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賀茂陰陽伝  作者: 東雲しはる
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「恐怖の吉平」

「本気で、心の底からそう思ってる?」


そう呟かれ、守道はさっと血の気が引くのを感じながら一歩、また一歩と吉平から後退していく。

両手で覆った吉平の顔。

しかし、少しだけ開いた指の狭間から覗く異様なほどぎょろりとした瞳が覗いている。

何だろう。

この言葉に出来ない恐怖感は。

そう冷や汗を流しながら心の中で呟いた時だった。


「なぁんてね。 こんなことでへこたれる僕じゃないよ」


にぱっと笑い、いつもと変わらない明るく弾んだ声で吉平は告げた。

しかし、守道の心境は穏やかではいられない。


「まぎらわしいことをするんじゃねぇよっ!!」


スパン、とどこか清々しささえ感じる音をたてて、吉平の頭に守道の平手打ちが炸裂した。

何てことをしてくれやがるのだ、この厄介な変人幼なじみは。

散々心配させたこの労力と時間を今すぐ返せ。

そんな念を込めた鋭い眼差しで吉平を睨みながら、ギリギリと歯が砕けそうなほど強く噛みしめた。


「和んだからいいじゃないかー、許してよー」


少し潤んだ瞳で、吉平は打たれた頭を撫でながら口をへの字に曲げた。


「もう知らねぇよ、勝手にしやがれ」


ぷつんと堪忍袋の緒が切れた守道は、くるりと踵を返す。


「待って、待って守道」


さすがにまずかったと感じたのだろう。

部屋に戻ろうとする守道を慌てた様子で吉平が追いかける。

守道、守道と何度も向けた背中に投げ掛けられるが、もはや聞く耳持たず。

誰が振り向いてやるものか。

そうひとり胸の内で腹をたてていた時。


「守道!!」


一際大きな声で吉平が呼んだ。

とても焦っている鋭い声音。

何だろう、と思わず肩越しに振り向いた。

目に飛び込んできたのは、声同様に焦りに満ちた吉平の面。

その向こう側にいた吉昌も慌てて腰を浮かせて守道を見ていた。

いや。

正確には、守道の向こう側。

そこにある微かな気配を見ていたのだ。


『みぃーつけた………』


ニタリ、と不気味に笑うかのような低い男の声が耳朶を打つ。

はっとして振り返るよりも先に、強い力で腕を引き寄せられた。

ぐらりと揺れた視界の先。

守道の腕を引き寄せたのは、緊張を孕ませた表情の吉平だった。


「ぬかった……っ」


腹の底から絞り出すような低く唸る声で吉平が言った。


「え………吉平………?」


今まで出会ったことのない、心底己の不手際を呪う吉平の表情と声。

そして、引き寄せる腕を掴む手に、いつもの余裕がまるでない。


「守道、僕よりも下がって」

「え……?」


言われている意味がよく理解出来なくて、守道は首を傾げる。

しかし、吉平は振り返らずに無理矢理守道を自身の背後に押し込んだ。

そして。


「いいから早く! ……吉昌、前へ!」

「は、はい……っ!」


吉昌は慌てて吉平に従い、守道よりも一歩前へ出た。

その刹那。

ブワリと嫌な空気が一体に広がった。

強い怨念を孕む霊力が。


「隠れず今すぐに出て来い」


吉平の低い声が周囲に響き渡った。

ゴウゴウと音をたてて吹く風に木々がしなり、木の葉が舞い散る。

忙しなく浮かんで消える水面の波紋が、ふいに途切れた。

ピタリと、風が止む。


「あーあ、本気で邪魔だなぁ……安倍吉平」

「悪かったな、勘の鋭さは父譲りだ」


ヒタヒタと水面を歩いて来るのは、笠を被った中年の男。

二尺ほど前で立ち止まり、手で笠を顔の半分が見える程度にあげ、ニタリと口端に不気味な笑みを浮かべた。

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