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第十二話 長男と次男と罰ゲーム

 今回、内容が薄い割にちょっと長いです。

 前後編に分けようかと思ったんですが、ちょうどいい節目がなかったもので。

 申し訳ないんですが、ご了承ください。

「でも、ダイキにも困ったもんだよね」


 リビングでツバキと話をしていると、唐突にそんな話題が出た。


「は? なにが?」

「勉強のことよ。この間の国語の宿題でも学校で叱られたって話でしょ。テストの成績もよくない――っていうか正直最悪だし、毎日遊び歩いてばっかり。なんとかならないかなぁ」

「なんだ、そんなことか。大丈夫、大丈夫。あいつなら心配しなくても、このまま順調にいけば社会の階段から転げ落ちて落伍者まっしぐらだよ」

「だから、それを心配してるんだけどね」

「まぁ、アイツくらいの歳のガキなら、外で遊ぶことも大事だよ」

「それは否定しないけどね。でも、だからって勉強は必要ないってことにはならないでしょ」

「勉強に関してはおれもあんまりしてなかったから、大きなことは言えないけどな」

「なんかいい手はない? ダイキに勉強する気を起こさせるような」


 あのバカに勉強する気を起こさせる、ねぇ。


「もし、ダイキがちゃんと一日二時間くらい勉強机に向かうように仕向けてくれたら、なんかご褒美あげるからさ」


 その言葉を聞いたおれは寝転がっていたソファーからがばっと状態を起こした。


「ご褒美って、キャッシュ!?」

「キャッシュ……って、ええ? ご褒美って現金が前提なの?」

「ええ。金が多すぎて困ることはないので。ええ」


 もみ手をしながら営業スマイルを作ってみせるおれ。ツバキはこれでもかというくらい大きなため息をつく。


「……わかったよ。野口でいい?」

「諭吉で」

「諭吉は無理だよ! んー……じゃあ樋口で! これ以上は無理だよ!」

「引き受けましょう」


 おれはすがすがしい表情で天井を見上げた。今、二階の自分の部屋でくつろいでいるだろうダイキを見据えるかのように。

 あ、ちなみに、分かると思うけど、野口だの樋口だのは、紙幣に書かれてる人物の名前ね。五千円で手を打ちました、ぼく。


 *


「ということで、おまえの指導者をやってくれってツバキから頼まれたから」

「えー、コウが? 指導者とか似合わねー」

「それに伴いまして、まず手始めに用意いたしました、こちらでございます!」


 そう言っておれは直径三十センチほどの立方体の箱を取り出す。上面に丸くくりぬかれ、大人の手が入る程度の穴が空いている黒い不透明の箱だ。


「なに、それ?」


 当然、ダイキは不思議顔だ。おれはダイキの質問には答えずに話を進めた。


「おまえ、この間の国語の宿題で、おれとカスミに協力させたくせに、結果は散々だったらしいじゃん」

「いや、それはコウのせいでもあるんじゃ」

「うっせーボケ。人のせいにすんな」

「や、だってコウがちゃんと教えてくれなかったから」

「ざけんなバカ。おまえに人並みの教養があればそもそも他人の協力をあおぐ必要なんかなかったんだろうが。すべてはおまえの頭がポンコツだったせいだろ! お前がバカだったからバカなりのバカげた結果が出たんだ! それなのに自分がバカであることの責任までおれに取らせるのか! おれか! おれが悪人でおまえが正しいのか! 悔い改めろバカ!」

「ご、ごめん」


 マシンガンのように放たれるおれの糾弾に、気おされたかのようにダイキは尻込みしながら謝罪した。ちなみに、今の言葉はよく考えずに適当な理屈を並べ立てたものだったので、おれ自身にもいまいち意味は分からない。


「よろしい。それを踏まえたうえで、これだ」おれは先ほど取り出した不透明の箱に、ぽんと手を置く。「名付けて、罰ゲームボックス、な」


「罰ゲームボックス?」


「例の宿題の結果が散々だったおまえには、家族から罰ゲームを募った。この中には罰ゲームが記入された用紙が入れられている。おれが適当に引いて出た内容の罰ゲームをお前がやるってわけ」


「罰ゲーム? ははーん、読めたぞ」ダイキは目を細めて、笑みを浮かべた。「罰ゲームの中に<一日何時間勉強する>とかって内容の罰ゲームがあるんだろ? そうやっておれに勉強させるつもりなんだろ。そんな手でおれが勉強なんかするかよ」


 勝手に予想を立てて勝手に悦に入っているダイキをよそ目に、おれは罰ゲームボックスから用紙を取り出した。


「じゃあ最初の罰ゲームだけど、こんなん出ました。

<あらかじめ削いでおいたおまえの片耳にパン粉をまぶしたものを、油でカラッと揚げて美味しくいただく>だって」

「ハードル高すぎだろ! <あらかじめ削いでおいた>ってなんだよ!」

「だから、言葉通りの意味だって。お前の片耳をあらかじめ削いでおくんだよ」

「そんなモン美味しくいただけるか!」

「大丈夫だよ。美味しくいただくのはおれだから」

「あんたホントに美味しくいただきそうだからイヤっすね!」


 おれが必死で考えた罰ゲームを、ダイキは無下に却下した。思春期の心は難しい。


「じゃあこんな罰ゲームはどうよ? これはおれの案なんだけど<スクランブル交差点の中心でオンナの人を指差しながら『おまえ、それドブでふやけたスーパーボールじゃなくて単なるドブスのお姉さんだからー!』と叫ぶ>」

「すいませんホント勘弁してもらっていいですか」

「だめ? あぁそう。じゃあ次ね。<満員電車のシルバーシートに横たわる>っていうのは?」

「いや、今までのに比べたらまともだけど、中一の子供にそれやらせようとする教育どうよ」

「バッカ。中一だから許されるんじゃん。おれやツバキがやったら可及的すみやかに車掌さん呼ばれるわ」

「どっちにしろあんたら保護者は白い目で見られますけどね!」


 弟のツッコミが日に日に大人びてきている気がするのだけど、気のせいだろうか。


「あっ、この罰ゲームまだ続きあったわ。<そのせいでお年寄りがシートに座れなくて困っていたら『あ、気が利かなくてすいません』と声をかけて、お年寄りが一抹の期待を抱いたところで――隠しておいたモップの柄でガツーン!>」

「ガツーンじゃねぇよ! ていうかなんで殴るんだよ! お年寄りは大事にしろよ! そもそもモップなんて隠して電車乗れないし!」

「別に<アイスピックで耳の穴から脳漿をえぐりだす>でもいいらしいよ」

「凶器の問題じゃねぇよ! ていうか表現がグロいよ!」

「ちなみにこのお便りは、遊佐家の次女である遊佐カスミさんからいただきましたー。カスミさんありがとー」

「あんのアマ!」

「よし。あんのアマ! って言ってたこと、カスミにはちゃんと伝えておいてやるからな」

「あ、すいません。ほんと自分調子こいてたっす。マジで勘弁してください」


 電光石火の速さで土下座するダイキ。こういうところはまだ大人びてこなくていいと思うんだけど。まぁいいか。

 とにかく、この罰ゲームもダイキにはお気に召さないらしい。次の罰ゲームを引くとしよう。

 ボックスから、次の罰ゲーム記入用紙を引く。氏名欄にはツバキの名前が記入されていた。で、肝心の内容はというと。


 <同じ失敗を繰り返さないように、一日二時間の勉強を義務づける>


「……」


 罰ゲームじゃなくてしつけだろ、コレ。それなら初めから罰ゲームなんていう案には乗らないで、自分で真っ当な教育するべきだろ。


「え。ど、どんな罰ゲームが出たの?」

「すいません、間違えました」

「なんで戻すんだよ! ちゃんと読めよ」

「はいはい。次のお便りでーす」

「な、なんて書いてあったんだよぅ! ずるいぞ!」


 何食わぬ顔で用紙をボックスに戻すおれに、不満顔のダイキ。もちろん無視。


「続いての罰ゲームは、あ、またおれのだ。<内臓を担保にして闇金から百万円借りて、おれにくれればいいじゃん!>」

「なんだよその個人的な要望のみの罰ゲーム! そもそも中一に金貸してくれる闇金なんて多分ないから!」

「大丈夫! それに関してはすでにリサーチ済みだ!」

「リサーチ済みなの!? っていうか、なんですでにその罰ゲームやらせる気まんまんなんだよ!」

「だめ?」

「だめだよ!」

「あっそう。じゃあ次の罰ゲームね」


 ダイキはなんだか疲れたようにうなだれている。よし。無視。


「次の罰ゲームはー、お、カスミのだな。<マッチのモノマネをする>」

「あ、それならできそう」


「マジで? <火を点ける方のマッチだけど>って書いてるよ」

「そっちのマッチかよ!」


「やー、さすがにカスミは頭いいなぁ。<ダイちゃんの頭に可燃剤、酸化剤などの薬品を練り込んだ薬品をたっぷり塗りつけて、発火剤、摩擦剤などを練り合わせた薬品を塗り込んだ紙やすりの上で、ものすごい勢いのヘッドスライディングをすれば可能、かも?>だって」

「可能、かも? じゃねぇよ! 死ぬわ!」


「なにおまえ、反抗期?」

「自己防衛だよ!」


 難しい言葉知ってんなぁ、こいつ。最近のこいつって、おれより大人なんじゃないか。


「じゃあ次の罰ゲームいってみよう」

「あんた、明らかにちゃんと罰ゲーム決める気ないよね!」


「あ、これツバキのだ。じゃ、これは読まずに戻して、と」

「なんでツバキちゃんのは読まないで戻すんだよ!」


「えーと、お、これはまたおれの罰ゲームな」

「無視かよ!」

「<今から一週間の間、言葉の語尾にかならず『いや、エロい意味じゃないよ?』とつける>」

「なんのフォローだよ! 逆に誤解されるだろそれ! いや、エロい意味じゃないよ?」


 早速乗ってきたダイキ。やっとゆるい罰ゲームが出てきたものだから、なんとかそれで乗り切ろうとしているのだろう。


「言っとくけど、今おまえ滑ってるよ?」

「あんたが言わせたんだろ!」


「まぁまぁ。この罰ゲームには続きがあるんだ。<今から一週間の間、言葉の語尾にかならず『いや、エロい意味じゃないよ?』とつける。それだけならまだしも、危ないクスリをやってトリップする>」

「関連性ないだろ! それだけならまだしもってなんだよ! なんであんたら兄妹は、おれを犯罪者にしたがるわけ?」


「<さらに、正気に戻った時、なぜか右手には血で染まった大きなサバイバルナイフが握られており、左手には大量の毛髪、さらに全身には鮮やかな返り血が……>」

「怖っ! 怖いよ、なにしたのおれ!? ていうか、自分の意思じゃできないだろ、そんな罰ゲーム!」


「おまえなぁ、さっきからワガママが過ぎるぞ。こんなんじゃ罰ゲームなんか決まらないだろ」

「実現可能な罰ゲームがないからだろ!」

「実現は可能だろうが! ただ、お前が逮捕されたりちょっと血なまぐさい目に遭ったりするだけで!」

「だから、それが問題だっつってんだよ!」

「じゃあもう手っ取り早い罰ゲームとして、糖分を過剰摂取して若年性糖尿病になれよ! おまえ!」

「手っ取り早くねぇよ! しかもなんだその後を引く罰ゲーム!」

「じゃあニッパーで鎖骨とか切ればいいじゃん!」

「やだよ! 想像しただけで痛いわ!」

「ワガママ言うな! いいからやれよ!」

「ワガママじゃないだろ! そんな罰ゲームやるくらいならきちんと勉強するわ!」

「じゃあ、毎日二時間勉強できんのか!? おまえ!」

「やってやるっつーんだよ!」

「あぁそう! 絶対だな! できなかったら分かってんだろうな!? 今度こそ絶対罰ゲームやらせるかんな!」

「やってやるよ! 勉強すりゃ済む話なんだろ!」



「そっか。じゃ、がんばって」

「え?」


 なんか、解決した。

 我が愚弟は、頭に血が上るとバカになってくれるので助かる。


「だ、だましたな、コウ!」

「だますとは人聞きの悪い。勉強するって宣言したのはおまえだよ?」

「あ、悪質な誘導尋問に引っ掛かったんだ! こんなのは無効だ!」

「いいか。バカのおまえにいいことを教えておいてやる。契約ってのは口頭でしたものも有効なんだよ。つ、ま、り。おまえはしっかり勉強しなきゃいけないし、もしそれを破ったら罰ゲームを受けなきゃいけない」

「ま、マジかよ」


「別に無視してもいいよ? ただ、おれは法で守られてるし? もしおまえが約束を破ったり、勉強してるふりしておれを欺こうとしやがったら、おれは罰ゲームをやる楽しみが増えるだけだからな」

「お、鬼……悪魔……」

「分かってねぇな。法律っていう分かりやすい正義はおれにあんだよ。この国の法律じゃ契約を履行しようとしているおれが正義で、反故にしようとしているおまえが悪だ。おれは、やると言ったらやる。法に触れないギリギリのところで、おまえが一番苦しむ罰ゲームを考えて、実行する」

「……」


 ダイキは顔を蒼白にしている。その顔には――おそらく冷や汗だろうか――多量の汗をかいている。

 あ、なんかすっごい楽しい。


「ちなみに、それから逃れる方法があるんだけど」

「え? なになに?」


 途端に目を輝かせてみせるダイキ。ちょっと持ち上げただけでこれだ。こいつはきっと、セールスマンにだまされてあやしいツボとか買っちゃうタイプだろう。


「聞きたい?」

「き、聞きたい聞きたい!」

「千円」

「は?」

「だ、か、ら。千円でおまえを今の窮地から救う、ありがたーい作戦を教えてやるっつーんだよ」

「か、金とんの!?」

「あたりまえだボケ。世の中そんな甘くねぇんだよ」

「わ、分かったよ」


 よっぽど勉強したくないのだろう。ダイキはしぶしぶ財布から千円札を取り出した。


「毎度あり。じゃ、教えてやる。けど、その前に」

「こ、今度はなんだよ」

「この作戦はなー、おれが協力してやらないと、実行できないんだよなー」

「え?」

「あー、あと千円あったらおまえの味方してやるんだけどなー。たった千円じゃ作戦を教えてやるのが限界だなー。しかもたった千円じゃ、口が滑って作戦の内容をツバキに言っちゃうかもなー」

「き、汚ねぇ! 最初からそのつもりだったんだろ!」

「んー、聞こえなーい。今使った千円を有効な買い物にするのか、ドブに捨てるのかはお前次第だ。つーか、千円でおれを味方につけれるんだよ? こんな安い買い物ないよ?」

「ちくしょー、ろくな死に方しないぞ、おまえ」


 言いながら千円札をおれに叩きつけるダイキ。


「何とでも言え。毎度あり」

「で、なによ。作戦って」

「簡単なことだよ。おれは『テストで高得点を取れ』とは言ってない。ここがポイントだ。ちなみに、おれはツバキにもそんなことを頼まれてはいない。ツバキがおれに頼んだ内容は『ダイキがちゃんと一日二時間くらい勉強机に向かうように仕向けてくれ』だからな。つまり、一日二時間、勉強机に向かった結果が悪くても、罰ゲームにはならない」

「えっと……どういうこと?」


 おれはダイキの耳元で小さくささやいた。


「とりあえず一日二時間、机に向かっとけ。マンガでも読んでりゃいいから。そんで、誰かが入ってきたらそのマンガは、あらかじめ広げておいた参考書の下に隠しとけ。それだけでおまえは罰ゲームを免れるし? おれの面目躍如にもなるし? おまえが勉強していると思い込んでいるツバキは嬉しいだろうし? あら不思議。なんと、みんなハッピーなんだねーこれ」

「おおー。すげー!」


 別に何一つすごくはないのだが、ダイキはまるで自分を救うメシアを見るような感嘆の眼差しを向けてきた。


「だろ? だからお前は労せず罰ゲームを逃れられるんだよ」

「おお! 助かったぁ! 一日二時間も勉強するなんてごめんだからな!」


 すべて計画通りだ。正直、おれが提案した案は、作戦と呼べるほどのものじゃない。そんなズサンな計画が、ここまでうまくいくとは。全部、ダイキがバカなおかげだ。これで労せず七千円をゲットしてしまった。

 おれは緩みそうになる頬を引き締め、ダイキを眺めた。おれの作戦を疑う様子もいぶかしむ様子もない。完璧だ。

 おれは自分の計画が手はずどおりに進んだことに満足し、ニヤけた表情をダイキに悟られないように手に入れたばかりの千円札で口元を隠した。


 しかし、このときおれは、部屋の入り口で一連の会話を全て聞いていた人物がいたのに、まったく気付いていなかった……。







 安易。

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