問題児
「ちょっと待ってよ、守道……! 僕を置いていくなんて酷いじゃないか」
「……あのな、吉平。 俺は今、陰陽師人生で最大の危機なんだよ」
陰陽頭より文を賜っている大切な時に遅刻など、非常識にもほどがある。
陰陽寮に出仕する寮官たちならば、処罰の対象だ。
それはたとえ身内であろうとも、例外ではない。
守道は今、陰陽師としても寮官としても足場の脆い、非常に危うい崖の上にいる状況なのだ。
だから…ちょっと黙れ。
守道は隣を並走する吉平を睨む。
最後の一言をあえて口に出さなかったのは、守道の吉平に対する優しさだ。
こんな変人まるだしの吉平でも、一応大事な幼馴染みだから。
しかし、そんな守道の優しさを知ってか知らずか…。
吉平は並走しながら袂で口を押さえ、守道の顔を覗き込んだ。
「大変だね、守道」
「お前も俺と同じく陰陽師人生最大の危機だろ!!」
守道は額に青筋を浮かべ、怒りで全身を震わせながら全力で叫ぶ。
あくまでも、他人事なのかこいつは。
自分が陰陽寮の寮官であることに、もっと自覚と誇りを持てないのだろうか。
そして、想像してほしい。
普段はとても優しくて怒鳴ることのない保憲が怒った姿を。
きっと、優しい笑みの裏に怒りを隠した保憲が特大級の雷をちらつかせながら守道達を待っているはずだ。
「あぁ……絶対怒ってる。 じぃちゃん、絶対怒ってるよ……」
陰陽寮の一室で待っているだろう保憲を想像して、守道は走りながらもさっと青ざめる。
想像したら、恐ろしくてたまらない。
「ねぇ、守道。 こうなったら、保憲様の命令を放棄して逃げる?」
「…………………は?」
大内裏の入り口の朱色の柱に白い壁の朱雀門はすぐ目の前。
しかし、守道は思わず立ち止まり、たっぷりと間を置いて聞き返した。
ちょっと待て。
どこをどう考えたらそんな突拍子もない答えが出てくるのだ。
さすが、陰陽寮最大の問題児、安倍吉平。
もはや、いっそ清々しい。
守道だったらまず、行き着かない答えだろう。
目を呆れたように半眼にしながら、守道は口に苦笑を浮かべた。
「俺、お前についていけない…」
「うん? 何の話しだい…?」
立ち尽くす守道の隣で、吉平は不思議そうな表情で顔を覗き込んでくる。
そんな吉平に、なんでもないと首を振った。
その時だった。
「あ…兄上、守道…っ!!」
焦りと怒りが混ざった少年の声が突然聞こえてきた。