶ月間のママは、明らかに常軌を逸した状態だった。

それはある意味当たり前の事だった。

アイツは夏美を殺した上に、ママから母になる希望自体を奪った。

つまり、ママの母性まで殺してしまったのだ。

だから、アイツにはその命で償いを付けて貰わねばならない。

しかし、敢えてそれ以上を求める必要はあるまい。

そしてアイツが死んだ時、春香自身の存在意義も消滅する。

その後、彼女は自分自身を消去する事になっている。

それはバランスを喪ってしまったママの精神が望む結末であり、アイツを殺す代償としてママ自身がこの世に生きた証を全て消し去るという、ママなりの決着の付け方だった。

それは同時に、ママ譲りの優しい心を持つ春香にとって、アイツを殺すという使命それ自体が耐えがたい苦痛であるという事実を踏まえて、ママの呪縛から逃れる事が不可能な彼女の望み得る唯一の救済なのであった。


荒川は、管理課から話を聞いた。

製造元からの回答は、『暴走の原因は不明』というおよそ何の答にもなっていないものだった。

しかし、荒川には少なくとも『直接的に』何が起こっていたのかは想像がついた。

製造元としては『暴走』という事にしたい様だが、目撃者の証言を確認した限りでは、あの機械が二人の学生を狙っていたのはほぼ疑い様がない。

つまり、害意のある何者かがあれを操作して二人を襲わせたという事である。

この芝刈機は、管理課のPC上のアプリで稼働時間とコースを設定すると無線でそれが本体に送られて、後は機械自体が周囲の状況を自律的に判断しつつ作業を行うという代物だ。

そこで、あれに入り込んで操作する方法を考えてみた。

とりあえず、何処かから直接侵入するか管理課のPCを経由するか辺りが思い当たる。

まずは管理課のPCから覗いて見た。

暴走の前後の芝刈機との通信ログは、きれいに消去されていた。

その時点でPCと芝刈機の間でどういうやり取りがあったとしても、その記録は残っていないわけだ。

次に、制御アプリの操作ログを確認したが、こちらは特に矛盾は見当たらず、ごく通常の操作が行われていただけであった。

もし端末を直に操作した上でその履歴を消去していれば、通信履歴と同様に制御アプリのログにも空白が生じる筈だから、つまりPCから直接に操作を行ったわけではなさそうだ。

恐らく遠隔操作でハッキングを行ったのだろう。

となると、次は本体側である。

製造元は当てにならないので、機械制御工学科の教授に話を持ち込んでみた。

教授は興味を示して、院生の原田を紹介してくれた。

ノートPCを小脇に抱えてやって来た原田は、期待を隠そうともしない様子で言った。

「いつか、こいつの頭の中を覗いて見たいと思ってたんですよ。」

二人は倉庫の隅に置かれた鉄の塊を眺めながら、方針を話し合った。

制御部の中を電子的に覗くためには電源を入れる必要があるが、普通にエンジンを掛けたのではまた暴走を始める恐れがあるので、まずは制御部を完全に切り離してから外部電源を接続してみる事にした。

原田は一旦研究室に戻ると、数人の学生と共に何だか判らない機械や道具類を大量に載せた台車を押して帰ってきた。

てきぱきと指示をし、外装板が歪んで開かなくなっている所を工具で捲り上げつつ剥がし始めた。

変形し絡み合ってどうしようもない部分もあったが、用意の良い事にスチールカッターまで持ってきているので、躊躇う事なく切断していった。

みるみる裸になった芝刈機(の残骸)を、取説を見ながらあっちこっちと確かめていったが、やがて、ペンチでケーブルを切り始めた。

「とりあえず制御部を、駆動部とアンテナから物理的に切り離します。」

なるほど、アンテナの事は忘れていた。

ハッキングした何者かがまた何か仕掛けてこないとも限らないので、入口を塞いでしまうわけだ。

しばらくあちこちを覗き込んで見落としが無いかを確認していたが、やがて制御部と電源部を接続するケーブルを抜くと、学生に指示して台車で持ってきた電源装置に繋ぎ直した。

これで、本体側の動力を入れずに制御部のみを立ち上げる事が出来るので、万一ケーブルの要切断箇所の見落としがあっても、危険な動作に繋がる事はない。

続いて原田は、別の台車で持ってきた様々な測定機器らしき物を、次々と制御部の基板の随所に、クリップで直接繋いでいった。

原田は、学生達と手分けしてそれらの機器のスイッチやダイアルを操作し、キーボードからコマンドを打ち込んでいった。

一通り準備が終ると、荒川以外の全員が配置に着く。

荒川は、邪魔にならない様に注意しながら原田の背後に立ち、その機器を肩越しに覗き混んだ。

原田はディスプレイを睨みながら言った。

「電源オン。」

電源装置に取りついている学生がトグルスイッチを入れた。

原田が睨んでいる機器の液晶ディスプレイに、目まぐるしい勢いで数字が流れていった。

「電源を切れ!」

電源担当の学生は、この指示を予測してトグルスイッチに指を掛けたままにしていたので、素早く電源が遮断された。

原田は機器を操作して、今の動作をモニターしたログを参照していった。

画面がゆっくりとスクロールして行くのを、時々停止を掛けながら見ている。

ログが進むにつれて、原田の表情は曇って言った。

やがて荒川の方に向き直ると、そのまま頭を下げた。

「申し訳ありません。僕の見込み違いでした。こいつには自己消去プログラムが仕込まれていた様です。」

その後は、説明されなくても判った。

証拠が消えてしまったという事だ。

「いやいや、何にしても電源を入れる以外に手は無かったわけだから、それは仕方がない事だよ。誰がやってもそうなったさ。」

これは単なる慰めではなく、本気でそう思っていた。

少なくとも、荒川がやってこれ以上の事が出来たとは思えない。

「とりあえず、基板とSSDを持ち帰って、研究室で調べてみます。」

「面倒を掛けて申し訳ないが、宜しくお願いします。」

原田は頷くと再び残骸に向かい、学生達と一緒に分解を始めた。

後は、彼等の技術に期待するしかなかった。



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