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子供は空を飛ぶ事にした

作者: 卯月はる

タイトルとジャンルでオチが読めたりする、かも。

超久しぶりに投稿します。短編は一気に書き上げられるこの不思議。




 夏の夜。日中、プールで体力を使い果たしたその子供は、ベッドの中で身じろぐ事無く微睡んでいる。


 子供は夢を見ていた。誰もが見た事のあるような、たわいない、―――怖い夢を。


 家の中だ。二階建ての、よく見慣れた、子供自身が生まれ育った家。自由に手足を投げ出し、気を弛ませ、寛げる、我が家。


 誰もいない。子供は居間に佇んでいるだけだが、誰もいない事が分かっていた。妹が、いない。母が、いない。父が、いない。

 ―――いるのは、正体不明の怪物だけ。


 それは、すぐ隣のキッチンにいる。大きな影が見えている。暴れている。たくさんの、色々な物が投げ飛ばされて来ている。

 ここにいたら、危ない。きっとみんな怪物に食べられてしまった。誰もいない。逃げないと。


 子供は足音を殺して、居間をそっと抜け出す。―――ああ、扉が。音を立ててしまった。

 気付かれた。

 子供は走り出す。二階へ。自分の部屋へ。扉には鍵がある。鍵を掛ければきっと怪物も入って来れない。ベッドに潜り込んでしまえば、きっと気付かれない。


 怪物が追い掛けて来る。物が飛んでくる。それは皿だったり、コップだったり。赤い持ち手の、ハサミだったり。―――よく切れるハサミだった。血がポタポタと流れた記憶、あれは何でだったろうか。

 重たい物が、飛んで来た。ガラスの灰皿。当たれば痛い。廊下の床に付いた傷は、何時のだったろうか。


 自分の部屋にやっとたどり着く。扉を閉める―――閉まらない。何かが挟まっている。もう怪物が近い。急がないと。

 何故か、どうしても扉は閉める事が出来なかった。子供はどうするか考える。駄目だ、怪物がすぐそこにいる。

 慌てて部屋の中をぐるりと見回す。何か。どうすれば。窓を見た。

 ―――外に出よう。


 ベッドに乗り上げ、ガラス戸を開ける。この高さなら登れる。窓の外には足を掛ける場所があるのも知っている。

 子供は窓から身を乗り出す。鉄棒の前回りの要領で、身体を持ち上げる。外は真っ暗だ。構わずに全身を窓からくぐり抜けた。

 窓枠を掴み、裸足のつま先を窓の下の出っ張りに引っ掛ける。この後は。どうする?


 どこかフワフワとした感覚が子供にはまとわり付いている。追われているのは怖い。逃げたい。ここは窓の外だ。限界だ。これ以上は逃げれない。


 本当に?


 フワフワとした感覚が何だったかを、子供は思い出した。プールだ。水に浮かんでいる時の感覚。そうだ。

 ―――空を飛ぼう。


 子供はつま先を乗せていた出っ張りを、蹴った。身体はフワリと浮いた。ああ、飛べる。

 これで、逃げれる。

 勢いはすぐに無くなった。今度は壁に指を掛ける。身体を持ち上げるように、指先を、腕を引き下ろす。元々浮いていた子供の身体は、軽々と、上へと進んだ。


 屋上に着いた。外は暗闇、子供以外の誰もいない。子供は宙に浮いている。身が軽い。プールで泳いでいるのと同じだ。


 恐怖は去っていた。もう怪物は怖くない。だって、どこにでも逃げれるのだから。

 空にいれば、怪物なんて怖くない。


 子供は、自由に空を飛んだ。





 ガチャン、と何かが割れる音がした。階下から叫び声が聞こえる。子供は目を覚ました。

 身体はいまだ浮遊感に包まれている。子供は身を起こし、ベッドから抜け出し、そっと部屋の扉を押し開けた。

 廊下は暗い。その先の階段が一階に続いている―――階下は明かりが点いているようだった。また、叫び声が聞こえた。


「……っ、やぁめ……て……!」


 ドン、と振動が響く。子供は理解した。―――怪物が、いる。

 子供は知っていた。

 怪物は、夜に現れる。その姿は、大きい。母は何時だって抵抗出来ない。物を投げてくる。時には殴ってくる。

 その姿は、父を真似している。とてもよく似ている。でも、違う。

 あれは、怪物だ。


 静かになった。子供は扉をゆっくりと閉める。

 身体がフワフワとしている。足音がしないように、子供は慎重にベッドへと歩く。

 きっと、食べられてしまった。だから静かになったのだ。母は、いない。父は、いない。

 きっと怪物は二階にも上がって来る。妹はどうしたのだろう。酷く、静かだ。あの音が聞こえなかったのだろうか。

 もう、食べられてしまったのだろうか。


 子供はベッドに乗り上げた。窓ガラスに手を掛ける。ロックを外す。少しずつ、音を立てないよう、窓を開ける。

 外は暗闇。家の中には怪物。


 でも、怖くはない。だって―――。




 ―――子供は、空を飛ぶ事にしたのだから。






多分、二階からなので子供さんは死んでないかと思われます。


アイデアは子供の頃にプール行った日の夜は、よく空飛ぶ夢見たな的思い出から。ちなみに自分の悪夢脱出方法は、それが夢だと自覚する、というものでした。



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