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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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魔法大陸の七不思議

【メサイアの館・本編】

作者: 灰色セム

熱い。煙たい。息苦しい。目の前がチカチカしてきた。僕は咳きこみながら、床に這いつくばうことしかできない。ときおり聞こえる変な言葉が途切れるたびに、建物が激しくゆれる。


襲撃……まさかテロか。中世ヨーロッパ風の洋館に、罵声と怒声がこだまする。もう、動くこともままならない。ふかふかの絨毯が首筋にあたる感触は、少し心地よかった。ぐい、と身体が持ち上げられる。


「お客様、ご無事ですか!?」


扉を蹴破り飛び込んできた青年が、ぐったりとした僕を抱きかかえる。そう。抱きかかえた。それを、僕は見ていて。


熱くない。煙たくない。息苦しさも感じない。視界も正常そのものだ。もしかして、これは幽体離脱なのかな。給仕のお手本のような服装の青年は、脈を取りうなだれる。諦めないで蘇生法を……あっ、僕が戻ればいいじゃないか。これぞ幽体離脱あるある。


そっと僕に触れると、砂でできた人形のように崩れていった。崩壊したそばから、水に溶ける砂糖のように消えてゆく。身体はもちろん服や財布も。


そうして、僕がいた証は一つ残らず無くなった。


「はあぁぁあ!?」


青年の潤んだ瞳と、視線が交錯する。えっ、声が聞こえたの。


「ああっ、よかった! ウィスプになれたんですね!」


「ウィスプって、確か人魂……」


「そういう呼称もありますね」


「ねぇ待って。もしかして、僕……死んだ?」


「残念ながら、お亡くなりに。賊の、呪いの煙にやられたようです」


「呪い?」


「はい。呪いの魔法です。毒や石化なら治療もできたのですが……お力になれず、申し訳ありません」


ちょっと待って。現代日本で賊とか魔法って、ただの中二病……とは言い切れないんだよね。僕が、こうして死んで幽霊になったのが、なによりの証拠だ。


ここに瑞樹兄ちゃんや千郷姉ちゃんがいたら、どんな反応をするかな。二人とも深く濃いオタクだけど、とっても現実的だから冷静に対処できるんだろうな。


…………遊びに行った先で迷子になって、たどり着いたお屋敷で休憩してたら死んじゃうとか、あんまりだ。


「——……ま。お客様。ミツル様?」


歪んだ景色に心配そうな青年が増えて、混ざって溶ける。


「帰りたい。生き返りたい。お兄ちゃんたちに、会いたい」


「……気の遠くなるような時間はかかりますが、生き返ることは可能です」


「——へ? だって、僕の身体……」


「別次元に行き、時間を巻き戻せばいいのですよ。その時間軸の自分と融合するのです。あとは事件が起きる前に回避すれば死にません。……こまごまとした問題は山積みですが、私はそう聞いていますし、信じています」


「私は、ということは……」


「はい。お察しの通り、私もウィスプなのですよ。私だけではありません。この館にいる者たちは、みなウィスプなのです」


青年が手をふる。しゃらん、と鈴の音がして、赤い人影が僕らの周りに浮かび上がった。のっぺらとした影は、すぐに立体的な人へと変わる。


「ては、改めて——ようこそ、メサイアの館へ。我々はあなたを歓迎します。みんなで、必ず人間に戻りましょうね」


朗らかな笑みとともに差し出された手は、とても暖かかった。


あれから、どれくらいの月日が経っただろう。眠くもならず、時計もカレンダーもない僻地では、時間の感覚が狂って仕方がない。ただ、それらが役にたつとも思えなかった。ここは、たぶん日本じゃない。ファンタジー的な言い方をすると日本によく似た、別の世界だと思う。


呪文を唱えたり図形を描いたら魔法が発動するなんて、まず有り得ないからね。そのせいで死んだけど、そのおかげで希望もある。僕が蘇ったら、真っ先に瑞樹兄ちゃんたちに教えてあげよう。


死の森の奥深くに存在する、不思議な館でのできごとを。

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