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第七話 長男と次女と次男と国語の宿題

 前回(第六話 長男と次男と国語の宿題)の続きです。

 今回のタイトル、長い上にかなり語呂が悪いですね。

 前回に引き続き、ダイキの宿題を手伝っているおれとカスミ。


 いや、前回の終わりにおれは講師を降ろされたので、カスミがダイキに宿題を教えている、というべきか。


「まずは、先生がどうしてこんな課題を出したのか、その意味や理由を考えなきゃいけない。ダイちゃん、どうしてだと思う」


「どうしてって……言葉に興味を持たせるためとか、ものを調べる大事さを知るためとか、じゃないの」


「だからあなたはダメ。ちょっと考え方を改めた方がいいわ。ていうかもう死んじゃえよおまえ」


「ひ、ひでぇよ。カスミちゃん」


 今日何度目かの台詞をリピートしてみせるダイキ。まぁ、確かにこれはひどい。ダイキの、中学一年生にしてはかなり的確――だと少なくともおれは思う――言葉も、カスミの意に沿わなかったらしい。


「いい、ダイちゃん。先生がどうして、好きな言葉を書き出してその意味を説明させようとしたのか。そのことに何の意味があるのか、よね」

「う、うん」

「それはね、ダイちゃん」

「うん」


 なんだかおれもカスミの答えに興味が出てきた。固唾をのんでカスミの言葉を待つ。


「先生に訊いて」


「え」


「そんなの私に分かる訳がないでしょう。その宿題を出したのは先生なんだから、意味とか理由とか知りたいなら先生に直接訊けばいいじゃない」


 こうなるまでの過程を全部ブン投げて考えるなら、なるほど合理的な結論だ。


「え。だって、カスミちゃんが今、意味を考えろって」

「そんなこと言ってないわ」

「え、いや、でも」

「言ってないわ。訴えるわよ」

「ひ、ひでぇ」


 確かにひどいことを言っているのだが、おれの理不尽にツッコむ時のような勢いはダイキにはない。遊佐家で一番強いのは誰なのかを象徴するような光景だった。


「先生がそんな宿題を出した意味。本当はそんなことはどうでもいいの。意味なんてものを考えず、とりあえず上の言葉にはいはい従っておく。先生はあなたがた生徒にそういう処世術を身につけさせようとしているのよ」


 確かに大人になったらそういうことも必要なのかもしれないが、あまりにも身も蓋もない言い方だ。


「分かった? じゃあ本題。好きな言葉とその意味、ね」

「う、うん」


 カスミは強引に話を進めていく。


「ただ漠然と好きな言葉、と言われても、選択肢が多すぎて難しい。だから、まずは取っ掛かりを見つけることが大事」


「取っ掛かり?」


「そう。例えば、あなたは何が好き? なにをしているのが一番楽しい?」

「えっと……友達とサッカーするのとか」

「じゃあサッカーでいい。サッカーを楽しむっていうだけでも色々な状況があるわ。ワールドカップやオリンピックで日本中がサッカーに熱狂している時もあれば、たまたま見かけた草サッカーチームの試合を応援しているだけでも立派にサッカーを楽しんでいると言える。自分がプレイヤーとしてグラウンドに立っている時もそう」

「う、ん。そうだね」


 早口で言い切るカスミの言葉を自分の中で咀嚼するように、ダイキはゆっくりとうなずいた。


「その状況を考えるだけでも浮かぶ言葉がいくつもあるわ。興奮、熱狂、一生懸命、勝負、連帯感、拳は内側に抉り込むようにして打つべし」

 なんか今、ボクシングのトレーニングをしてるヤツがいたな。


「ほかにもある。真剣、努力、勝利、熱狂、信頼、プレパラート」

 理科の実験中によく割るやつな。プレパラートって言いたいだけだろこいつ。あと、熱狂って二回言ったなこいつ。


 とは言ったものの、カスミは即席の講師としては及第点と言えるような的確なアドバイスが出来ているとは思う。おれほどじゃないが。


「ね。ひとつ取っ掛かりを見つけるだけで、言葉なんてこれだけ浮かんでくるものなの」

「うん。なんとなく分かった気がする。すごいや、カスミちゃん」

「図に乗らないで。ちょっと話を聞いただけですぐ分かった気になって先走るなんてバカな証拠。だからあなたの人生オフサイドばっかりなの」


 意味はよく分からないが、なんとなく切ない言葉だった。


「それじゃ、今話した内容を踏まえて、ダイちゃんなりに考えてみて」

「う、うーん。分かった、とにかくやってみる」


 *


「で、どうだった。宿題の結果は」


 翌日、バイトから帰ってきたおれは、ダイキの顔を見て宿題の一件を思い出した。


「なんだよ、急に。心配でもしてくれてたの」

「ばっか、めちゃめちゃ心配してたっつーの。心配すぎて夜しか眠れなかったっつーの。しかも八時間くらいしか」

「快眠じゃねぇか!」

「八時間も寝たから退屈な講義中に昼寝も出来なかったし、ご飯も喉を通らなかったっつーの。カレーしか通らなかったっつーの」

「単なる昨日の夕食だろそれ!」

「どうしてくれんだこの野郎!」

「だからそれおれのせいじゃないってば!」


 ぬう。腕を上げたな弟よ。

 あとは、ツッコミにもう少しひねりが入れられれば最高なんだけど。


「で、どうだった結果は」


 ダイキだってバカじゃない。なんせ、カスミのあのアドバイスを聞いたあとだ。悲惨な結果はまずないだろう、とおれは気楽に考えていた。


「……叱られはしなかったけど、なんかみんなに笑われた」

「は? おまえ、結局なんて言葉にしたわけ?」


 予想外の答えに勢いを削がれたおれは、その原因をダイキに尋ねた。


「いや、昨日のカスミちゃんのアドバイス通りに考えたんだけど」

「あぁ。だからなんて言葉にしたんだよ」


「ワールドカップ」


 ……なるほど。カスミのアドバイスの「取っ掛かり」の部分をそのまま答えにしてしまったらしい。

 教授された言葉をそのまま飲み込み、それを消化しきらないままバカ正直に答えを出してしまったというわけだ。


「……ダイちゃん、バカだから」


 陰でおれたちの話を聞いていたらしいカスミがポツリと言った。

 前言撤回しよう。良くも悪くも弟はバカだった。

 どうリアクションすればいいか分からず頭をかくおれと、呆れたように小さくため息を吐いたカスミをよそに、ダイキはひとり頭に疑問符を浮かべるのだった。







ちなみに言葉の意味として発表したのは

「四年に一度開かれるサッカーの祭典」

意味じゃないしね、これ。

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