第五話 長男と次女とヒマのもてあまし方
「ヒマだな」
「ん」
今週の話題の新譜、「レバニラ炒めーズ」の「今日の占いカウントダウンに逆上して通行人を釘バットで……/アナコンダの体液で味噌汁を作ったら三日三晩苦しんだ」という両A面シングル(オリコン初登場百五十二位)を聴くのにも飽きたおれは、リビングのソファーで足を組みながら雑誌を読むカスミに声をかける。
ツバキは同窓会とかで今日は遅くなるらしい。ダイキは友人の家に泊まりに行ってしまったし、例によって父親も遅くなるそうだ。
カスミと二人きりというのも久しぶりだ。
「カスミー、おれと一緒にヒマを持て余そうぜ」
「ヒマならもう持て余してる」
「もっとアグレッシブかつ飛ぶ鳥を落とす勢いでヒマを持て余そうぜ」
「そう。がんばって」
「おう! サンキュ!」
「いいえ」
うーん。さっきから薄々思っていたんだけど、なにかが変だ。
「で、アグレッシブかつ飛ぶ鳥を落とす勢いでヒマを持て余すにはどうやればいい」
「知らないわ」
「じゃあ一緒に考えようぜ」
「いや」
「ツンデレめ」
「意味が違うわ」
「マニフェスト!」
「……なに」
「いや、言いたかっただけ」
「そう」
変だ。なにかがおかしい。どうもいつもの調子が出ない。
「あ、そうか」
「なに」
「ツッコミがいないんだ」
「……そうね」
カスミもこの空気のおかしさを薄々勘付いてはいたらしい。役割で言えば、基本的にはおれやカスミがボケで、ツバキやダイキがツッコミだ。
「って誰がボケやねん!」
「コウちゃん。今のツッコミ、二点」
「何点満点で?」
「十点満点で」
「ならよし!」
「そう」
どうしようか。ボケても誰もツッコんでくれない。このままでは収まりがつかない。
「なぁ、カスミ。ツッコミやってみない?」
「いや」
「ツンデレめ」
「意味が違うわ」
期せずして天丼になった。
ちなみに、天丼というのはお笑いの用語であり――説明が面倒だから辞書引け。載ってないけど。
「おし、じゃあおれがツッコミやってみる」
「そう。がんばって」
「おう!」
「……」
「……」
「……」
「ボケろや!」
「なんで?」
「ツッコミやるっつってんだからボケるのが礼儀だろ!」
「初耳だわ」
「なんでやねん!」
「今のは別にツッコミどころじゃない」
「いい加減にしなさい!」
「だから、ボケてない」
「とにかく!」
無理やり一旦仕切り直す。
「ツッコミやるっつってんだからボケろ」
「いや」
「ひとりでツッコミ宣言してるおれが変な人みたいだろ」
「コウちゃんが変なのはいつものこと」
「ならよし!」
「……」
「……」
「コウちゃんがもしもコメディアンだったら」
「うん」
「司会進行は出来ないわね」
「……うん。カスミもな」
「……ええ」
お通夜か葬式のような沈黙。交通事故にでも遭ったかのように、予期せずして突然自分の限界を知ってしまった。
「ただいまー」
その時、元気な声が家の玄関に響いた。この声は、ダイキの声だ。
「あれ。おまえ、今日は泊まりじゃなかったの」
「や、なんかユウジくんのお母さんが具合悪くなっちゃって」
「ダイちゃん、おかえり」
「おうカスミ! ただいま!」
カスミの言葉におれは片手を上げて爽やかに返事をする。
「帰ってきたのはおれだろぉ! なんでコウが『ただいま』って言うんだよぉ!」
「自分ひとりが帰ってきたと思うな!」
「帰ってきたのはおれひとりだよ!」
戸惑っているような怒っているようなダイキの言葉。
「……ツッコミがいるっていいなぁ」
「そうね」
思わず、かすみとふたりでしみじみしてしまった。そんなおれたちに、ダイキは不思議そうなまなざしを向ける。
「なんの話?」
「うっさいおまえは許可出すまで喋るな!」
「何様だよ!」
「別に何様でもない。けど、いじられて目を潤ませているダイちゃんは不様」
「な、泣いてないもん!」
律儀にツッコミを入れつつも、やはりダイキは目を潤ませていた。
「……いじられ役がいるっていいなぁ」
「そうね」
「だからぁー、なんの話なんだよぅ」
あぁ、わが兄弟の素晴らしきかな。
駄作。