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第二話 長男と次女とセンスの話

 仕方なく、汚れたダイニングのテーブルと床を、濡れた布巾で拭く。


 くそ。誰にも頭を下げたことのないことで有名なほど傍若無人でおなじみのおれが、どうしてこんな雑務を押し付けられなければいけないんだ。

「誰かに頭を下げるくらいならマクドナルドで『スマイル下さい』って注文して思いっきり滑って周りの客の嘲笑を浴びた方がまだマシ……かなぁ……うーん……マシなのかなぁ……微妙だけど……やっぱそれはやだね。うん。冷静になって考えると、それはない」の格言でおなじみのこのおれが。


 まぁ、仕方ない。やるからにはてきぱきとやって、さっさと終わらせてしまおう。

 それに先駆けて、さっきの音楽――盗んだバイクで箱根八里をひとっ飛び――はゆったりと落ち着いた曲調だったので、ノリノリで掃除をするためにテンポの速い曲をかけることにしよう。


「うーん、どの曲がいいだろう。<恋のハーレーで市中引きずり獄門の刑>とか……<キミとふたりで手をつないで、あれ? これ手じゃねぇじゃん! え。なにこれ! ぎゃー!>とか……」


 例えるなら、産みの苦しみのような苦悩と葛藤。

 そんな表現がばっちりとはまるほど、おれの曲選びは難航した。十秒くらい難航した。その難航っぷりときたら、雑誌片手に鼻歌を歌いながら片手間で曲選びすることを余儀なくされたほどだ。

 ここまで説明すれば、おれの苦悩ぶりも分かっていただけるというものだろう。

 そして十秒間さんざん考えた結果、たまたま手に取った<サバの味噌煮−ズ>というアーティストの<わたしを地雷原につれてって。そしてわたしと一緒に死んで!>という曲をかけることにした。

 ぶっちゃけ何でもよかったのだ。


 そうしてノリノリというには語弊があるような平々凡々としたテンションで掃除をしていると、不意に背後から陰が差した。おれは半ば条件反射で後ろを振り返った。


「なに見てんだこの野郎」

「なにしてるの」


 背後に立っていたのは妹のカスミだった。体中の力を抜いているということが雰囲気で分かるのに、背中に棒でも突き刺したようにしゃんと立っている。

 人間から感情の起伏というものを抜いたらきっとこういう生物が生まれるんだろう、というほどの無表情で、おれが掃除する姿を眺めるカスミ。


「なんでダイニングがこんな状況になってるの」

「えーっとな。ツバキが右手で灰皿を振り回しながら左手でミルクティーを飲み、しかもテーブルの下をリンボーダンスで通過しようとしたらこうなった」

「そう。コウちゃん、あまり暴れて汚してばっかりいると姉さんに怒られるわ」

「物分かりいいな、おまえ」

「コウちゃんのウソが下手なだけ。ていうか、そんなウソつき通せると思ってたなら、私を侮辱しすぎ。一度死んで赤ちゃんからやり直さないのをオススメする。というか、もう率直に言うけど、死ねよおまえ」


 どうやらおれは輪廻転生の循環の中にいることすら許されないらしい。毒を吐く時だけやけに饒舌という物騒な特徴を持つ我が妹は、一度死んでみなくてもいいのだろうか。ゆとり教育の弊害だな。言いたいだけだけど。


「で。なんでそんな状況なの、そこ」


 感情の波もなく、先ほどと同じことを尋ねてくるカスミ。ほんとに疑問に思ってんのか、こいつ。ちなみに、そこ、とはもちろん先ほどのダイニング事変の現場を指している。


「まぁまぁ、そんなことは些細な問題だきゃらきにすぇなつぁばら、だよねー。はっはー」

「コウちゃん。噛んだのに強引に話進めようとしないで」

「ていうか、おまえこそ何しにきたんだよ」

「別に。何か飲み物でも飲もうと思って」


 おっ、上手い具合に話がすりかわった。話をはぐらかしたい時は噛めばいい。勉強になったね、これ。


「ところで、なに。この欝になりそうな曲」


 カスミは微かに顔をしかめながら、冷蔵庫を開けた。その中からミルクを取り出し、コップに注ぐ。

 ちなみに、欝になりそうな曲とはもちろん<わたしを地雷原につれてって。そしてわたしと一緒に死んで!>である。


 曲はすでにB面に移っている。B面の曲は、ファンの間ではA面よりも名曲であると評判のラブバラード<ずっと忘れない〜灰皿で左のこめかみを殴ったら右の耳から脳漿が出た〜>だ。


「欝になりそうとはなんだこの野郎! 人がキッチンシンクの末に選んだ名曲を!」

艱難辛苦(かんなんしんく)、ね」


 カスミの訂正の意味はよく分からないが、カスミはこの曲の良さを理解していないということだけは分かった。

 というか、しょせん高一ていどの小娘には分かるまい。

 この陰惨で猟奇的な歌詞なんて最高じゃないか。歌詞、知らねぇけど。


「まぁ、お前もあと三年経ったらこの曲の良さが分かるさ」

「年齢の問題じゃないわ。センスの問題。コウちゃんのセンスは、変」


 ミルクを飲みながらも、まろやかさの欠片もない毒を吐く我が妹。

 うちの妹は言葉をオブラートに包むということを知らない。

 ちなみに、そんなものはおれも知らない。


「ちなみに、どれくらい変?」

「ん。そうね。その度合いを野球で例えるなら」


 おれとカスミの共通の趣味。それは、スポーツ観戦だった。


「盗塁をこころみる清原」

 変だな。


「まったく三振しない清原」

 変だ。


「内角の危険球を颯爽と避ける清原」

 変すぎていっそ興味すら湧いてきた。


「真ん中に甘く入った球をレフトスタンドに豪快に突き刺す清原」

 それは別に普通じゃね? ていうかおまえ、清原のこと好きすぎじゃね?


「そんなことはどうでもいいの」例えにも飽きたのか、カスミは静かに話をブン投げた。

「で、これから掃除するんでしょ」

「おう。やんちゃな姉を持つと弟が苦労するはめになるね」

「あくまで姉さんのせいにする気なのね」

「当たり前だろ。自分のせいだと認めたら責任を取らされる」

 この受け答えがすでに、自分のせいだと認めてるようなものだけど。


「そう。でも紅茶を飲んでむせたあげく、手に煙草の灰を落として、それにビックリした拍子に肘をテーブルにぶつけて、その結果テーブルに紅茶をこぼしたのはコウちゃんなんだから、仕方ないと思う」


 全部見てたんなら、先言え。








タバコでむせるところから見られてた。

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