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第十一話 長男とその友人達のその後

「あ、コウじゃん」


 ヤマトからの電話を子守唄代わりにしたら、いつもより良く眠れた――そんな陰惨な事件から一夜明け、大学の構内を歩いている時。ミズホがおれに声をかけてきた。


「おう、ミズホ。昨日はどうだった」

「うん。星野は思ったよりいいヤツだったな」

「マジで?」


 このオンナは正気なのだろうか。よりによってヤマトをいいヤツとは。

 おれがミズホの好みを疑いはじめた時、おれの予想をくつがえすようにミズホが口を開いた。


「なんかさ、Mっぽい雰囲気だしてるじゃん、星野って。なんかいつも以上にポンポン言いたいこと言えちゃったし、いいストレス解消になった」

「……」


 いつもはこいつなりに、良識の範囲内で毒を吐いているということだろうか。その枷をはずして、思う存分毒を吐くミズホ。考えただけでぞっとする。

 なんにせよ、ヤマトはミズホの単なるストレス発散のためのはけ口になってしまったらしい。


「なんか話してる最中、ずっと涙目だったけどな、星野」


 想像に難くない光景だった。

 ……まぁ、楽しんだみたいで何よりだ、うん。ヤマトだってMなんだからうれしかったに違いない。うん、そうに決まってる。

 そんな感じでミズホに昨日のデートの様子を尋ねていると、不意に横から見知った顔が視界に入った。


「……コウタ」


 そう。今にも死にそうな声で話しかけてきたのは、星野ヤマトその人だった。


 ヤマトの表情をうかがう。ヤマトは、おれを食い殺さんばかりの勢いでにらんでいる。鋭利な刃物のような視線だ。

 目は口ほどに物を言う、とはこういうことを言うんだろうか。


 その目は口よりも雄弁にこう語っていた。


「感謝してるよ親友よ。こんなにステキな女の子を紹介してくれるなんて。おれさぁ、明日付けで彼女と籍を入れようと思うんだ。ハネムーンはサイパンがいいかな、なんて思っててさ。で、いつか彼女との間に子供が生まれたら、名前ももう決めてあるんだ。女ならあびる優、男ならカール・ゴッチ……なんて。ははっ。まだ気が早すぎるよな。でも、彼女とならそんな夢物語も叶えられそうな気がするんだ。とにかくおまえのおかげでこんなステキなハニーと知り合えて、おれは本当に幸せだよ。おまえは本当におれの一番の親友だよ」と。


 だから、おれはそんなヤマトの溢れんばかりの感謝に全力で応えるべく、こう言った。


「おまえなんか親友どころか友達ですらねぇよ」


「はぁ!? 意味分かんねぇ、いきなり絶縁宣言かよ! そりゃこっちの台詞だ! ちょっと来い!」


 そう言っておれをミズホから離れた場所に連れ出すヤマト。


「なんだよ。話があるなら早くしろよてめー殺すぞ」

「えらい高圧的っすねあんた!」

「つーかおまえ、おれが寝てる間に着信履歴いっぱいにすんのやめてくんない? 相手がおれじゃなかったら半殺しにされてるかもしんないけど、相手がおれだったばっかりにおまえ全殺しだよ?」

「相手がおまえじゃなかったらそんなことする必要ないですからね!」


 ヤマトはえらく興奮しているようだ。


「なんだよ。なに興奮してんの、おまえ」

「おい、コウタ」

「ん」

「おまえ、この間おれにこう言ったよな。『かわいくて性格もいいコががおまえを待ってる』って」

「うん」

「おまえ、アレのどこが性格いいんだよ! 話しててちょっと自殺願望芽生えたわ!」

「え? じゃあもうちょっと頑張れば、ヤマト死んでくれんの?」

「なんで殺す気満々なんだよ! ていうか、もうちょっと性格のいいオンナいなかったのかよ!?」

「仕方ないじゃん。おまえみたいに三歳児の作った泥団子みたいな顔してるやつには、多少なりとも欠点のあるコしか寄ってこねぇんだって」

「どんなだよ! 普通に傷つくわ!」

「ヤマトが傷ついたところでおれの心は痛まないから別によくね?」

「おまえ、それは思ってても言っちゃダメだろ!」

「そもそもおまえなぁ。年頃の女の子になんて失礼なこと言うんだ。十分いいコじゃねぇか。おまえみたいに冴えないやつが女の子に好かれるチャンスなんてあと半世紀はこないぞ。まぁ結果的にはミズホにも、ちっとも好かれなかったわけだけど」

「そんな絶望的なこと言うなよ……」


 おれが言ったことを想像したのか、ヤマトは露骨に肩を落とした。若干目に涙を溜めているようにも見える。


「だいたいなぁ、ヤマト――じゃなかった、三歳児の作った泥団子が『どうしても彼女がほしい』っつーからわざわざ紹介してやったんじゃないか。ヤマト――じゃなかった、三歳児の作った泥団子は、おれの厚意を無駄にする気か?」

「訂正するのが逆だよ! しかも長いわ! おまえ失礼にもほどがあるだろ!」

「まぁ、がんばって仲良くなれよ。せっかくおれが紹介してやったのに、おまえはそれを無駄にする気か? せっかくミズホの攻撃的な部分を全部おまえに押し付けてやろうと思ってたのに、おまえは友達甲斐のないヤツだな。鬼。悪魔。この犬畜生が」

「話聞いてたら、おまえのほうがよっぽど友達甲斐ねぇよ!」

「いや、つーかおまえなんか友達じゃねぇし」

「三秒前と言ってること違うんですけど!」


 ツッコミの連続で、はあはあと息を切らしているヤマト。

 驚くほど話が前に進んでいない。あ。おれのせいか。


「で、結局昨日はどういう話になったわけ。最終的にさ」


 おれは無理やり話を先に進めることにした。


「いや……なんか、ミズホちゃんに毒吐かれるままだったから、特になにも進展はないけど」

「ふーん。じゃあ、ちゃんと話したほうがいいんじゃないの」


 なにが「じゃあ」なのかは自分でもよく分からなかった。

 ただ、そうしたほうがおれとしては面白いと思っただけの話だった。


「そう、かな」

「だって、お互いに消化不良のままなんだろ? これから仲良くやってくにしろ、そうじゃないにしろ、ちゃんと話したほうがいいんじゃないの?」


 おれは先ほどの言葉を繰り返した。

 我ながらよく分からないことを言っているな、と思った。


「そっか……そうだな。うん。分かった」


 おれのよく分からない説得に、ヤマトは納得したようだった。

 まぁ……ヤマトが分かったって言ってるならそれでいいか。

 よく分からないけど面白い展開になってきたな、と思っておれはほくそえんだ。


「じゃあちょっとミズホちゃんと話してくるけどさ。いいか! ぜーったいに余計なことすんじゃねぇぞ!」


 執拗に念を押して、ミズホの前に近寄っていくヤマト。これはどういう意味なのか。おれには考えるまでもないことだった。


 お笑い芸人に「押すな」って言うってことは? お笑い芸人に「そこにバナナの皮があるから転ぶなよ」って忠告するってことは? そう。これはいわゆるお約束というヤツなのです。私はそれに全力で答える義務があるのです。正直、半笑いです。

 自分の中でそう結論付けたおれは、出来うる限りの力でヤマトを前に押し出した。

 分かりやすく言うなら、タックルした。


「な、おま……!」


 結果、ヤマトはミズホに思い切りぶつかる。衝撃でその場に尻餅を付きそうになるミズホを、すかさず抱きとめるヤマト。ほぼ条件反射だったんだろうが、いくら「性格ブス」と称していても、相手は女の子なのだという意識が働いたんだろう。


「あーあ。ヤマトってば手が早い」

「おまえのせいだろ!」


 ミズホが体勢を整えたことを確認すると、ヤマトは慌てた様子で体を離そうとした。だが、あせった拍子に、ヤマトはミズホを突き飛ばしてしまっていた。


「いって……なに調子こいてんだ、おまえ」


 ミズホは親の仇を睨みつけるような目をしていた。これはアレだ。キレてる。

 刺すような視線を向けられたヤマトの肌は、遠めで見ても分かるほど鳥肌でいっぱいになっていた。


「や、らぶらぶだねぇ。なんつーかアレだねぇ。アツイねぇ。先発投手大炎上って感じだねぇ」

「それはアツイってことを示す表現じゃねぇ!」


 おれが言うのもなんだけど、今のおまえにとって、ツッコミどころはそこじゃないだろうに。


「まぁいいや。おれ、そろそろ晩飯の時間だから帰るわ。ママに怒られちゃう」

「おまえ母親いないだろうが! つーか助けろよ! ちょ、なんで拳握ってんのミズホちゃん! うわ、待って、痛いっ、ごめんって! ちょ、こら、コウタ! おま、助け……いやあああああああああっ!!」


 そんな絶叫を聞きながら、おれはその場を後にした。

 鬼のような形相をしたミズホ、ぼろ雑巾のようにされるヤマトの姿を、それぞれ想像しながら。


 その日の出来事で一番おれの印象に残ったこと――それは、我が家の今晩の献立が麻婆豆腐だったことだ。







 コウタと大学の友人たちとのお話は、とりあえず終了です。

 次回からはまた遊佐家に焦点をあてたお話になります。

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