吉昌、起床
「今すぐ準備してまいりますね」
もうしばらく待って、と告げる椎菜に守道は顔も見ずにこくこくと何度も頷く。
こんな姿を見られて、恥ずかしいことこの上ない。
守道が体を縮めて顔を俯けた頃。
「出来上がったらお呼びしますので、どうぞ自由に邸や庭を散策なさって下さいね」
椎菜はぺこりと頭を下げ、ゆっくりと去っていく。
それを見届け、足音が完全に消えた頃に守道は小さく息をついた。
年頃の女の子と触れ合うのは初めてで、緊張する。
情けないところは見せたくない。
守道や安倍兄弟は親の血によるものではあるが、それなりに神経が図太い。
滅多なことでは驚かないし、傷つかない。
しかし、椎菜は違う。
女繊細だ、と父・光栄が常に言っている。
何も考えてなさそうに見えるが、あれで結構妻のことには気を配っているらしい。
そんなことはさておき。
「もう一回、泉歩いてこようかなぁ……」
あの水の上を歩く感覚が忘れられない。
歩けるなら、また歩きたい。
そう呟いた時、不意にむくりと吉平の向こうにいる吉昌が起き上がった。
「あ、おはよう、吉昌」
「おはようございます、守道、兄上」
柔らかな笑みを浮かべて朝の挨拶をしてくれた吉平に、吉昌は居住まいを正して深々と頭を下げた。
これは、礼儀正しいといっていいのだろうか。
それとも、寝ぼけているだけなのだろうか。
判断が難しいくらい、吉昌の行動が恐ろしいほど遅い。
いつもはてきぱきと何でもこなす立派な吉昌なのに……。
というのも、吉昌は幼少の頃から非常に寝起きが悪いのだ。
それを知っている守道と吉平は、暖かな眼差しでみつめる。
そして、やんわりと吉平が口を開いた。
「ほら、吉昌、後ろ向いて。 髪がぼさぼさだよ」
「……………うん」
珍しく吉昌が吉平の言葉に従っている。
素直に後ろを向いてくれた吉昌の頭に手を伸ばし、懐から取り出した櫛で整え始める。
綺麗に髪に櫛を通してくれる吉平に、吉昌はなされるがままだ。
二人を後ろからみつめ、守道はくすりと淡い笑みを浮かべた。
何だか、とても微笑ましい。
いつもこんな風にしていれば、仲の良い兄弟なのに……。
一体、どこでそこが覆るのやら……。
多分……いや、確実に吉平が原因だろう。
それ以外に理由はない気がする。




