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第一話 長男と長女とダイニングでの騒動

 力技的な強引な笑いと倫理的にどうかと思うような笑い(いわゆる不適切な表現)が多く含まれてますので、そういったものに抵抗がない方は、ぜひ。

 このお話全体を通して見ると、グロい表現は多分にありますが、状況としてはまったくグロいものではないのでたぶん大丈夫かと。

 カーテンの切れ間からは木漏れ日のように細く日が差している。

 その暖かな春の日差しにおれは少し目を細めると、テーブルの上に置いておいた、事務的な注意書きが幅を利かせている長方形の箱を手に取る。

 マールボロと書かれたそれは、おれの一番好きなタバコの銘柄だ。

 そこからシガレットを一本取り出し、それを口にくわえると、おれはおもむろに火をつけた。

 煙をゆっくりと肺に送り込む。

 おれにとってはこれ以上なく効果的な一服の清涼剤だ。途端に気分を落ち着けてくれる重厚な味わいが肺いっぱいに広がる。


「ごほっ! げほっ! ぐほっ!」


 むせた。


 気を取り直して。

 ゆらゆらと立ち上る紫煙が顔にまとわりつく。

 口を薄く開くと、おれは肺に入れた煙をゆっくりと吐き出した。

 うん、おれの一番好きな味だ。


 当然ながらいつも通りのその味に気分をよくしたおれは、木製のサイドテーブルの上に置いてあるコンポでお気に入りの音楽、オリコン初登場八十九位の<盗んだバイクで箱根八里をひとっ飛び>を流し、これまたお気に入りのミルクティー<アフタヌーンのティー>を口に含んだ。

 口の中に広がる上品な風味。舌を通り抜ける軽やかな味わい。

 ほどよい冷たさを保ったそれを、おれはゆっくり味わいながら喉に流し込んだ。


「ぐはっ! ごふっ! げはっ!」


 器官に入った。


 気を取り直し……。


「うわっち! ばか! あっちぃ!」


 タバコの火種が手に落ちた。


「いって! あっつ、いったー!」


 熱さのあまりテーブルにヒジをぶつけた。


「あっ、ちょ、ばか」


 テーブルにヒジをぶつけた衝撃でミルクティーがこぼれた。


 灰皿の中にあったタバコとその灰が散らばるわ、こぼれたミルクティーでびしょびしょに濡れるわでちょっとしたブランニューシットになっているテーブルと、そのよく分からない液体の洗礼を浴びるフローリングの床。

 うん。惨事だ。この事件をダイニング事変と名付けよう。

 つーか、ヒジ痛っ。


「ちょっと、コウタ。何してんのさ、あんたは」


 涙目で咳き込みながらヒジを押さえてうずくまっているおれを見つけて、姉のツバキが駆け寄ってくる。今しがた帰ってきたばかりなのだろう、会社へ出勤するときのスーツスタイルのままだ。


「まぁ、なんつーか。ちょっとハードボイルドがマイブームで」

「情けないハードボイルドだねぇ」


 柔らかそうな長い黒髪をかきあげながら、ツバキはバカにしたように深く息をついた。


「コウタ。今日は大学もバイトも休みだったんだっけ」

「休みじゃないけど、午前中だけだった。バイトは休み。ていうかツバキこそ、いつ帰ってきたの」

「ん。ついさっきだよ。ていうか、呼び捨てにするなって、いつも言ってるでしょ」


 ツバキは後ろでまとめていた髪をほどきながら、唇を尖らせた。一応、姉としての威厳を保ちたいらしい。


「器ちっさ」

「うるさいよ。まぁ、呼ばれ方に関してはもうあきらめてるけどね」

「なるほど。男はあきらめが肝心っていうもんな」

「誰が男だよ。こんなにいい女つかまえて」

「いい女? ボケるのは勝手だけど、おれ、ツッコミとか苦手だよ?」

「ボケてないよ?」


 怒るというよりもむしろあきれた様子で、ツバキはため息をついた。


「でもびっくりしたよ。帰ってきたらあんたが咳き込みながら暴れてたから」

「咳き込んでたわけじゃない。つわりだ」

「妊娠してたの、あんた」

「あなたの子よ」

「え。パパあたし?」

「イエス、アイドゥー」

「そっか。じゃあベビー用品集めておかなくちゃ、ってこら」


 よく言えば、緩急や変化球を織り交ぜた会話のキャッチボール。悪く言えば珍妙な会話である。

 ていうか、キレのないノリツッコミなんかする余裕があるなら「イエス、アイドゥーはおかしいだろ」ってツッコめよ。


「まぁ、いいか。コウタ、その辺ちゃんと片付けておきなよ」

「私はとてもイヤです。なぜなら、それはとても面倒だからです」

「なにそのちょっとしたニューホライズンみたいな断り方」

「なんで素直に英語の教科書って言えないんだ」

「なんで素直にごめんなさいって言えないの」


 なぜおれがごめんなさいと言わなければならないのか、まったく分からなかった。変な姉だ。


「あんたにだけは変とか言われたくないけどね」


 黙りやがれ。







一回目の連載にして、オチに関しても展開に関しても全力でブン投げた。

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