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第六話 長男と次男と国語の宿題

「なぁ、コウ」

「なんだチンチクリン」

「チンチクリンって言うな!」


 おれがバイトを終えて我が家の玄関のドアをくぐると、まるで待ちかまえていたかのようにダイキが飛びついてきた。

 犬みたいなやつだな、なんて思いながら、脱いだ靴をそろえるのもそこそこに、おれは寝間着に着替えるべく自室にむかった。ダイキはその後をついてくる。


「今日さぁ、学校で国語の宿題が出たんだ。自分の好きな言葉を書いて、その意味を説明しなさいってやつ」


 なんかアバウトな宿題だな。


「宿題ねぇ。それで」

「手伝ってくれよ」

「ふざけんな死ね」

「そこまで言うか!」

「もっかい言うぞ。ふざけんな死ね」

「もっかい言うな!」

「だいたい、なんでおれなんだよ。ツバキもカスミもいるだろ」


 自分の部屋のついたおれはベッドに腰掛けた。ダイキもちゃっかりおれの部屋に入ってきて、おれの隣に腰を下ろす。


「ツバキちゃんは仕事で忙しそうだし、カスミちゃんにお願いしたら『めんどくさい』って言われた」

「じゃあ、おれもめんどくさい」

「頼むよー。もうコウだけが頼りなんだよ」

「情けない弟だな、おまえは。少しは自分で考えるとかないのか」

「自分で考えても答えが浮かばないからこうして頭を下げてるんだろお。分かんないかなぁ」


 こいつの脳内ではこういうのを<頭を下げる>と言うのだろうか。だとしたらこいつは宿題どうこう以前に、基本的な日本語から勉強しなおすべきだ。


「頼むってば。明日の国語の時間に宿題の内容を発表しなきゃいけないんだよ。このままだと恥かいちゃうよ」

「恥をかくのも勉強のうちだ」

「手伝ってくれないと死ぬぞ」

「ばか! 冗談でも死ぬなんて言うな!」

「自分はさっきおれに『死ね』って言ったくせに」

「あれは冗談だ」

「あんた言ってることムチャクチャだよね!」


 律儀にツッコミを入れつつも、ダイキがおれの部屋から出て行く気配はない。おれは小さくため息をついた。


「ったく、仕方ないな。なんだっけ? 国語の宿題?」

「え、なに。協力してくれんの?」

「んー、どうしよっかなー」

「え。協力してくれんじゃないのかよ。思わせぶりな態度とんなよなー」

「なに、その偉そうな態度。協力してほしくないわけ」

「あ、いや……。協力してほしいです、はい」


 背に腹はかえられないとでも言うように、急に小さくなるダイキ。中一にしてこんなに卑屈でいいのだろうか。

 ともあれ、そんなダイキを見ているうちに、なんだかイタズラしたい気持ちがおれの中に芽生えてきた。


「お願いします、だろ?」

「お願いします……」


 やけにへりくだった十二歳のガキを見て、おれの中のイタズラ心――別名、加虐心ともいう――がどんどんと膨れ上がってくる。


「声が小さい!」

「お願いしまぁっす!」

「もっと大きな声で!」

「お願いしまああっすっ!」

「スタッカートで!」

「お、ね、が、い、し、ま、す!」

「ラッパー風に!」

「YO! 宿題の手伝いお願い! でも正直ぼくはもう寝たい!」

「韻を踏んだなおまえ! 何メイシだおまえ! 何ンジレンジなんだおまえは! じゃあ次は偉そうな態度で!」

「一緒に宿題の答え考えろっつってんだろ! 早くしろよ!」

「調子のんなブチ殺すぞブタ野郎!」

「ひぃっ!」


 おっと。思わず声を荒げてしまった。

 ダイキは下手すれば引きこもりになってしまいそうなほど怯えている。ガタガタ震えているし、目は涙で潤んでいる。

 この軟弱な弟を、さてどう鍛え直してやろうかと考えていたその時、部屋の外からバタバタと足音が聞こえてきた。


「ちょっとコウタ。なに大声あげてるのさ。ダイキがびっくりしてるじゃない」


 ツバキが驚いた表情で顔を出す。

 その後ろではカスミが、さして興味もなさそうな「どうせいつもの発作でしょ」とでも言わんばかりの表情でこちらを覗きこんでいた。

 どうも、今のおれの声に反応して、何があったのか確認に来たらしい。


「秘書がやりました」

「なんでそんなすぐにばれる嘘つくかなぁ」


 あきれたように自分の髪をくしゃくしゃと軽くかきむしるツバキ。


「嘘じゃない。ユーモアだ」

「ダイキ、完っ全に怯えてるけど」


 見ると、ダイキは普段の小生意気な姿からは想像もつかない弱々しい態度で、ツバキの陰にかくれていた。


「ユーモアの分からない人間だな。つまらない大人になるに違いないな、こいつは」

「自分の非を認められない大人よりマシじゃない?」


 薄く目を開いて、おれを軽く睨みつけてくるツバキ。


「自己嫌悪ならよそでやってくれ」

「自分のこと言われてるって分からないんだね、可哀想に」


 まったく、相変わらず意味の分からないことを言う姉だ。


「ダイキ。なんでこうなったの?」


 もうおれとの会話のキャッチボールをあきらめたのか、ダイキに状況を聞こうとするツバキ。


「う、うん。学校の宿題を、コウに手伝ってもらおうと思って……」

「なんだ。コウタ、それくらい手伝ってあげたらいいじゃない」


 小学生の宿題くらい簡単でしょ、という接尾語が聞こえてきそうなほど軽い調子でツバキは言った。


「まぁ、仕方ないな、ダイキ。おまえがそこまでして一緒に考えてほしいっていうなら、考えてやらないこともない」


 おれがそう言うと、今まで借りてきた猫のようだったダイキの表情がぱっと明るくなった。


「う、うん」

「よかったね、ダイキ。じゃ、あたしは明日の仕事の案件をまとめなきゃいけないから。コウタ、ちゃんと教えてあげなよ」

「あたぼーよ。おれは世間では<教え上手の鈴木さん>って呼ばれてるんだからな」

「そっか。それ、確実に別人だけど、よかったね。じゃ、がんばりなよ」


 流された。ツバキは何事もなかったかのように部屋を出て行く。うーん、ちょっと寂しい。

 ちなみに、ツバキは出ていったが、なぜかカスミはおれの部屋に残っている。相変わらず口数は少ないけど。


「コウ。それで、どんな言葉を書いたらいい?」

「ん。なんだっけ」

「だから、好きな言葉とその意味」

「うーん。そうだな。こんなのはどうだ」

「う、うん」


 期待に満ちたダイキの目。おれはたっぷりと間を置いて、その言葉を言った。


「外はカリカリ、中はトロトロ」


「……何だソレ」


 拍子抜けしたようなダイキの声。


「なんかうまそうじゃね?」

「意味は?」

「聞いて驚くなよ。なんと、外はカリカリなんだけど、中はトロトロなんだ!」

「だから何がだよ!」

「たこ焼きかなんかじゃねーのうっせーな殺すぞ」

「ホントキレるスイッチ分かんないっすねあんた!」


 ダイキも今回の暴言には怯えることなくツッコミ通してみせた。腕をあげたな弟よ。

 まぁ、多分さっきのは暴言にじゃなくて凄んだ怒鳴り声に怯えていたんだろうけど。中学一年生に対して凄んだ怒鳴り声をあげるのはどうなのよ、とか言うな。


「コウちゃんなんかに訊いても無駄」


 声のした方を見ると、それまで黙っていたカスミがかわいそうなものを見るようなあきれた目でおれを見ていた。


「いい、ダイちゃん。宿題の答えをコウちゃんなんかに期待しちゃだめ。コウちゃんの頭にはネジ穴がないんだから」


 頭のネジが飛んでいるどころか、おれの頭にはその穴さえ用意されていないらしい。うまいこと言うなあ、こいつ。


「コウ、変なとこでキレるくせに、なんでこんなひどいこと言われてもキレないんだよ」


 口げんかではカスミに勝てる気がしないからだ、とは言いづらいので黙っておく。


「じゃあカスミちゃん。一緒に考えてくれよう」

「甘えないで、このド低能。あなたのツルッツルの脳みそではどう頑張ったところであきれるほどレベルの低い答えが導き出されるのは火を見るより明らかだけれど、考えること、努力することに意義がある。それが報われるかどうかは別の話だけど。ていうか多分報われない」

「ひ、ひでぇよ。カスミちゃん」


 毒を吐く時だけやたら饒舌なカスミの言葉を受けて、ダイキはまたもや半べそである。まぁ、さっき「めんどくさい」って理由で宿題の手伝いを断ったらしいしな、カスミ。


「と、言いたいのはやまやまだけど。まぁ手伝ってあげないこともない」

「言いたいのはやまやまっつーか、完璧に言っちゃってるけどな」

「横槍入れないで、コウちゃん。それじゃあダイちゃん、始めましょう」


 ダイキの講師はいつの間にかおれからカスミへ完全に移っていたのだった。

 外はカリカリ、中はトロトロのどこがいけないんだ。うまそうじゃん。ねぇ?







たこ焼きが食べたくなってきた。

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