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第十話 長男とその友人達の出会い

 ヤマトはあんな人間だから、「シャチョサン、イイコ入ッテルヨー。一万円ポッキリヨー」というと、手放しで喜んだ。一万円もくれた。

 ヤマトやミズホにとってはいいことだし、おれの財布は潤うし、いいことだらけなのだけど、ヤマトから仲介料としてもらった一万円は、またもエリと山分けという形になった。自分の手を汚していないという意味では、実はあのオンナが一番腹黒いんじゃないだろうか。

 そして、ヤマトとミズホが初対面を果たす、その日が訪れた。


 *


「で、ホントにかわいくて性格もいいコが来るんだろうな」


 訝るような視線はヤマトのものだ。

 腕時計を見る。待ち合わせの時刻である正午に差しかかろうとしていた。

 そろそろミズホがここに来る手はずになっている。待ち合わせ場所である、近場で一番栄えている駅の前だ。

 時間も手伝って、たくさんの人たちがそこら中を行き交っている。

 おれは言った。


「やっぱ今までの話はなかったことにする」


「なんっでだよ!」


「おまえの上から目線が気に入らないから」


「おまえ、そりゃ横暴だろうよ。こっちは仲介料まで払ったのに」


 ヤマトは渋い顔をする。おれの口車に乗せられたとはいえ、出会いのために大金を払うこいつの姿は、悲哀を誘ったものだ。

「いや、別にそこまで飢えてるわけじゃないぜ? いや、マジで。ただ、おまえがせっかく紹介してくれたわけだし? 友達の顔を立てるってやつ? いや、ホントホント。本気だしたらすげーモテんだぜ? おれ」とはヤマトの弁。喋れば喋るほど憐れになっていくやつだ。


「もう時間過ぎてるよな、おい。本当に来るんだろうな。来るんだよな。まさか来ないなんてことはないだろうな」


 こいつは、喋るたびに自分の「実はモテる」発言に信憑性がなくなっていくことを自覚しているんだろうか。


「いいから黙って待ってろハゲ。大体、時間過ぎてるったって、まだ三十秒かそこらだろ」


 おれは腕時計を見ながら言った。


「おれの三十秒は常人の十秒に匹敵すんだよ」


「よっぽど尊くないんだな、おまえの時間は。なかなか自己分析が正確だな」


「え? は? なに言ってんの、おまえ」


 自分の言葉の中にある間違いに気付かないらしい。こいつはバカのくせにインテリぶって自爆することがたびたびある。


「コウ」


 自分を呼ぶ声に気付き、おれは振り返った。そこに立っていたのは、案の定ミズホだった。


「お。来たな」


「待った?」


 キャラに合わない気遣いをするミズホ。こう見えて案外、緊張しているのかもしれない。


「ヤマト。こいつがミズホ」


「よろしく」


 笑顔を作ることもなく、かといって愛想がないというわけでもない、というような微妙なニュアンスでミズホは挨拶してみせた。

 対するヤマトは、なぜかは分からないが目を丸くしていた。


「で、こいつがヤマトな」


「星野ヤマトだよー。ミズホちゃん、よろしくねぇー」


 わざとらしく可愛らしさをアピールするヤマト。

 そういえばこいつ、ちょっと前に「今はオラニャン系が旬なんだよ」とか訳の分からないことを言っていた。

 どうせギャル男系の雑誌からの受け売りだろう。


「コウタ。ちょいちょい」


 少し離れた場所からおれを手招きするヤマト。

 おれは仕方なくヤマトに近づいた。


「あんだよ殺すぞハゲ」


「思ったより美人なコじゃんか! よくやった、褒めてやる!」


 ヤマトは相変わらず上から物を言ってきた。

 満面の笑みだ。

 対するミズホの表情をのぞき見ると、なんだか怪訝な表情をしていた。

 まぁ、他人の内緒話なんて、見てて気分のいいものじゃないだろう。

 だからと言って、ヤマトに人情の機微なんてものを説いても時間の無駄だ。


 とにかく、第一印象だけで言えば、ヤマトはミズホのことを気に入ったようだ。

 どうでもいい相手なら、わざわざキャラ作りをしたりしないだろう。

 ミズホも外見だけならおそらく「美人」と言われる部類に入る、ということなんだろう。

 そもそもヤマトは、初対面にして瞬時に人間性の善し悪しを判断できるほど、頭がよくも観察眼に秀でてもいない。それ以前に、そうしようとする意識もおそらくないのだろう。


 問題はミズホだな。

 可愛らしさを狙って笑顔を作っているヤマトは放っておいて、おれはミズホを少し離れた場所に連れ出した。


「どうだ。ヤマトの第一印象は」


「なんか……話し方がキモイ」


 とりあえずオラニャン系は失敗したらしい。

 キャラ作りが裏目に出る。そんなシーンを目の当たりにすると、こうも痛々しいものなんだな、と思った。


 *


 簡単な挨拶を済ませた二人を置いて、おれは家に帰った。

 二人もいい年齢なんだし、初対面と言えど二人きりでもコミュニケーションは取れるだろう。


 満面の笑みでおれを見送ったヤマトと、なんだか苦い顔で、おれに残ってほしそうにしていたミズホ。

 元々うまくいくとは思えなかった計画にさらに不安要素が混ぜ合わさった気がした。

 なので、変に話がこじれる前に逃げ出したというのが本音だ。


 夕方頃には、二人の恋の架け橋役を買ってでていたことなどすっかり忘れ、おれは衛星放送のサッカー中継、バルサミコ酢FC対ファンタジスタ田嶋組の試合を視ていた。

 バルサミコ酢FCが華麗なオーバーヘッドキックを決めたかと思えば、ファンタジスタ田嶋組が教科書どおりの素晴らしいヤクザキックを放つなど、試合は一進一退の攻防を見せた。

 ただ、ひとつ気にかかるのは、ヤクザキックを放った選手がなぜか退場してしまったことだ。キックした際に足首でも痛めたのだろうか。心配だ。

 息もつかせぬ攻防戦の末、結局ファンタジスタ田嶋組に退場者が続出し、規定参加人数を割ってしまったため、バルサミコ酢FCの勝利となった。


 ケータイが鳴っている。

 熱狂の余韻の中にいたおれは、その音で我に返った。

 ディスプレイに表示されている発信者名は、<バカ>。

 おれは通話ボタンを押した。


「もしもし、バカ?」

「バカじゃねぇよ! 天才だよ!」


 電話口から響いたのはヤマトの声だった。正直その返しもどうなんだろう、と思った。


「コウタ。おれ今さぁ、中央区の三丁目にあるカフェにいるんだけど、例のコと一緒に」

「ああ」


 例のコという表現に、よそよそしさを感じる。

 心なしか、ヤマトの声が涙ぐんでいるように聞こえた。


「話が違うじゃねぇか、ちょっと来い」


「やだね」


「いいから来いよ。おまえが企画した話だぞ」


「やだよ」


「どうせヒマしてんだろ? いいから来いって」


「んー。それがヒマじゃないんだよな。今、我が家の周りだけ局地的な大雪が降って、家に閉じ込められてるんだよな」


「局地的すぎるだろ! ウソつけよ!」


「ウソじゃないって。そのうえ雪の上には点々と血痕が付いてるわ、弟の部屋でバラバラの死体が発見されるわで大変なんだってば」


「だからウソつくな! なんでお前のウソはいちいち血なまぐさいんだよ!」


「しかも、おれのウソ彼女がおれの脳内で三角に折りたたまれて死んでんだよ。静かに喪に服させろ」


「ウソ彼女ってなんだよ! 寂しすぎるだろ! しかもなんだその変死体!」


「おまえさぁ、公の場にいるんだろ。さっきから変死体とか血なまぐさいとか、物騒なことばっか言うなよ」


「おーまーえーのーせーいーだーろーおーがー! いいから来い! いいな!」


 そう言って、おれの言葉も聞かずに通話を切るヤマト。


 ヤマトの声は、ずいぶんと鬼気迫る感じだった。

 きっと、よほど切羽詰まっているんだろう。

 おれが来るのを今か今かと待っているに違いない。


 さすがにあそこまで言われたら仕方ないな。さ、寝るか。







寝た。

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