第九話 長男と友人と大学でのできごと2
えーと、今回ちょっと長いです。
読みづらかったらごめんなさい。
ヤマトをなんとか追っ払い、ようやく大学キャンパスの入り口までたどり着いたおれを待っていたのは、またも級友からの足止めだった。
早く帰りたいという意思表示のため、チラチラと入り口に目をやるおれをよそに、高いテンションで世間話をまくしたてるオンナが一人。さらに、悪乗りする形でそれを煽るオンナが一人。
「だからさぁ、高槻の講義は狙い目なのよ! そう思わない、コウちゃん!」
高いテンションで世間話をまくしたてている方のオンナ――安住エリナがおれの賛同を得ようと唐突に話を振ってくる。
エリナは今時のオンナらしく、目のふちを黒く塗りたくって、目力をやたら強調したメイクをしている。本人いわく「魔性メイク」らしい。
その「魔性」ってやつを意識してるのどうかは知らないが、服装はフェミニンなもので揃えられている。
ちなみに、彼女のいう「狙い目」とは、「大学で級友を集めて何かしらのイベントごとを企画するには、高槻教授の講義の時間がベストである」ということらしい。
そんな彼女の熱に押され、おれは今考えうる最良の答えを返してやる。
「いいかげん帰らせろやボケ」
「ゴールデンウイークには遊園地とかも行きたいしー。あ、温泉なんてのもいいねー!」
その、「おれにとって」最良の答えは、案の定、無視されましたとさ。へっ。
「高槻ってやる気ねぇしなー。アイツの講義、寝てるヤツばっかだし。堂々とゴールデンウイークの予定も立てれるってもんだよな、エリ」
「ねー、ミーちゃん」
オンナにしてはかなり乱雑な言葉遣いで、エリナを煽るオンナ――戸田ミズホ。
エリナ以上に目を強調したメイクと、不快というほどではないにせよ、至近距離では多少気になる香水の臭い。服装はヤマト同様かなり派手なものであり、端的に言うとギャルである。肌は白いけれど。
ちなみに、こいつはエリナにミーちゃんと呼ばれている。
おまえがミーちゃんってツラかよ、とツッコんでミズホに殴られたことを思い出して、おれは嫌な気分になった。
「ったく、おまえらまでゴールデンウイークの話題かよ。もっとこう、派手な話題はないわけ?」
「たとえば?」
答えを期待してというよりも、半ば条件反射で返したようなエリナの言葉を受けて、おれは考えた。
「たとえば……おまえらの実家が爆発したとか、女子寮が炎上したとか」
「おまえ、ウチらを難民にしたいワケ?」
ミズホは冷めたような目でおれを見てくる。
「自由はいいぞ?」
「自由すぎるっつーんだよ」
深々とためいきを吐くミズホ。なにが気に入らないんだか。
「ま、それはともかく。今年のゴールデンウイークは友達と過ごすハメになりそうだなー。あー、オトコほしー」
「なに。ミズホって友達いんの?」
おれの言葉を聞くや否や表情を怒りの色に変化させたミズホは、なにが不快だったのかは知らないが、返事の代わりにみぞおちの辺りに正拳突きを放ってくる。
とっさに手に持っていたバッグでガードする。ガキン、という金属を叩いたような音が響いた。
「いって! 硬ったー、おまえ、バッグになに入れてんだよ」
自分の拳をさすり、涙目になりながらたずねてくるミズホ。
「なにって……鉄板ですけど」
「鉄板ですけど、じゃねぇ! なんでそんなもん入れてんだよ!」
「防御用。しかもそれだけじゃないぞ! 角を鋭利にあしらえてあるから、攻撃に使えば一撃にして相手を昏倒状態にできる代物だ!」
その代わり、バッグにはやたら穴が空く。なにかを得るためにはなにかを失わなきゃならない、というメッセージ性すらあわせもった芸術的な一品だ。
「危ねぇだろうが! つーか、防御用ってどういうことだよ?」
「おめーが何かって言うとすぐおれに攻撃しようとしてくるからだボケ」
「おまえなぁ、ウチは曲がりなりにもオンナのコなんだぞ!?」
「おまえがおれを殴ろうとしなきゃ済む話なんじゃねーの」
「おまえが殴られるようなこと言わなきゃ済む話なんじゃねーの」
「もー! なんでふたりともそんなに仲悪いのよ!」
会話が言い争いに変化を遂げようとした時、エリナがすんでのところで止めに入った。
「今してるのはゴールデンウイークの話でしょー! なによ、攻撃とか防御とか」
「いや、ゴールデンウイークの話はおまえらが勝手にしてるのであって」
「なに!?」
「あ、いや、すいません」
思わず謝ってしまうおれ。というか、おれってば謝ったの初めてじゃないか。
「でもさぁ、エリ」とミズホは言った。「やっぱイベントの時にはオトコほしくね?」
「薄っぺらいなぁ、おまえは。なにかっつーとオトコオトコって」
「うっさい」
おれとミズホのやり取りを今回は軽く無視して、エリナはなにかを考えているようである。
しばしの逡巡のあと、エリナはなにを思いついたのかぱっと顔をあげた。
「あ、じゃあさ、コウちゃん。ミーちゃんにさ、ヤマト紹介してあげれば?」
「はぁ? ヤマト?」
「ヤマト、って誰よ」
ちなみに、ヤマトはエリナとおれの共通の知人であるが、ミズホとは面識がない。そこを踏まえてのエリナの提案だと思うが……。
超絶ナル男のヤマトと超絶毒舌家のミズホが仲良くしている様を、おれはどうしても想像できない。
それどころか、ミズホに毒を吐かれて
「ぐひーん! このオンナがいじめてくるプー! こうなったら舌噛んで死んでやりゅぶふっ!? 痛いー、喋ってたら舌噛んだプー! ついてないプー! ぐひーん!」
と、泣いているヤマトの画ばかり浮かんでくる。
いくらなんでもそんな提案をするわけにはいかないだろう。
そう考えたおれは、エリナにだけ聞こえる小さな声で言った。
「バカだな、おまえは。ヤマトにミズホを紹介するなんて、山猿に毒入りバナナ渡すようなもんだぞ。どっちもいい結果にならないのは目に見えてる」
「んー、でもさぁ」エリナは言った。「それって、ヤマトがミーちゃんの攻撃の標的になるってことだよね?」
そこでエリナはいったん言葉を区切り、にこっと笑ってみせた。
「うまくやれば、コーちゃんに対するミーちゃんからの攻撃も少なくなるかもしれないよね?」
「ミズホ、そこまで言うなら仕方ない。オトコ紹介してやってもいいぞ」
「はやっ!?」
おれの変わり身の早さに驚いた声をあげるエリナ。
しかし、エリナの言うとおり、これはチャンスだ。ミズホの攻撃対象からおれが外れることができる上に、うまくすればそれ以上においしい思いができるかもしれない。
そう考えて、おれは心の中でほくそ笑んだ。
「なんだよ、気味わりぃな。なに、何が目的なわけ?」
「何言ってんだよ。これはおれの純粋な善意からくる行動なので一万円で結構です」
「うっわー、しかもお代まで取るんだ。腹黒―い……」
「つーか、どこが純粋な善意だよ! めちゃめちゃ金銭目的じゃねぇか! この守銭奴が!」
おれにだけ聞こえる声で呆れた声を出すエリナと、腑に落ちないという様子でがなり立てるミズホ。
「まぁ、ここでボクに一万円払って楽しくイベントをこなすのか? 友達だけで寄せ集まって寂しーい時間を過ごすのか? それはあなたさまの自由ですから? ボクは別にどっちでも構いませんけど?」
「くっ、このヤロウ……! でも、一万円はどう考えても高ぇだろ!」
「高くねぇよ! バカかお前! いいか。世の中には何万円もかけてエステに通い、化粧品を買い、習い事をして、自分を磨いてもだ! 出会いがなくて独り身の寂しい時間を過ごしてる人が、たっくさんいるんだよ! 出会いってのはなぁ! 本来、金じゃ手に入らないものなんだよ! そんな問題を、たったの諭吉くんひとりで解決してやろうっつってんのが分かんないかなあ! こんなチャンスもう二度とねぇっつーのにさあ!」
「で、でも、大学内にだって出会いはあるだろ?」
相手は怯んでいる。もう一押しだ。
「出会いがあるのになんでミズホには彼氏がいないわけ? 分かるよな? それは、いいオトコと出会ってないからだ! ミズホなんてカワイイんだから、いいオトコとの出会いがあれば彼氏なんてすぐにできる! だろ?」
びしっ、と効果音が付きそうなほど勢い込んでミズホを指差すおれ。
「ど、どうかな……。そう、なのかな?」
「あぁ、そうだね! そうですとも!」
戸惑いつつも、まんざらでもなさそうなミズホ。こういう時は「そうかも」ではない。「そうだ!」と言い切ることが大切なのだ。
さらに、一旦持ち上げて、相手をいい気にさせておくのも交渉においては大きなポイントだ。
以上、おれ的交渉術の一端をお見せしました。
「いいか。出会いってのは確かに、そこら中に転がってるかもしれない。でも、自分の恋愛対象の相手となると話は別だ! それこそ、大学みたいに吐いて捨てるほどオトコがいる場所でも、自分の恋愛対象となりえる相手がいないんなら、そんなもんは出会いの場じゃねぇんだ! 分かるな?」
「え、う、うん」
相手はもう落ちる寸前だ。おれは最後の一押しとばかりに、ミズホの耳元で甘くささやきかけた。
「いいですか。わたしは出会いの場がなくて困っている、そんなあなたに未曾有のチャンスを与えているのです。もう一度言いましょう。一万円は、リーズナブルです。たったの一万円。たったの一万円です。たったそれだけの金額で、あなたは大きな幸せをつかむ、未曾有のチャンスを手に入れることが出来るのです」
「ま、まぁ、そういう考え方もあるのかもな」
「うわー、コウちゃんすっごい悪い顔してるー……」
すでにほぼおれの術中にはまっているミズホと、その横で冷静に状況を見守っているエリナ。
「よし。分かったよ。じゃあ、おまえに任せる」
しばらくなにかを考えたあとで、そう言って一万円札をおれに渡してくるミズホ。
貧乏人の友達から金をせびってるってんなら多少心も痛むが、ミズホの家は金持ちで、彼女は未だに月に十万円も小遣いをもらっているらしい。
ので、おれの心はびっくりするくらい痛まなかった。
もうちょっと痛んでもいいんじゃねーの? というほど痛まなかった。
「じゃ、ウチはまだ講義残ってるから大学戻るな! コウ、任せたからな!」
「あいよー。毎度あり」
たった今受け取ったばかりの一万円札をひらひらさせながらミズホを見送る。
その横から、エリナがひょこっと顔を覗き込んできた。
「こっわいオトコだねー、コウちゃんも」
「まあ、ここまで上手くいくとは思わなかったな。最初は正直、冗談半分だったし」
「……あははー」
感情のこもっていない、乾いた笑い声をあげるエリナ。
「でもいいの? あんなに期待させるようなこと言っちゃって。提案したあたしが言うのもなんだけど、相手はあのヤマトなんだよ?」
苦笑しながらエリナが言う。エリナの中でも、ヤマトの評価はそうとう低いらしい。
「知らないね。おれはただ『出会いのチャンスを手に入れることが出来る』って言っただけで、『いい出会いを提供する』とも『ヤマトはいいオトコだ』とも、ひとっことも言ってないもんよ」
「そういうの屁理屈って言わない?」とエリナは苦笑してみせる。
だけど、こういう分が悪い交渉の時は、逃げ道も用意しておかなくてはいけない。おれ的交渉術の初歩の初歩だ。
「そういう意味じゃ、ミズホとヤマトは、少なからずあらかじめお互いのことを恋愛対象として意識しながら、初対面を迎えるわけだ。人間の心理とかよく分かんないけど、その勢いである程度仲良くさえなってくれれば、言い逃れもしやすいってもんだし」
「まーた悪い顔して。コウちゃんってやっぱ鬼だね」
「サンキュ。ま、でも、たまにはいいんじゃね? こういう変わったイベントも」
「ま、恋のキューピッドってのも楽しそうではあるかもね。きっちり報酬せびってるとこが、コウちゃんらしいけど」
まるで人非人を見咎めるような目だ。
「あ、でも」
なにかを思い出したかのように、目を見開いてみせるエリナ。
「案を出したのはあたしなんだから、一万円のうち五千円はあたしのね?」
おまえだって充分腹黒いじゃねぇか。
いつもご覧いただきありがとうございます。
流れで分かると思いますが、このシリーズはもう少し続きます。
楽しんでご覧いただければ幸いです。