第十話
チャチャイは、違和感を覚えていた。
ネットワークの随所に配置してある彼の築いた監視機構からの応答が突然遅延し始めたのだ。
勿論、その一つ一つは人間の感覚で明確に意識出来る程の物ではないのだが、それらが連関する一連の流れとして機能すれば、言わば玉突きの様に更なる遅延を惹き起こし、全てを総合すると反応の鈍さと言える程の遅延になった。
何かが起こっているのではないか、そう疑いを持った。
永田は、この告白で本当に友情が終ったと思った。
軽蔑されるのは間違いないが、それでも巻き込んでしまった以上、説明しないという選択肢はなかった。
加藤はしゃくり上げる永田を黙って見ていたが、やがて口を開いた。
「ともかく、荒川先生に相談しよう。」
「荒川先生?」
「ああ、この件は俺達だけじゃどうしようもない。」
その言葉に永田は、驚いた。
加藤は、これを『俺達』の問題だと言ったのである。
荒川は、立ち聞きしてしまった内容の余りの意外さに呆然と立ち尽くしていたが、自分の名前が出たことで我に返った。
このまま黙っていて先に気付かれれば、後々に不信感を残しかねないので、その前にこちらから声を掛けるべきだと判断して、軽く咳払いをした。
カーテンの中で、二人が飛び上がるのが判った。
「あー、その、情報工学課の荒川だが、入って良いかい?」
恐らくは、中で顔を見合わせているであろう気配がしていたが、ややあって声がした。
「えーと・・・どうぞ。」
カーテンを掻き分けて覗き込むと、ベッドに横たわる学生の方は真っ赤な目をしていた。
つまり、夏美を『殺し』たのは永田だという事だ。
とはいえその姿を前にしても、意外な程に怒りは沸いてこなかった。
その後の数え切れない人生の大波小波に翻弄される内に、彼の中で怒りは摩り切れて諦念に変わりつつあった。
そして、その最後の仕上げをしたのが、先程聞こえてしまった会話であった。
この学生は、少なくとも早苗と夏美の事件を『悲劇』と捉えて、そこから反省を導き出したのである。
少なくとも今は、教育者として彼等に接するべき時であろう。
「申し訳無いが、話は聞いてしまった。」
これからする聞き取りのためには、どうしても彼等から信頼を得なければならない。
そのためには、手の内を晒す事が必要と判断したのだ。
とはいえ、同じ理由から早苗と夏美が彼の関係者である事は伏せておくべきだと考えた。
いずれはそれも説明する必要があるかもしれないが、今はその時ではない。
荒川の言葉に、二人は微妙に力が抜けた様に見えた。
むしろ、ほっとしたという表現の方が妥当かもしれない。
「この件については、慎重に話し合う必要があると思うが・・・」
そう言って荒川は、病室を見回した。
「君が動ける様になるまでは難しそうだな。」
永田は答えた。
「明後日くらいに個室が空くそうなんで、そっちに移ってからにしましょう。」
「判った。移れたら連絡してくれ。」
そう言って、荒川は出ていった。
今度こそ帰宅する気で、歩き出した。
いずれにせよ、永田の告白で全てが繋がった。
本当はこの足で警察に行くべきなのだが、それは永田を告発する事と同じである。
今それをする事は躊躇われた。