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第三話 長男と次男と遠山の金さん

 掃除って疲れる。


 といってもテーブルと床の表層的な汚れを布巾で拭き取っただけなので、実際には大した労働でもなかったのだろう。


 だけど、興味のないことを無理やりやらされるってのは得てして疲れるものなんだ。主に精神的に。


 おれは体にのしかかる疲労を隠そうともせず、むしろ「私こんなに疲れてますよー」というアピールすらしつつ、自分の部屋に戻るべく階段を上った。器ちっさ。


「疲れた……」

「コウ、コウ、コウ」

「もう寝ちまおうかな……夕方だけど」

「ねぇねぇコウ! コウってば!」

「うーん、でも労働したら腹も減ったし」

「ねぇってば! 無視すんなよぅ!」

「よし、寝ながらにして晩飯を食おう!」

「そこのカッコイイお兄さーん」

「睡眠学習ならぬ睡眠食事だね。新しいー。斬新―。おれすげー」

「すごくてかっこよくて頭がよくてセクシーなお兄さーん」

「兄貴をそんな必死に褒めちぎって、恥ずかしくないのかおまえは。気持ち悪い」

「気づいてんならさっさと返事しろよ!」


 なぜそんなに疲れているのか知らないが、さきほどからおれの周りをちょろちょろと動き回っていた弟のダイキは、汗のせいで長めの前髪を額に張り付かせて、肩ではぁはぁと息をしている。

 まぁ、ダイキは元々体が小さいから、体全体で呼吸してもさして大きな動きには見えないけど。


「おまえこそ用事があるならさっさと言え。明日の朝日が見たいならな」

「なんでそんなに攻撃的なんだよぅ!」


 若干後ろに退きながらもツッコミは忘れないダイキ。将来が楽しみな逸材だ。


「で、なによ。聞いてやるから言ってみな」

「う、うん」


 ダイキは珍しく言いよどんでいるようだ。

 大き目のくりくりとした両目の焦点を虚空に泳がせている。

 なにか言いづらいことなのだろうか。

 数瞬のためらいの後、ダイキは意を決したように口を開いた。


「お金貸して?」

「お金? おまえ……中一にして金の無心か」

「むしん……ってなに」

「無心くんってあるだろ。金貸してくれる機械。アレみたいなもんだ」

「なるほど」


 納得したような、さして興味もないような表情でダイキはうなずいた。

 まぁ、確かにおれの説明はざっくりしすぎてて分かりづらかったとは思う。


「で、なんで金なんているんだよ」

「だって、今クラスでカードゲームが流行っててさぁ、持ってないのおれとユウジくんだけなんだもん」

「ユウジくんと親睦を深めればいいだろ。人には言えないくらいディープに」

「ディープってなに?」

「おまえは知らなくていいことだ」


 ダイキは顔にいっぱいの疑問符を貼り付けている。が、教育上の問題でそこは伏せておく。


「で。一応訊いてやる。いくら貸してほしいんだ」

 しょせんカードゲームだ。大した額にはならないだろう。

「うん。五百円」

「このいやしいブタ野郎が!」

「うわっ! びっくりした!」


 目を丸くするとはこういうことなんだろう、というほどオーバーリアクションで驚きを表してみせるダイキ。


「そんな大金やれるか!」

「ご、五百円って、そんなに大金なの?」

「あたりまえだバカ! ドルに直したら約五ドルだぞ! ユーロに直したら……ええと……もういい! 何でわざわざユーロに直さなきゃいけないんだバカ!」

「なんでおれにキレるんだよぅ!」

「いいか! 五ドルだぞ! そんな大金あったら、バチカン市国くらいならキャッシュで買えるわ!」

「バチカン市国って、五ドルで買えるの?」

「買えるね。同じ規模の小国が五国くらい買えるね」

「バチカン市国って、一ドルの価値しかないの?」

「そんなわけあるか! どんだけバチカン市国をバカにしたら気が済むんだこの野郎!」

「キレるスイッチが分かんないよ、コウ……」

「謝れ! バチカン市国の人たちはさておいても、おれに謝れ! そして慰謝料よこせ! 五百円!」

「やだよ! なんでだよ!」

「その五百円でカードゲーム買うんだよ!」

「別にコウはそんなもんほしくないだろ!」

「ほしいわ! めちゃめちゃほしいわ! ちっちゃく千切って紙ふぶきみたいにして遠山の金さんごっこすんだよ!」

「メーカーさんに怒られるよ! せめて普通に遊べよ!」

「中一のくせにキレのあるツッコミしてんじゃねぇよ!」

「ダメなの!」

「いや! むしろすばらしいね!」

「じゃあよかった!」

「おめでとう!」

「ありがとう!」

「よし! じゃあ話もまとまったところでおれ寝るわ!」

「うん! おやすみ!」


 ダイキの言葉を受けて、おれは部屋に入ってドアを閉めた。

 激しい口論をした結果、ダイキはおれに金を借りに来ていたことを忘れてしまったらしい。バカは扱いやすくて助かる。

 ちなみに、ダイキとじゃれあってて夕食を食べるのを忘れていたどころか、さきほど考案した睡眠食事の存在すらすっかり忘れていたということにおれが気付くのは、翌日の朝のことだった。おれってバカ。







誰も起こしにこない寂しさ。

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